猫耳少女と召使いの物語エロパロ保管庫@WIKI

犬国奇憚夢日記09b

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犬国奇憚夢日記 第9話(中編)

 
 
 ・・・・承前
 
 
 夕食時のレストランスキャッパー。
 今宵のメインメニューは料理主任渾身のミートドリアだ。
 カナが初めて作ったドリアをキッチン担当が代々受け継いできた逸品は、いつの間にかここの看板メニューになっている。
 オーブンから出てきたばかりの熱々なドリアを吹いて冷ましながら食べる味は、いつ食べても絶品だった。
 
 満足そうな皆の笑顔に混じり、リサとヨシから漂うシャンプーの香りをアリス夫人は嗅ぎ分けた。
 どこか違う意味で幸せそうなリサの笑顔に、アリス夫人は二人の秘め事を見抜くのだった。
 
「リサ、そろそろ出来そうなの?」
「え?あ・・・・ なにがです・・・・か?」
 
 どこかちょっと恥ずかしそうなリサ。
 アリス夫人は優しく笑ってそれ以上の追求をしなかった。
 そのやり取りにポール公も意味するところを気が付いたようだ。
 
「イヌと違ってヒトの生涯は慌しい。ヨシ、頑張れと言うのも変な話だが、夫の勤めを果たせ」
「はい、頑張ります」
 
 笑いながらリサに微笑むヨシ。
 アリス夫人はそこにマサミの面影を見た。
 
「あの日。あの場にマサミが帰ってこなかったら、この席もこの紅朱館も、そして、あなた達もいなかったわね」
「あの二人が残した功績はいつまでも色褪せぬものだな」
 
 ワインを飲みながらポール公が相槌を打った。
 
「アリス様。御館様。その、母がアリス様と共に捕らえられていた日の事を」
 
 ヨシはそっと話を切り出した。
 父と母の青春時代。今の自分と同じ年頃だった父母が生き生きと動くアリス夫人やポール公の話。
 それは話しを聞いているだけのヨシやタダ達にとっても、もう会えぬ両親との邂逅。
 
「タダとミサはリカルド・レーベンハイトと言うネコの医者を知っているか?」
「はい、お名前だけは存じています」
 
 タダは手短にそう答えた
 
「あの男が死んだのは・・・・マリアが生まれた後だな。マリアは知らぬだろう?」
「はい」
「あのネコの年寄りがスキャッパーに医療を根付かせたと言っても良いだろう。計り知れぬ功績だ」
 
 ポール公はもう一口ワインを飲み、前掛けで口元を綺麗に拭いている。
 その向かい。アリス夫人もまた食事を終え最後のワインを飲み干して口を開いた。
 
「あの頃リコの使っていたオフィスは浮き床になっていてね、血をこぼせば容易に床が張り替えられる構造だったの。そして、手術台や診察台を固定する金具がいくつも床にあってね。目がカナは見えない割りにそう言うところはすぐに気が付いていたのね」
「とにかく、カナはそう言うところで機転が利く頭を持っていたよ。そして、マサミと同じく、先の先へ気を巡らせて、常に先手を取るようにしていた」
 
 いつの間にかポール公とアリス夫人が交互に口を開く形になり、マリアだけでなくヘンリーやヨシやタダや、そしてリサもミサもその話に聞き入っている。
 
「明け方近く。私は意を決して例の拘束具へカナの代わりに自分で乗って、それが痒いしくすぐったいしで何度もおかしくなりかけてねぇ。・・・・」
 
 沈痛な笑みを浮かべワインを口へ運び、アリス夫人は溜息をひとつついた。
 
「でも、それを押し留めるためにカナはね、あの街で自分が何をされたのかを私に語り始めたのよ。最初に生んだ子がどういう扱いを受けたのかまで含めてね。その話を思い出すと今でも胸が痛む・・・・。でも、カナは最後に言ったわ。今は誰も恨んでいないって。それが自分の運命なら全部承知で受け入れるってね」
 
 それだけ言って目を閉じたアリス夫人の垂れ下がった耳が僅かに震えている。
 その耳を見てポール公もまた長い髭をピクピクと動かしながら溜息を一つついて口を開いた。
 
「俺は小所帯の騎兵と共に街を虱潰しにしながら賊を掃討していてな。部下に撥ねた首を集めさせ街の広場に並べてやったよ。今思えば情けない話しだが、これ見よがしに手柄を自慢したかったんだろうな。まぁ、若さゆえだ」
 
 目を閉じ僅かに首を振って、そして両の手を左右に小さく広げてポール公も自嘲気味に笑っている。
 
「火災で火傷を負ったり崩れた家に叩かれ傷ついた者は古い紅朱館へ運び、メルがキックと共に手当てした。アリスやマサミと共にやってきたヒトの男は実に優秀でな。気が付けば50人近くで侵入してきたカモシカの窃盗団は半分程になっていて、リコのオフィスにアリスやカナと共に立て篭もっていた。カナの打った手が効いてな。賊は身動きが取れなくなっていた訳だ」
 
 ポール公の言葉が切れて一瞬の間が開いた。
 多くの領民が笑いながら食事をとる賑やかなレストランの店内は喧騒に溢れている。
 しかし、その奥のスロゥチャイムファミリーが座る辺りにはコチコチとリズムを刻む時計の音までもが聞こえそうな沈黙があった。
 
「御館様。父は、いつ戻ってきたのですか?」
 
 その押し黙った静けさが辛かったのか。ヨシは呼び水を打つように話の切り口を広げた。
 その配慮がアリス夫人の笑みに明るさを呼び戻すものだとミサは気が付いた。
 
「立て篭もったカモシカとヒトの盗人は10人ちょっとだったかしらね。裏口から一気に逃げ出そうとしていたの。このままじゃ全滅するだけなので体制を立て直して再挑戦するんだ!って盛り上がっていたわね。ウフフ」
「でもなぁ、そこへマサミがやってきた。正確に言えば帰ってきたわけだ。前夜の峠が吹雪だった関係でオオカミの若者が沢山同行してきてな。あの酋長を先頭に50人はおったかな・・・・ マサミも実際大したもんで。街のあちこちから煙が燻っているのを見て直感したんだそうだ。カナが危ないと」
 
 アリス夫人は椅子を半分引いて振り返り、窓の外遠くを指差す。
 その先には聖導教会の尖塔があった。
 
「マサミはあの塔の上から街を見たのよ。そしてね直感的に思ったんだって。カナが危ないって。でも、マサミは後から言ったわ、私が危ないって事は思わなかったって」
 
 どこか楽しそうなアリス夫人とポール公。
 アリス夫人の優しい眼差しが街の明かりを眺めている。
 
「マサミは言ったよ。アリスの事は俺が何とかしているだろうって思ったとな。だからカナだけを案じたとな
 
 
*******************************************3****************************************************
 
 
「あなたは?」
「そう言うあなたは・・・・スロゥチャイム家執事のマサミさんかな?」
「えぇ、そうですが。あの、どちら様で?」
「トウジと呼んで頂ければ結構です。ルカパヤンのあの方からの命で助っ人に来ました」
 
 都市迷彩を着てボルトアクションのマウザー銃を構えたそのヒトの男は、伏撃の姿勢でスコープを覗きながら笑った。
 
「いくらなんでもヒト一人で片が付くとは思えませんからね。そのためです」
「そうですか。いや、ありがたいです。ところで・・・・」
「領主様と奥さんですね?」
「え? アリス様が妻と一緒なんですか?」
 
 銃身に布を巻いた狙撃仕様のマウザー銃。
 その使い込まれた風合に気を止めるでも無く、マサミはアリスがカナと共に捕らえられている事に驚いている。
 トウジと名乗ったヒトの男は再びスコープを覗き、地上をジッと見回しつつ次の犠牲者をさがした。
 
「あの建物の角、ほら、なにか居ますね。多分カモシカの男でしょう」
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 唐突に乾いた射撃音を響かせ、トウジはマウザーをぶっ放した。
 
「チッ!くそ!風が強い!」
 
 ストックを右肩につけたまま左手で素早く器用に次弾を装填したトウジは再び狙いを定める。
 
「この距離でこの風じゃ当たらないな・・・・弾が流れる、くそ・・・・くたばれ・・・・」
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 
「よし」
 
 街角に隠れていたカモシカの男がその場に崩れている。
 トウジは再び器用にボルトを引いて次の弾を装填した。
 
「あの・・・・トウジさん」
「おそらく無事でしょう。御二人は多分この通りの奥にある建物です。先ほどカモシカの男が何人も出入りしてました」
「何人も・・・・」
 
 尖塔の上。鐘衝き場の平場からマサミは身を乗り出し、じっと下界を見下ろしている。
 その視界に飛び込んでくるのは、焼き払われた貧民のバラック街と焼き出されたイヌ達。
 消火と片付けに追われるイヌの騎士や兵士。手当てに走り回る教会の修道女や用務員。
 そして、平屋なレーベンハイトのオフィス越しに見える、ジワジワと距離を詰めつつあるイヌの騎士達。
 
「まぁ、あいつらヒトに限らず女は肉便器位にしか思ってませんからね。もっとも、男でもそうですけど・・・・」
「え?」
「いや・・・・独り言です」
 
 窓から身を乗り出すマサミの耳にカチッと言う音が飛び込む。
 その音を確かめるために振り返ると、トウジがトランシーバーのスイッチを弄っていた。
 
「それはどうしたんですか?」
「あ・・・・ これは・・・・ 例のカモシカたちが持っていたものを先ほど失敬してきました。奴らはこれで指示を出したり受けたりしてま
すね。多分ヒトの協力者がいるんでしょう」
「・・・・そうですか」
 
 マサミの目がジッとトランシーバーを見ている。
 トウジが色々と弄っていると、生々しいやり取りが機械からこぼれ始めた。
 
 ――イヌだ!あと150m!
 ――こっちもいるぞ!くそ!ペイトンとフェルベットを拾えねぇ!
 ――あの二人はどうせ死んでる!退路はどうだ!
 ――無理だ!
 ――おい!ジュン!返事をしろ!そっちはどうなってる!
 ――返事をしろ!
 ――まさかあいつも
 
  ザー・・・・・・・・・
 
 ――アリス様、気を確かに!
 ――ウゥ・・・・・大丈夫だから・・・・アァァ!!・・・・・ ダメェ!
 ――アリス様!
 ――それ以上やめて!
 ――アァァァァァ!!!!
 ――アリス様!頑張って!
 
「・・・・すいませんが、ここを頼みます」
「マサミさん、どちらへ?」
 
 振り返ったトウジの視線の先。
 青褪める程に殺気だったマサミがそこに居た。
 腰のホルスターからベレッタを2丁とも引き抜くと、セーフティを外し両手に持っている。
 
「妻と主を武力奪回します」
「それは危険過ぎます!獣人を全員射殺してから行くべきだ」
「その間に妻の心が壊される。妻は・・・・」
「でも、死にはしません。それに、逆に言えば精神が壊れてしまった方が楽な事もありますし・・・・・。おっと失言でした」
 
 気の弱いものが見ればそれだけで失神しかねない程に鋭いマサミの視線がトウジへ注がれる。
 
「いや、それは・・・・正論ですが・・・・」
 
 トウジは慌ててスコープを覗きなおし下界を見下ろす。
 眼下約200m、再び獲物を見つけたようだ。
 ゆっくりと狙いを付けてトリガーを引き絞る。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 
「所詮あいつらはただの獣だ。体力に勝ってると思うから力攻めしか出来ない。一人ずつ射殺すれば怖くない」
「でも、弾が続きますか?」
「・・・・鋭いですね」
 
 トウジは一瞬口ごもった。それが何を意味するのか、マサミには図りかねている。
 手持ちの弾が少ないのだろうか?それとも・・・・。何か別の意味が・・・・。
 しかし、それを考えている精神的余裕がマサミには無かった。
 
 トウジは腰に下げたアモケースからスペアの弾丸を取り出して装填し再びスコープを覗く。
 塔の下、盗人達が頭上を気にしながらゆっくりと近づいていた。
 
「彼らの持つマスケット銃の射程は約200mしかありません。しかも100m先での集弾能力は平均で30m。確実に仕留めようと狙うなら20m
まで接近しなければなりません。我々の銃とは次元が違うんですよ。ですから。慎重に狙って撃てば、弾は無駄にはなりません」
 
 トランシーバーを耳元において小声でブツブツと何かを言うユウジ。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 
 マウザーが再び火を噴き、300mほど向こうに居たカモシカが倒れた。
 
「スペアの弾に余裕が無いと言うことですか?」
「えぇ、そう理解していただいて結構です」
「そうですか・・・・ ならば援護してください。回り込んで突入します」
 
 マサミは既に危険も承知と言わんばかりの姿勢だった。
 
「マサミさん、いくらなんでも早すぎます!」
「早過ぎなんて事は無いですよ」
「もし突入して獣人が30人いたらどうするんですか? 拳銃で殺しきるのなら5発や6発は打ち込まないと駄目ですよ?」
「確かにそうですが、あの部屋なら30人もいやしません。入りきりませんよ。良いとこ5人か6人でしょう」
「それでも30発は必要だ。しかも一人に連続して何発も打ち込んで」
 
 トウジの言う事はもっともだ。突入への焦りがあれば事を仕損じる可能性だってある。
 そもそも、至近距離と言うことであれば相手からの手痛い一撃を食らうかもしれない。
 マサミは一瞬躊躇した。
 
 しかし。
 あのレーベンハイトのオフィスの中でカナとアリスが汚らしい男達の慰み者になっているかもしれない。
 助けが来るのを今か今かと待っているかもしれない
 
「マサミさん。彼らの目的は3つです。一つはカナさんを奪回する事。もう一つはネコの医者に報復する事。そして最後はあなたの拉
致です。マサミさん。あなた自身がターゲットなんです。それなのに強引に突入すれば、飛んで火にいる何とやらですよ」
「私を拉致してどうするつもりなんだろう・・・・」
「彼らは・・・・あなたの奥さんにはまだ使い道があると踏んでいるんでしょう。子供を失った今、カナさんの精神の安定をもたらすもの
と言えばあなたの存在ですよ。ですから、一緒に拉致したいんじゃないですかね?」
 
 マサミの脳裏に様々なものがよぎった。
 悲痛な表情のカナを抱きしめて安心させられるのは俺しかいない。
 それは紛れも無い事実だろう。
 そもそも、カナが壊れたままあそこへ帰れば何をされるか分からない・・・・
 
「一思いに捕虜になって見るのも手じゃないですかね?カナさんが重要なんだから、あなたにも手荒な事はしないでしょう」
「しかし、主を裏切る事など出来ない。それは人倫に悖る行為だ」
「マサミさん。冷たい言い方ですが所詮は獣ですよ。フロミアはこの世界にある小さなヒトの楽園だ」
 
 マウザーを構えるトウジはスコープから目を離し、首だけで後ろを向いている。
 その目がまるで自分を貫くような眼差しである事に、マサミは少なからぬ衝撃を受けていた。
 まるで、なにかを推し量らんとするかのような、その眼差し・・・・
 
「・・・・なぜそんな事を?」
「これと言って他意はありません。ただ、フロミアを客観的に見れば、少なくともあそこではヒトの世界の常識が通じるし、それにあ
そこの中のヒトはカモシカには戦略物資と一緒です。思うほど無碍な扱いは無いでしょう」
 
 スコープを除きなおしたトウジは淡々と語っている。
 マサミは複雑な表情でその背中を見ていた。
 
「マサミさん。迷ってますね?」
 
 何気ないユウジの一言にマサミの心が大きく揺らいだ。
 窓の外遠くに見える小さな建物。
 あそこで自分を待っているのは、主と担ぐイヌの女と自分の妻。
 
 もし、運良く突入したとして、その時に中の男達が銃を突きつけていたら・・・・
 俺はどっちを守れば良いんだろう・・・・
 
「両方とも確実に助けるには、もう少し数を減らさないと駄目ですね。私が見た限りですが、ここへ侵入したあの連中は30人じゃ効か
ない数です。先ほどからすでに8人射殺していますので・・・・・」
 
 マサミがジッと外を見る先。
 カモシカの男が頭上を気にしながら建物の影を走っている。
 
「あいつらはあの程度の知能しかない。それに・・・・」
 
 トウジが何かを言おうとした時、500m以上離れている紅朱館の屋上辺りに派手な煙が上がり、僅かに遅れて聞いた事の無い爆発音がロッソムの街に轟いた。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
「なんだ!」
 
 驚くトウジとマサミ。
 ややあって再び轟音が轟いた。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 音の正体を確かめようとするマサミが塔の上から目を凝らす先。
 紅朱館の屋根の上に人影がうっすらと見えた。
 その人影の周りには灰色の煙が流れ、何かしらの射撃をしているのは間違いなかった。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 ドシャッ!と音がして、その音の方向を見たマサミとトウジ。
 塔の下の路地には上半身の無くなったカモシカの死体が転がり、鮮血を撒き散らしてビクビクとい動いている。
 唖然とするマサミの耳に再び轟音が聞こえた。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
「この音は・・・・?」
「馬鹿な・・・・ 信じられない・・・・・」
 
 その音の正体を理解できず首を傾げるマサミ。
 すぐ隣ではトウジが青ざめていた。
 
「え?この音はなんですか?」
「この音は対物狙撃ライフルの音です、誰が撃ってるんだ?」
 
 この世界では有り得ない威力の軍用銃で撃たれているカモシカの盗人達。
 彼らにしてみたら有り得ない兵器だ。
 ヒトと比べ強靭な肉体を持つ獣人のカモシカとて、対物狙撃ライフルを持ってすれば打ち抜くことなど容易いものだ。
 そして、普通のライフルなどと比べはるかに太く長い銃弾は体内で炸裂する。
 
 ヒトの世界、1000mの距離からヘリや装甲車の装甲を打ち抜いて攻撃する為に作られた銃火器だ。
 その威力を持ってすれば、獣人が来ている薄い金属製の鎧など紙の様なものだろう。
 
 想定外の方向から撃たれ、しかも簡単に即死する兵器で攻撃されたカモシカがパニック状態になっている。
 必死に逃げるように中央通りを駆けるのだが・・・・
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 マサミの耳に射撃音が入るのとほぼ同時。
 駆けていたカモシカは一瞬にして見事な挽き肉になり、通りに飛び散って果てた。
 
「そんなバカな・・・・」
「トウジさん、どうかしましたか?」
「あれを撃ってるのはイヌですか?」
「いえ、ユウジさんだと思いますが・・・・」
「え?」
 
 呆気にとられるトウジのその驚き方は普通ではなかった。
 驚天動地とも想定外ともいえる狼狽ぶり・・・・
 
「トウジさん。ユウジさんが居るのをご存じなかったんですか?」
「え?あ、いや、そう・・・・ちがうちがう・・・・。え?え?え?」
 
 トウジは無意識にトランシーバーのスイッチを入れたようだ。
 
 ――ジュン!ジュン!助けてくれ!
 ――そこから見えないか?なんだあれは?
 ――お前!裏切ったな!
 ――裏切り者がどうなるか知らないわけが無いだろ!
 ――頼む!退路を確保してくれ!
 ――ジュン!返事をしろ!
 ――おい!
 
 だんだんと青覚めるトウジ。
 マサミはそれに気が付かず下の通路を見ていた。
 
「トウジさん。ユウジさんの支援火力があるうちに突入します」
「マサミさん!それは危ない!もし間違われたらどうするんですか!」
「間違われるような事はありませんよ。ユウジさんとも面識がありますし」
「でも・・・・」
「とにかく、お願いします」
「・・・・わっ わかりました」
 
 スコープを覗いたまま通りを見張るトウジ。
 マサミは何気なくその動きを見ていた。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 
 短い射撃音の後、再び器用に左手でボルトを操作するトウジ。
 一瞬薬室が開き空の薬莢が飛び出て、そして次の弾が装填される瞬間をマサミは見た・・・・。
 
 ・・・・嘘だ・・・・ろ?
 
 一瞬しか見えなかったから、もしかしたら目の錯覚かもしれない。
 ただ、射撃音だけでは判断できない部分だ。
 
「下に降ります。飛び出しますので正確に狙ってください」
「・・・・分かりました、ご安全を祈ります」
 
 マサミはそっと後ろに下がりベレッタの狙いをトウジの後頭部にあわせた。
 
「ところで、ちょっと気になったんですが・・・・」
 
 両手の手首で交差させ、2丁とも狙いを定めるマサミ。
 トウジはそれに気づかず答えた。
 
「どうしましたか?」
「あの方と一緒に居るファギーさんはお元気でしたか?」
「え?」
「先日お会いした際はちょっと顔色が悪かったものですから心配なんですが・・・・」
「あぁ、そういうことですか。とりあえずお元気でしたよ」
「そうですか、安心しました。暗いところで新聞を読むのはやめたほうが良いと言ったんですけどね」
「あぁ、彼女は元気ですよ。目が良いから暗くても読めるんで・・・・」
 
 何かを確信したマサミは渾身の力を込めてトウジの後頭部を蹴っ飛ばした。
 衝撃で顔を床に打ち付けたトウジが鼻血を噴き出して悶えている。
 マサミは間髪入れずにマウザーの銃身を踏みつけて歪ませると、機関部を踵で力いっぱい蹴り壊した。
 歴史に残る名銃故に壊すのは忍びないが・・・・
 
「おかしいとは思ったんだ・・・・こんなに都合よく現れて・・・・ユウジさんの射撃にもあんなに狼狽して」
「見方を殴ってどうするんですか!いてぇ!」
「見方?バカを言っちゃ行けない。今薬室に詰めたのは空弾ですね?あの方の名前を言ってみてください」
「・・・・・・・・・・って、え?」
「あなた何者ですか?素直に言えば処遇は考慮します」
 
 鬼気迫る表情のマサミは両手のベレッタでトウジの眉間を狙った。
 
「知らないんですか?おかしいな。ファギーさんの目は何色でしたか?」
「青に決まってるだろ!」
 
 バン!
 
 何も言わずトウジの左耳に弾を放ったマサミ。
 耳たぶが弾け飛び血が流れ、トウジは激痛に悶えている。
 
「ファギーさんは全盲ですよ。情報はキチンと調べるべきだ」
 
 ベレッタを構えたまま数歩下がり、距離をとったその先。
 耳を押さえ悶えるトウジの目が何かを訴えているのだが。
 
「慈悲の心で聞きましょう。何か言い残す事はありますか?」
 
 あたふたを慌てつつ両手を合わせ、トウジは命乞いを始める。
 
「頼む殺さないでくれ!俺は命令されただけなんだ!」
 
 トウジの叫び声を聞いたのだろうか。打たれ倒れていたカモシカが次々と立ち上がっている。
 ・・・・マサミが飛び出したところを一斉に襲い掛かって捉える作戦だったのだろうか。
 マサミの背中に冷たい物が流れた。
 
「誰に命令されたのですか?素直に言ってみましょう」
「フロミアの所長達だ!あの街じゃあんたの女房の事でヒトがえらい目にあっている!だから俺は・・・・」
「あの街の女性達に贈ったイヤリングはどうしましたか?」
「イヤリング?なんだそれは?」
 
 ダン!ダン!ダン!
 
 迷う事無くトウジの足元を撃ったマサミ。
 その目が異様な光を放っているのをトウジは気が付いた。
 
「あなたはそもそも存在が嘘まみれだ。同じヒトとして命まで取る事はしない。ただ、それなりの償いはしてもらう!」
 
 マサミは勢いを付けてトウジの顔面を蹴った。
 つま先が眼球を直撃して血しぶきが飛び散り、トウジの左目が完全に潰れている。
 
「ギャァァァァ!!!!!」
 
 左目をおさえトウジは転げまわる。
 
「この世界にも、僅かに残された救いがある。美しい山野の風景は実に素晴らしい。慈悲の心で片目を残してあげましょう」
 
 顔面をおさえて転げまわるトウジはそのまま階段を転げ落ちていった。
 バタバタと音を立てて落ちて行くトウジを他所にマサミは窓の下を見る。
 立ち上がったカモシカの男達はジリジリと距離を詰めつつあった。
 
「さて・・・・」
 
 悩んだところで始まらないし、それに彼らは自分を殺しに来ているんだ。
 そう思うと急に恐怖が湧き上がってくるのは仕方が無い事なんだろう。
 一度ベレッタをホルスターにしまい手の汗をふき取るのだが、拭いても拭いても嫌な汗が手のひらに滲んでくる。
 
「くそ・・・・」
 
 諦めてベレッタを引き抜き眼下のカモシカに狙いをつけた。
 照準軸線の先、ノソノソと距離を詰めるカモシカの男に狙いを定めるマサミ。
 でも・・・・指先が震え、そして・・・・
 
 ダン!
 
 初弾は大きく外れどこかの家の屋根を叩いた。
 
 ダン!
 
 今度はカモシカの男の足元に小さな砂埃を巻き起こした。
 
 ダン!
 
 3発目はカモシカの男の肩口に直撃した。
 血を吹き出して悶えているのだが、マサミはなぜか4発目を撃てなかった。
 泣き喚いて痛みを訴えるカモシカの男が仲間に助けを求めているのだけど、頭上より撃たれる恐怖に駆け寄れないカモシカ達。
 塔の上、絶対的優位の場所でマサミはそれを見ている。
 
 ――撃てない
 
 銃口を向けたままマサミは固まっていた。
 初めて・・・・ マサミは初めて明確な意思で銃を撃ち、そして獣人とは言え人を殺す選択を迫られていた。
 無我夢中の戦闘ではない現場。しかし、相手は自分を殺しに来ているか、または誘拐に来ている。
 そして、手の中には・・・・・
 
 ――これは確実に相手を殺す道具だ・・・・
 ――俺は安易に殺してしまって良いのか・・・・
 
 苦しそうに呼吸を続けるカモシカの男。
 意を決した仲間がその場へ駆け寄ろうと立ち上がり通りを走り始める。
 マサミは無意識に銃口を向けるが一瞬だけ引き金を引く事に逡巡した。
 そして・・・・
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 轟く音が聞こえると同時。
 眼下の走り始めた獣人の胴体中央部がそっくり無くなって、肩から上の部分と腰から下の部分だけになっていた。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 聴力の全てを失うような轟音が響き渡り、その音がどこかへ消えてしまったあと。
 そこには挽き肉になった死体がいくつも転がっているだけだった。
 呆然と見つめるマサミの視線の先。
 マサミに撃たれ死に掛けていたカモシカの男がぐったりとして動かなくなっている。
 
 助けに行く事も止めを入れに行く事も出来ないマサミ。
 どこか呆然自失として眺めていると、そこへ近寄るイヌが居た。
 
「ポーーーーール!」
 
 振り返ったポールは抜き放った剣を鞘に収め叫んだ。
 
「マサミィィィィィ!!!!!! ここへ降りて来い!」
 
 どこか鬼気迫る表情だったポールに気圧されマサミは塔を降りる。
 どうする事も出来ない無力感に包まれポールの近くへ歩み寄ったのだが・・・・
 
 ポールは何も言わずマサミの襟倉を左手で掴み上げると、右手で頬を叩いた。
 獣人の男がこぶしで殴ればヒトなど簡単に絶命するはずだ。
 最大限の力加減をしたつもりなのだが、それでもマサミは軽く吹っ飛ぶ。
 
「マサミ!何をやってるんだ!止めを刺せ!敗者を辱めるな!なぜ一思いに殺してやらないんだ!」
 
 ポールはそう言うと剣を抜き放ち通りの石畳へ突き立てた。
 
「マサミ、それを抜け。そしてその男に止めを刺せ。名誉ある死を与えるのは勝者の義務だ」
「俺にこの手を汚せと言うのか?」
「汚す?何をだ。汚れるのが嫌ならば、今のお前はその男の名誉を踏みにじり、そして辱めている。敗者に潔い死を与えろ」
「そんなこと・・・・」
 
 逡巡しているマサミの目が宙を泳ぐ。
 
「マサミ。お前が同じ立場に立ったら、死に切れず苦しみたいか?沢山の者に眺められ辱められたいか?死に行く者への礼儀だ」
「・・・・俺は死にかける者を最大限助ける事が美徳の世界で生きてきた。だから・・・・」
「マサミ。ここはお前の生まれた世界とは違うんだ。この世界の儀を尽くせ。そうしないと・・・・」
 
 何かを言いかけて飲み込んだポール。
 その目を見たマサミに、ポールの言いたい事の全てが流れ込んできたような気がした。
 
「分かったよ。ただ、これは俺がやった事だから・・・・」
 
 立ち上がったマサミは剣を抜き柄をポールに返すと、ベレッタのマガジンを抜き残弾数を確かめた。
 
「すまない。妻と主を助けるためだ。悪く思わないでくれ」
 
 既に空ろな眼差しになったカモシカの目を手で塞ぎ、マサミは眉間に銃口を当てトリガーを絞った。
 
 ダン!ダン!
 
 血生臭い匂いが巻き上がり吐き気を催すのだが、グッと堪えてマサミはポールを見た。
 ポールはいっそう厳しい表情を浮かべ、抜き放った剣の刃を持ち柄を上に掲げ死者に対する哀悼の意を示している。
 そして、その姿勢はポールの周りに居たイヌの騎士達も皆同じだった。
 
「死者を集めよ。共同墓地に埋葬する」
 
 ポールの指示に動き出す騎士達。
 マサミは何も出来ず脳味噌をぶちまけて死んだカモシカの男を見ていた。
 
「マサミ。死んだら何も残らない。死んだら何も出来ない。だから死ぬな。生きて生きて生き抜く努力をしろ。そうしないと・・・・」
 
 マサミは正体の抜けたような表情でポールを見た。
 ポールは空を見上げたまま動かないで居る。
 
「そうしないと、カナが悲しむぞ。そしてアリスも悲しむぞ。カナはともかく、アリスは多分俺よりお前の事を愛してる。でも、それで良い。俺はそれでもいいんだよ。俺は真底アリスに惚れてるからな。あの勝気な女がお前の事になるとすぐに取り乱すのも可愛いものじゃないか。だからな・・・・」
 
 空を見上げたままのポールの目に涙があったのはマサミにとっても以外だった。
 人前で無様な振る舞いをしない事がレオンの男だと言っていたポールが・・・・
 
「マサミ、アリスはお前の主だろう、じゃぁ、俺はお前のなんだ?」
「え?」
「俺にとってお前は友人だと思っている。部下でも奴隷でもない。純粋な友人だ。お前の妻は俺の恋人だ・・・・ 」
「ポール・・・・ 」
「マサミ・・・・ 俺の惚れた女を、手の届かない・・・・ 手を出せない女を泣かせないでくれ、頼む・・・・ 」
 
 ポールが言わんとする事に気が付いたマサミ。
 
「ポール・・・・・・まさか、カナに・・・・・・」
 
 ポールは何も言わず頷いた。そして・・・・
 
「マサミ、すまん・・・・ カナを・・・・ 壊しかけた・・・・ 」
 
 搾り出すようにつぶやいたポールは太刀を鞘に収め衣服の乱れを直した。
 
「一切申し開きはしない。この場で死ねば俺は戦死だ。誰も疑わない。気の済むようにしてくれ」
 
 真正面からマサミを見たポールの目は真剣だった。
 まさしく死を覚悟しているその姿。
 マサミは一瞬だけ激しい殺気を見せたのだが・・・・
 
「ポォォォォォォォォォォォル!」
 
 首周りに巻いている衣服を掴んだマサミはそのまま嗚咽している。
 目に見えるほどに肩を震わせ泣くのだが・・・・
 
「あなたの妻は俺の主だ、主の夫なら俺にとって主に等しい。その主が俺をどう使い潰そうと俺は何も文句を言わない。人前で裸で踊れと言われればそれもしよう。どう辱めたところで、俺は喜んでそれを受け入れるから・・・・だから・・・・だから・・・・」
 
 マサミのこぶしが鎧越しにポールの心臓を叩く。
 ドン・・・・ドン・・・・ドン・・・・
 
「今、俺は心の中で主の夫を殺した。その責任をとって俺はこの命も名誉も主に差し出す。主とその夫に差し出す。死ねと言われれば喜んで死ぬ!だから・・・・だから・・・・カナだけは大事にしてくれ・・・・頼む・・・・もし俺が彼女より先に死んだとしても・・・・頼む・・・・」
 
 肩を震わせるマサミの両手を掴みポールは引き剥がした。
 目を赤く腫らせたマサミの数歩先、ポールは小刀を腰から抜くと左手でその刃先を握り締める。
 
「騎士の誓い、ここに」
 
 小刀を握る右手が動き、刃先を握り締めていた左手から血がこぼれ、血に染まった通りに落ちた。
 真っ赤な鮮血の滲む左拳をマサミへ突き出したポール。
 その表情はマサミが今まで見た中で一番まじめな顔だった。
 
「この地は俺の誓いの証を受け入れた。この地に俺とお前とその妻がとどまる限り、お前が差し出したその代償を俺は受け入れ、その願いを聞きうけた。終生この身よりもお前の妻を守る事を俺はこの血に誓う」
 
 
                             ◇◆◇
 
 
 まだまだ賑やかなレストランの店内。
 どこからとも無く大きな拍手と喝采が沸き起こり人の目が集まっていた。
 そんな喧騒を他所にして、スロゥチャイムファミリーのテーブルは静寂に包まれている。
 手持ち無沙汰なウェイターがチラチラとこっちを見ているが、ワインのピッチも落ちてきて話は熱を帯びていた。
 
「あの拘束具がアリスとカナの契りの証。これは俺とマサミの契りの証だ」
 
 ポール公は左手の手袋を取って掌に残る傷跡を見せた。
 随分深く刃が入ったのだろうか。
 くっきりと残るその傷跡が痛々しかった。
 
「てっきり戦闘中に負われた傷だと思っていました」
 
 ジッと傷跡を見ていたヨシはつぶやくようにそう言った。
 暗に母カナを抱いたと認めたポール公を、タダは複雑な表情で見ている。
 そして、マリアとヘンリーは、かつてアーサーがマヤを襲った時に父ポールが激怒し勘当した本当の理由を始めて知った。
 
「あの後、マサミは街外れへ行ってな。そこにオオカミの一団が待機していたわけだ。で、マサミはそう言う状況だから街に入るのは危ないので、後日また改めて俺やアリスに会わせるからと酋長を帰らせようとしたんだ。どころがあの酋長も血が騒いだらしくてな」
 
 最初は厳しい表情だったポール公だが、ワインを飲み続けだんだんとご機嫌になっている。
 自らの恥ずかしい記憶だと言うのに笑みを浮かべるアリス夫人は、手持ち無沙汰なウェイターを呼びサイダーを持ってこさせた。
 スキャッパーのサイダーはマサミがスカウトしてきた職人に作らせた本物のサイダーだ。
 リンゴから作るアルコールの含まれた、マサミ拘りの本物のサイダーに子供達の顔が皆、赤くなり始めた。
 
「なんだ、皆顔が赤いぞ。恥ずかしい話しでもしたのか?」
 
 ちょっと酔い始めたポール公から軽口が飛び出し、酔いを醒ますように水を飲んでいる。。
 遠い目をして懐かしい思い出を語り始めるとき、誰にも明かさぬ心の内がその時代へ帰っているのかもしれない。
 
「恥ずかしい話かどうかは知らないけどね」
 
 アリス夫人もまたワインを飲んで顔が赤くなっている。
 酒の勢いを付けている・・・・ヨシは直感でそう思った。
 
「ポールとマサミが外に居るとき、私は中で大変だったのよ。なんせあのオフィスは浮き床だから、人が歩けば床は震えるし、おまけにあの轟く銃声で建物全体が共振するし」
 
 男性陣には言葉の意味が分からなくとも、女性陣には嫌と言うほど意味が伝わった。
 なにより、同じ思いをしたミサにとってその意味するところは・・・・
 
「あの、アリス様」
「ん?なに?」
「あの、例の拘束具。アリス様の時は先端に・・・・」
「うん、そう。ザシの汁を塗られてね。もう、それがとにかく痒くて痒くてたまらなくって・・・・」
 
 何となく子供のようなハニカミを浮かべるアリス夫人。
 その表情にリサもミサもマリアも沢山の事を読み取ったようだ。
 イヌの女性ならば嫌でもそうなってしまうときがある。
 
「お母様。あの、もしかして・・・・」
「マリアには分かるかしらねぇ。だって、イヌの女は色々大変でしょ?」
「じゃぁ・・・・」
 
 ゆっくりと頷く母親の横顔を見ながら、マリアはわが身に置き換えてその光景をイメージする。
 辛くとも、どれほど辛くとも立派でなければならない立場。
 しかし
 
「あの時はホトホトおかしくなってね。カナにも悪い事をしたわ」
「悪い事・・・・ですか?」
 
 タダだけはその言葉に鋭く反応した。
 眼光鋭くアリス夫人を見ているのだが、当の夫人は何事も無かったかのようにしている。
 
「カナが気を使ってくれたのが何よりうれしかった。けど、でも、やっぱり・・・・私もまだまだ若かったのね・・・・マリアにとっても重要な話だから、きちんと聞きなさい」
「はい、お母様」
 
 アリス夫人がグラスをテーブルの隅へ寄せると、ホールスタッフがもう一杯ワインを注ぎ入れた。
 そのグラスのふちを眺め遠い日に思いを馳せた。
 
「主と従者の間には見えない壁があります。主は主らしく。従者は従者らしく。その一分を超えない限り、両者の関係は安泰です。ですが主が従者を大切に出来ねば、従者もまた主を大切には出来ません。主が主らしくある為に、従者を最大限守る義務を負い、そして時には従者へ施しなさい。従者に自分を大切にさせたければ、それに見合うだけの事を主はしなければいけないのです」
「はい」
「あなたと共にあの山並みを越えるタダとミサは、例えどんな境遇にあってもあなたを大切にするでしょう。今までのあなたがこの二人に何をしたのか。それを私は知る由もありません。でも、マサミとカナの二人がそうだったように、ヒトと言う種族は過去より未来を見て生きていくのです。ヒトとはそう言う存在なのです・・・・
 
 
************************************************4************************************************ 
 
「あら、高貴な方ともあろう人が・・・・ このメスの匂いは領主様ですか?」
 
 下卑た笑いを浮かべたカモシカの女が立っている前。
 アリスは自分の体内へ突き刺された張り型のもたらす痒みに耐えていた。
 ザシの実の汁といえば、それが皮膚に付くだけで途端に痒みをもたらすほどの刺激性液体だ。
 それを女性にとってデリケートな部分へ塗り込められる苦痛は如何程だろうか。
 かつて同じ思いをしたカナは涙ぐみながらアリスを抱きしめていた。
 
「だって痒いんだから仕方が無いでしょ?あ゙~せめてこの小さい物が太くて立派ならねぇ」
 
 自らの経験と照らし合わせれば、この場合はとにかくこの上で体を動かす事が一番危険なのだとカナは知っていた。
 痒みを堪えるべく動きたくなるアリスの体をグッと押さえカナは精一杯踏ん張っていた。
 しかし、その実、秘裂の奥から滲み出す痴蜜の匂いがカナの鼻にも届いているのだった。
 懸命に支え抱きしめるカナの、ほんの僅かに動く感触がアリスの腹部をなじっている。
 すっかり上気してトロンとした目になっているアリスは精一杯強がる。
 
「カナ・・・・ カナ・・・・」
「アリス様。お気を確かに」
 
 舌を飲み込むほどに喉へと引きこみ、必死になって痴声が漏れぬよう耐えるアリス。
 しかし、その姿はもう貴族としてのプライドも人としての理性も全部吹っ飛び、単に痴態を見せながら悶えるただの女だった。
 
「無理な我慢は体に毒な事ですわよ?りょ・う・しゅ・さ・ま?」
 
 ニヤニヤと笑うカモシカの女が拘束具の近くでジャンプし、勢いをつけてドスンと着地する。
 その振動は絶妙に剛性を残す棒に伝わり、まるでバイブレーターの様にアリスを攻める
 
「ウッ! アァァ! ・・・・・・ッ」
 
 我慢しきれず声を漏らしたアリスをニタニタと眺めるヒトの男達。
 そんな視線がある事ですら気が付かず、とうとう堪えきれずにアリス体を捩り始めた。
 それをすればどうなるか。
 カナはそれが解っているだけに必死になってアリスの体を抑えている。
 しかし、そもそもの基礎筋力がヒトの男よりもあるアリスを押さえ切れるはずが無い。
 
「アァ・・・・・・ ウゥ・・・・・・ ッン!」
 
 棒の上に文字通り棒立ちとなった女が見せる動き。
 痒みと違和感から逃れようと踊るように見えるそれは、押しピンに刺された毛虫が痛みに耐えかねて踊るようにも見える。
 痴蜜を垂らし痴声をあげて、棒の上でもだえる踊るアリス。
 こうなってしまうと、もはや本人の理性で動きを止めることは不可能だ。
 
「領主さま?どう?気持ち良いでしょ?」
 
 勝ち誇ったような笑みを浮かべるカモシカの女がアリスへ声をかける。
 その声にカナは頭の血管が切れるほどの怒りを覚えた。
 
「アリス様!」
「ハァハァハァ・・・・ カナ・・・・ アァ! ッンフ!」
 
 アリスに背後に回ったヒトの男が、だらりと垂れ下がった尻尾を弄る。
 クネクネと揺すられるその動きが括約筋を揺らし、それだけでアリスの中へ刺激を与えるのだった。
 
「アァ! ダメ! やめてぇ! アァァァァァ!!!!!!!」
 
 ニタニタとしながら尚も攻めるヒトの男達。
 拘束具の周りで床を踏み鳴らしながら歩けば、その動きがダイレクトに響き伝わる。
 アリスは棒の上で体をくねらせながら、何とか抜け出す方法は無いかと努力していた。
 
 少しずつつま先へ重心をずらしグッと爪先立ちになるものの、あと数センチのところで穴から抜けきらない棒が恨めしかった。
 何より、自分の力でつま先立ちになれば、それ自体が棒のピストン運動と同じ動きをする事になる。
 膝を伸ばし切って立っているからジャンプする事すら出来ない状況だ。
 どれ程脚力があろうと、アキレス腱の力だけで垂直飛びをするのはイヌですら不可能だ。
 
 快楽の波が思考能力を奪い、アリスの体は本人の意思とは関係なく絶頂の瞬間を求め始めている。
 こういう時、獣人の強い筋力が恨めしい限りなのだろう。
 人としての意思も貴族としてのプライドも関係なく、純粋にメスの本能として動く筋肉。
 それは、オスから子種を搾り取るように締め付ける膣の収縮運動。
 好むと好まざるとに関わらず、よりいっそう強い刺激がアリスの背中を駆け抜け、頭蓋骨の中で反響していた。
 
「あらあら。甘酸っぱい涎が垂れて水溜りみたいね。アハハ!」
 
 嬉々とした表情を浮かべ笑うカモシカの女はアリスの後ろに立つと、真ん中の棒をカンカンと軽く蹴り始める。
 その振動が伝わったアリスはカナの頭を抱えて背を丸めた。
 
「あらあら、それじゃぁ気持ちよく無いでしょ?ほら」
 
 そう言うが早いか手が早いか。
 アリスの美しいマホガニーレッドな髪を鷲掴みにして、顎が突き出るように後ろへと引っ張れば、その背中はピンと伸びた。
 少しずつ足の力が抜け、さらに深く、さらに奥まで張り型に貫かれていく快感。
 その紫色の快感に抵抗しがたくなっている。
 
「アァ・・・・ ダメ・・・・ やめて・・・・ おかしくなりそう・・・・」
 
 最後の最後まで必死に繋ぎとめていた理性。
 負けたくないと言う一心が崩壊しつつあるのにカナは気が付いた。
 
「アリス様。負けてはダメ!」
 
 ギュッと力を入れてアリスを抱きしめるカナ。
 その驚くような力強さにアリスは少しだけ理性を取り戻した。
 
「あらあら、無駄な抵抗はいけません事よ。人間素直が一番ですって。ほら、こうすれば・・・・」
 
 再び真ん中の棒をツンツンと軽く蹴ってアリスの反応を確かめるカモシカの女は、アリスの表情が絶頂寸前のように見えていた。
 両の手でヒトの男達に周りを歩き回れと指示を出し、さらに真ん中の棒を軽く蹴り続ける。
 
「アフッ!アァァ!アァァァァァァ!!!!!!イヤァ!!!!!!」
 
 弓なりにしなった背中から力が抜け、がっくりとうな垂れたアリスはカナの頭を抱えて涙を流していた。
 不法に侵入してきた盗人風情の前で痴情をむき出しにし、愛する夫と従者の前でしか見せた事の無い痴態をさらけ出した。
 そんな事はある意味どうでも良い事だし、それに、この盗人は最終的に処分してしまえば良いと思っていた。
 
 ただ、意地を張り合ったカモシカの女にイカされた事に一番の屈辱感を感じていた。
 こんな木の棒で、包み込まれる愛情も貫かれる熱さも感じない行為で自分が絶頂に達した事への屈辱感。
 涙を流しながらもなお、カモシカの女が蹴る棒の触感に悶えるアリス。
 何もかも手放して今はただ快楽に身を任せたくなる劣情感を抱いていた。
 
「おや、私の靴に何か付いたわね。まさか、木の棒でイッちゃった領主様の恥ずかしい本気汁じゃないでしょうね?」
 
 クックックと押し殺した笑いが起こり、カモシカの女はわざわざアリスの前まで回ってからこれ見よがしに靴を脱いだ。
 そのつま先あたりには水に濡れた後が付き、ヌルヌルとした粘性の高い白い液体が糸を引いている。
 
「ほら領主様?これは領主様の本気汁でなくて? こんな恥ずかしい姿を領民に見せるわけには・・・・行きませんよね?」
「ハァハァ・・・・ 好きに・・・・しなさい・・・・」
「強がっちゃって。ほら、今ならバレ無いから綺麗にしたら良いわよ。今なら特別に・・・・舐めさせてあげるから」
 
 再び押し殺した笑いが漏れ、やがてそれはハッハッハ!とあざ笑う声に変わった。
 
「ほれ、無理しないほうが良いんじゃねーの?」
「そうさ、今のうちに舐めちまいなよ。イヌの舌は長いんだろ?」
「そんな臭いさせるんだから貴族様も人の子だよなぁ」
 
 ゲラゲラと笑われる中、アリスは歯を食いしばってカモシカの女を睨んだ。
 両目に一杯の涙をためてなお、自分を支えるヒトの女のために、アリスは貴族としてのプライドを貫かねばならない。
 そのアリスへ勝ち誇った笑いを浮かべ、まるで汚いものでも持つかのように指でつまんで靴を差し出すカモシカの女。
 
「無理しないで良いんですわよ?そんな木の棒じゃ嫌でしょ?今ならあなたの好きなヒトの男達があなたに奉仕してくれるわよ?そこから降ろしてあげるから自分で股を開いて言えばいいじゃない。でも、命じたらダメよ、お願いするの。汚いイヌの女を抱いてくださいって、そうすれば・・・・

 

 『 黙 れ 売 女 !!! 』
 
 その場の誰もが驚くような声でカナは罵った。
 線の細いひ弱そうなヒトの女が見せた強気の姿勢。
 
「逃げられぬ者に寄ってたかって酷い事を。人の尊厳を踏みにじって!」
 
 目の見えぬ筈のカナ。しかし、その真底見下すような眼差しがカモシカの女に注がれた。
 とっさにどうしたらいいか分からず呆気に取られたその刹那、カナは小声でアリスに言う。
 
「アリス様、あの靴を私の前に置いて下さい」
 
 まともな思考の出来なくなってるアリスは、言われるがままに靴を奪ってカナの前に下ろした。
 カナはその靴の場所を僅かな視力で確かめると、つま先へ舌を伸ばしてアリスが垂らした痴蜜を綺麗に舐めている。
 
「カナ・・・・ ごめんね、ごめんね」
「アリス様、私には見えません、綺麗になりましたか?」
「うん」
「じゃぁ、あの売女に投げつけてやってください」
 
 アリスは言われるがままに靴を投げつけ、そしてカナの分まで含めて殺気を含んだ目で睨んだ。
 カモシカの女は堪らずにカナの頬へビンタを入れるのだが・・・・
 
「事実を言われて舞い上がるんじゃカモシカの女もたいした事は無いじゃない!」
「うるさい!」
 
 バシッ!と鈍い音を立ててカナの頬にもう一撃平手が入った。
 
「悔しいのならもっと叩きなさいよ!」
「黙れ!」
 
 搾り出すような叫ぶと共に反対側の頬にも一撃を加えるカモシカの女。
 
「ヒトの女なんか簡単に死ぬんだからもっと叩きなさいよ!」
「うるさいと言ってるだろうが!」 
 
 カモシカの女は右手を振り上げカナの頬を叩く。
 手痛い一撃で口内を切ったのか、反作用で振った首の動きに合わせ真っ赤な血が口から垂れる。
 それでもカナはキッときつく睨み大声で叫んだ。
 
「でもね、覚えておきなさい! 」
 
 怒気を含んだ言葉が部屋に響き、その声量にアリスは驚く。
 よく泣く女だと思っていたカナのその芯の強さ。
 それは、つまり・・・・
 
「あなたが私と私の主に何をしようと私の意志は揺るがないから! 絶対に揺るがないから! 息子の待つところへ行ってから祟り殺してやる! 呪い殺してやる! どこへ逃げても草葉の影から必ずとり殺してやる!」
 
 殆ど視力が無い筈のカナ。
 しかし、その眼差しには明確な殺意があった。
 なにより、祟り殺してくれんと睨むその目は狂気に満ちている。
 その姿にアリスは母親と言う生き物の強さを感じ取っていた。
 
「うるさい!お前のせいで!」
 
 バシ!と鈍い音を立てて再び頬を叩かれたカナ。
 アリスの体を支えながらも必死で立ち続けるヒトの女を、カモシカの女は平手で殴り続けた。
 
「どうしたの、もう終わり? 早く殺しなさいよ」
「だまれ!」
 
 口の中を切り鼻血を垂らし、目の周りが真っ赤に染まっても尚、カナの狂気の眼差しがカモシカの女に注がれる。
 
「お前のせいで!」
「じゃぁ黙らせたらどう? 早く殺しなさいよ! 早く!」
「うるさい!」
 
 バシ!
 
「売女!」
 
 バシ!
 鈍い音が響く部屋の中、カナの顔が青く腫れつつあった。
 
「どうせそうやって喚くしか出来ないんでしょうに! 惨めね!」
 
 殴られ血を流し痛みを受けても、それでもカナの心は折れずにいた。
 
「うるさいと言ってるだろ!」
 
 それが我慢ならないのか、大きく振りかぶって渾身の一撃を叩き込もうとした瞬間、アリスはカナの頭を抱きかかえてガードした。
 しっかりと抱きかかえたアリスの腕越しに、カモシカの女の一撃がカナの頭を揺する。
 その衝撃と振動と、何より強烈な痛みがアリスの正気を呼び戻した。
 
「カナ、大丈夫?」
「えぇ、おかげさまで。アリス様は」
「私は平気よ。あなたのお陰。あなた達夫婦に私は何度も守られてるから」
 
 見事な青痣になった腕をほぐしながら、アリスもまた敵意に満ちた眼差しでカモシカの女を見据える。
 
「取り乱したら負けみたいね」
「えぇ、そうですね」
 
 クソ!
 カモシカの女は真底忌々しいと行った表情で落ち着き無く部屋を歩き、無意識に窓の外へと目をやった。
 さっきまで暗かった広場に朝日が差し込み照らされている。
 そこにはイヌの騎士が討ち取ったカモシカの盗人達の、血を流し苦悶の表情を浮かべた生首が並んでいた。
 
「・・・・うそ」
 
 恐怖に満ちた表情を浮かべ呆然と見つめるカモシカの女。
 まわりの盗人達も声を失って窓の外に釘付けになっていた。
 全ての怒りを込めたかのような仕打ちがそこにある。
 切り落とされ叩き潰された顔。
 両目を抉り出され石を押し込められたグロテスクな姿。
 そして、縦に半分に切られ二つにされたカモシカの男の頭。
 
 一瞬の静寂が訪れたオフィスの中には張り詰めた糸のような緊張が溢れる。
 それはすなわち、怒りに駆られたイヌ達の容赦ない報復が自分へ襲い掛かってくる恐怖そのもの。
 
 各々言葉を失い呆然としていた部屋のドアが突然開き、街に火を放っていたカモシカの男達の生き残りも集まってきた。
 どの顔も皆、恐怖に引きつっているのがわかる。
 
「お前が遊んでる間に脱出できなくなったぞ」
「お頭ぁ!」
 
 おかしらと呼ばれたカモシカの男は、やや不機嫌そうに口を開いた後で窓の外を確かめながら部下を集めた。
 
「周囲を確認しろ!」
「お頭!イヌの騎士が南側を全部埋めてやがる!」
「じゃぁ、西側は!」
「焼け野原だ。飛び出たら撃たれるぜ」
「東側は畑だし、残るは北側か」
 
 カモシカの男は、長く立派な角の根元をガリガリと掻いて、何かを考えながら外を眺めた。
 
「あの塔の上なら下が見下ろせるな・・・・ おい!おまえだ!」
 
 カモシカの男が呼んだのは、銃を持ったヒトの男だった。
 
「お前、名前は?」
「ジュンでいい」
「よし、お前はあの塔の上に行け。そして、下を見ろ。安全だと確認できたら教えろ」
 
 ヒトの男はうなづくと銃とトランシーバーを持ってドアを開け走り出した。
 すぐさま部屋に残ったヒトの男が無線を使ってジュンと呼ばれた男へ呼びかけている。
 
「カナ、あれはなに?」
「多分無線機です。電波と言う目に見えない波を使って話をする機械です」
「便利そうね」
「えぇ、かなり便利ですね」
 
 快楽の波に飲み込まれてちょっとおかしくなっているアリス。
 しかし、その上で平静さを装う様は最近見に付けつつある領主の貫禄だろうか。
 壊れたような笑みを浮かべて甘い吐息を漏らしながら、アリスは窓の外に眼をやった。
 
 ――ジュン!ジュン!聞こえるか?
  ――ザー あぁ聞こえる
 ――今どこに居る?
  ――塔の上に着いた 良く見えるぞ こっち側にイヌは居ない
 ――街の外はどうだ?
  ――街の外は銀世界だが血の跡がある
 ――逃げられそうか?
  ―― ザー
 ――聞こえるか?
  ――ちょっと待て 何か来た ヒトの男だ イヌっぽいのも居る
 ――ヒトの男だと?
  ――間違いない ヒトの男だ 何か持ってるな
 ――確かめられるか?
  ――多分執事じゃないか?
 ――出来ればそいつも拉致りたい なんとかなるか?
  ――それとなく波を送ってみる
 ――こっちから応援を出す
  ――あぁ 上から空弾を打つんでやられたフリだけしてくれ あとで執事に一斉に襲い掛かって取り押さえよう
 ――了解した!気をつけろ!
  ――あぁ わかった 適当にごまかしてそっちへやるから上手くやってくれ 交信を終了する
 
 部屋に残っているのかカモシカの男が慌しく準備し、皆で塔の方へ歩み出すタイミングを計っていた。
 誰かが何かを合図してドアを蹴り破るように開けると、何人かのカモシカが通りへ飛び出して行く。
 手馴れた様子で建物の影に隠れるふりをしながら塔へと近寄って行くのだが、塔の上から銃声が響き始めている。
 見事なまでに統制された陽動作戦。きっと、これで騙されたものは多いのだろうとカナは思った。
 そんな中、南側の窓に張り付いて外を監視していたカモシカの男は、何かを見つけたように窓の外を指差して叫ぶ。
 
「おい!ペイトンとフェルベットだ!」
「生きてたのか!」
 
 リーダー格のカモシカが窓を開けて叫んだ。
 
「早く走れ! ドアを開けてやるぞ!」
 
 手下がドアを開けようとした瞬間、必死の形相で走っていた二人のカモシカがバランスを崩し転んでひっくり返った。
 建物の中で見ていた盗人達が驚くなか、どこからとも無く乾いた射撃音が聞こえ、立ち上がろうとしたカモシカの額が弾けた。
 
 バーン!ババババババババン!バババババババババババババン!!!
 
「イヌだ!あと150m!」
 
 盗人達が見つめる先、イヌの騎兵達が一列に並び馬上からいっせいに射撃していた。
 
「こっちもいるぞ!くそ!ペイトンとフェルベットを拾えねぇ!」
 
 別の窓から見える先。
 交差する通りの奥にもイヌの騎兵が並んで射撃している。
 斃れたカモシカへ執拗に射撃を加える騎兵。カモシカの死体が蜂の巣になってなお射撃は続いていた。
 
「あの二人は伝令に間違えられたな・・・・ 退路はどうだ!」
「無理っす!」
 
 リーダーの声に悲痛な声で叫ぶ手下達。
 ヒトの手下がトランシーバーへ向かって怒鳴っている。
 
「おい!ジュン!返事をしろ!そっちはどうなってる!」
「返事をしろ!」
「まさかあいつも」
 
 ―― ザー・・・・・・・・・
 
 忌々しそうに外を見るカモシカの男達が、アリスとカナを気にするでもなく窓の外を見るために走り回っていた。
 その振動が床を揺らし、グジュグジュになった蜜壷の中で拘束具の張り型が震えていた。
 アリスは一人拘束具の上で地獄の業火に焼かれる思いだった。
 
「アリス様、気を確かに!」
「ウゥ・・・・・大丈夫だから・・・・アァァ!!・・・・・ ダメェ!」
「アリス様!」
 
 チッ!と舌打ちをしながら窓の外を見るために走り回る盗人達。
 髪を振り乱してアリスが悶え、カナはたまらず懇願の声を上げた。
 
「それ以上やめて!」
「アァァァァァ!!!!」
「アリス様!頑張って!」
 
 そんな中、走り回る手下の一人が紅朱館の屋根を指差し、突然に叫んだ。
 
「おい!アレはなんだ?」
 
 その声にカモシカの男達が部屋の中をドタドタと走り一斉に窓へ集まる。
 
「アァ・・・・ もうダメ・・・・」
 
 小声で弱々しく呟くアリス。
 
「あら、領主様はもう満足ですか?」
「なんとでも・・・・ ハァハァ・・・・ 言いなさ・・・・」
 
 精一杯強がってるつもりなのだが、嫌でも発情モードになったアリスは弱々しく答えた。
 何度も強制的にイかされている間に、アリスの体に火が付いてしまったようだ。
 
 あらん限りの卑猥な言葉でアリスをなじるカモシカの女。
 その声を気にする素振りすらなく、窓へと歩いてきたヒトの男が屋根上を指差し大声を上げた。
 
「やばい!狙撃し・・・・
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 その言葉を叫び終える前。
 窓のガラスを木っ端微塵に吹き飛ばし、その威力に窓枠ですらも吹き飛んだ。
 何かを叫ぼうとした『ヒトの男だったそれ』は・・・・胸から上を全て飛び散らかし単なる肉塊に変わった。
 吹き飛ばず残った部分には窓枠の破片が大量に突き刺さって、何か趣味の悪いオブジェになっている。
 
 発作的にその光景を凝視したカモシカの女にも、そして、カナやアリスにも挽き肉になった物が降りかかる。
 そして、バランスを失い後方へ倒れたその死体が部屋の床でバウンドし、アリスは棒の上で背骨をしならせていた。
 
「カナ・・・・ カナ・・・・ もうダメ・・・・ 」
「アリス様。ジッとしてゆっくり深呼吸です」
「お願い・・・・ いかせて・・・・ もう・・・・」
「アリス様・・・・ 」
 
 アリスはゆっくりと息を吸い込んでいるつもりなのだが、筋肉の緊張にあわせ括約筋もキュッと閉まってしまう。
 期せずしてアリスは自らに絶頂を迎えそうになる。
 
「ウァッ・・・・ アァァァン! ッ!」
「アリス様。どうぞ遠慮なく。私が支えますから。絶対支えますから! だから・・・・ それ以上我慢すると」
「カナ・・・・ ゴ・・・ ゴメン! ウ! アァァ・・・・・ッ!」
 
 アリスの意思とは関係なく、体が勝手に腰を動かして、自らに蜜壷の中をかき回していた。
 視界は眩く真っ白になっていき、アリスは自らに絶頂へと上り詰めた。
 
 こうなると、もはやイヌの女は歯止めが利かなくなる。
 アリスは拘束具の上で自らにGスポットを攻め、ビンビンに尖った乳首が痛いほどだ。
 肩と腰を逆に捻る動きにカナはアリスの思いを読み取り、両の乳房の間に顔を埋めると鼻の頭でアリスの乳房をもんだ。
 
「アァ! カナ! いいよ! アァァァ!!!!」
 
 抗えない波に悶えながら苦しむアリスの苦悩を他所に、屋根の上にいた狙撃主は再び狙いを定める。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 屋根の上に薬莢の転がる金属音が響いているが、アリスとカナにはそんな音など届かない。
 一瞬逃げ遅れたカモシカの青年は胸部に直撃をくらい、腹部をそっくり失ってただの肉塊に変わった。
 糸の切れた操り人形のように床へ転がるその死体はバウンドしてビクン!ビクン!と痙攣する。
 その動きが床を叩き、アリスは逃れられぬ棒の上でのた打ち回る。
 
「アァァァァ!!!!! もうダメェ!!!!!!」
 
 痴声を上げて悶えるアリス。
 おかしらと呼ばれたリーダー格のカモシカは、忌々しげに指示を出す。
 
「おぃ!そいつを黙らせろ!」
 
 カモシカの若い男がカナの袖を引きちぎり猿轡にしてアリスの口を封じた。
 そのドタドタトする動きにアリスは身を捩るのだが、口を封じられては声も出せなかった。
 
「アリス様、気を確かに!」
「フグッ!フンゴォ!オォォォォォ!!!!」
「アリス様!落ち着いて!」
「アングアグング!ングング!ウ!ウゥゥゥッ!ゥ!!!!!」
「アリス様!」
 
 壁に隠れ外をうかがうカモシカの男達。
 
「なんか良くわからねぇが、おめぇたち後ろに下がれ!」
 
 叫ぶと同時に振り返ったリーダーの隣。
 そこへ再び轟音が響く。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 まるで建物自体が共振するかのように微細動を起こし、アリスはたまらず首を振って悶えた。
 しかし、動けば動くほど辛くなるのが拘束具の辛いところ。
 アリスが悶えてるのを見たい男の本能と、とんでもない兵器で撃たれる警戒心の板ばさみ。
 壁際に隠れていた若いカモシカが顔を出そうとした瞬間。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 壁に隠れていたはずの体が真っ二つに割れて血飛沫が飛び散り、弾けとんだ内臓からは鼻を突く便臭がこぼれる。
 あまりの衝撃で吹っ飛んだ死体が床に跳ねて行き、カナとアリスの隣に上半身が転がった。
 死に切れずバタバタと動かす腕が拘束具を叩き、アリスは声にならない声で悶えながら、血だらけになったカナの頭を抱きしめる。
 そのあまりの力にカナの頭蓋骨がミシリミシリと軋んだ。
 
「キャァァ!! アッ!アリスさま!!!! いっ! 痛い!!!」
「アゥ! ウォウェン! ウァウィヲウウ?」
「なんて言ってるか・・・・ 分かりませんよ」
 
 ぼそりとこぼしたカナの本音。
 アリスは少しムッとしてカナの側頭部をバシッと叩いた。
 
「いったぁぁぁぁい!」
 
 涙を流しながら笑って抗議するカナ。
 アリスも半分壊れた笑顔を浮かべている。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 しばらく静かだったあの轟音が唐突に響いたかと思うと、塔の方へ走っていったカモシカが見事に粉砕された。
 
「アリス様。どうやらあのヒトの傭兵さんが支援してくださっているようです」
「おうあお・・・・ ングフ!」
 
 どれ程に威力があるのだろうか?
 その惨劇を見つめるカナは自分の体に起きた異変に気がついていない。
 
「アリス様、もう少しの辛抱です。助けが来たようです」
「あぅあ、うぃえうお?」
「なんと仰っているのか私にはわかりません」
 
 笑みを浮かべるカナだが、その視界に入ってくるのは驚くようなイヌの女の顔。
 カナはまだ気がついていない。
 そして、ヒトの男達がトランシーバー越しに精一杯叫んでいる方へ意識を取られている。
 
 ――ジュン!ジュン!助けてくれ!
     ――ザー
 ――そこから見えないか?なんだあれは?
     ――ザー
 ――お前!裏切ったな!
     ――ザー
 ――裏切り者がどうなるか知らないわけが無いだろ!
     ――ザー
 ――頼む!退路を確保してくれ!
     ――ザー
 ――ジュン!返事をしろ!
     ――ザー
 ――おい!
    ――ザー
 
 カモシカの男が忌々しげにトランシーバーを床へとたたきつけた。
 
「あのやろう!だからヒトは信用ならねぇ!」
「いや、返答できないだけかもしれねぇ」
「んだとぉ!」
 
 カモシカの男達とヒトの男達が剣呑な雰囲気で言い合っているのだが、リーダー格の男はジッと窓の外遠くを見ている。
 ノタノタと教会への距離を詰めていたカモシカの男が塔の上から撃たれ、その場にひっくり返って助けを求めていた。
 しかし、物陰に隠れ様子を伺う中間達も通りに出て助けに行く事は出来ない。
 右手はだらりと下がり、まだ動く左手でポケットの中を弄っていた。
 
「とにかくズラカるぞ! ここに居ちゃヤベぇ気がするぜ!」
 
 紅朱館側の窓近くへ壁沿いに移動し外を伺うリーダー。
 壁に開いた大穴から一瞬だけ外を見て、すぐに目を瞑り残像から何かを探している。
 
 ――・・・・ん?屋根の上の野郎が消えたな、逃げられるか?
 
 もう一度素早く外の様子を伺ったリーダー。
 確かに、視界からあの狙撃主の姿が消えていた。
 
「おい!そこのイヌとヒトの女が着てる服を剥ぎ取れ!中に藁を詰めて馬に乗せろ!」
 
 へい!合点!とばかりにアリスとカナの周りに男が群がった。
 
「いや!やめて!」
「フング!フゴグゴ!ンゴング!!」
 
 アリスとカナの抵抗もむなしく、あちこち破かれて服を剥ぎ取られた二人はすっかり下着姿になっている。
 
「おい、どうせだから裸にしちまおうぜ」
「そうだな、その方がおもしれぇ!」
 
 沢山の手がアリスとカナをまさぐり、最後の一枚の着衣まで剥ぎ取られた二人。
 ドサクサに紛れ沢山の手がアリスとカナの乳房を揉み、カナの秘裂にまで指が侵入する。
 
「ンゴフッ!ンベン!ウングファ!」
「イヤァ!イヤァァァァァ!!!!!!」
 
 靴まで取られ本当に一糸まとわぬ姿のアリスが拘束具の上で悶え、その豊満な胸に顔を埋めるようにカナがそれを支えていた。
 
「あー!ここまでしてヤる時間がねぇってのが惜しいぜ!」
「一度で良いから獣の貴族さんって奴とヤッてみてぇもんだ!」
「オレはヒトの女を犯してみてぇんだ」
 
 数人の男が口々に不満をこぼした後、一瞬だけ沈黙が訪れた。
 男達の淫猥な視線がカナの腰に集まる。
 カナは震えながらアリスに抱きついた。
 
「・・・・急いでヤるか? こっちのヒトの女の・・・・」
 
 カモシカの男がボソリと呟くとカナの腰に手を掛けて後ろに立ち、嫌がるカナの足をけって股を開かせた。
 
「イヤァ!」
「うるせぇ!」
 
 カナの腰を引っ張り尻を手前に引き出すと、その桃のような尻にペチン!と平手を一発入れた。
 
「いや!やめて!」
 
 必死の抵抗をするカナの努力を他所に、すかさずズボンを下ろすカモシカの男。
 しかし、カナの声に気が付いたリーダーのカモシカが金切声で叫ぶ。
 
「おめぇらなにやってんだ!早くしろ!!」
「くそ!」
 
 カナの腰に手を掛けていたカモシカの手下達はもう一度その尻をぺチンと叩いてその場を離れた。
 言葉にならない言葉で不平をこぼしながらも、服の袖口を縛り中に藁屑を詰めた。
 ぺしゃんこだった服が膨らんで、まるで人が着ているように見え始める。
 
「お頭!この女ども、布団で簀巻きにして連れて行きやしょう!」
「そうっすよ!このまま捨てんのは勿体ねぇ!ヒトはフロミアに売ってイヌはネコの国に女郎宿に売っちまいま・・・・『うるせぇ!』
 
 リーダーは怒鳴ると同時に腰のナイフを投げつけた。
 口からつばを飛ばして喚いていたカモシカの手下の足元にそのナイフが突き刺さり、手下は腰を抜かす。
 
「次に喚く奴は俺がぶっ殺す!黙ってやがれ!」
 
 
                             ◇◆◇
 
 盛大な乾杯の音頭にあわせレストランが揺れるほどの声が上がった。
 夜9時の鐘にあわせ皆で乾杯をするのが常連の間で流行っている夜の部突入の合図だ。
 レストランの営業はこの時間を持って終了となり、レストラン・スキャッパーは、パブ・スキャッパーに変わる。
 
 だが、まるで説教されているかのようなマリアは真剣な眼差しで一言一句漏らさぬように聞いていた。
 それはつまり、とりもなおさず自分自身の為だと言う事をこの娘が分かっているということだろう。
 
 遠い日。
 カナの為に貴族のプライドも、人としての恥も外聞も無く、どう体を張ったのか。
 そんな事を切々と言って聞かせる妻アリス。
 ポール公はボンヤリとそれを眺めていた。
 
 決して酒に酔っているわけではない。
 ただ、時間と言う名の残酷な死神が確実にそこに存在し、ポール公自身も気が付かぬうちに、少しずつ、少しずつ、友マサミと駆け
巡った古き良き日々の記憶を薄れさせていると実感していた。
 今、自分自身と妻アリスと、そして、マサミの子供達と共に楽しく暮らす幸せな毎日のルーツ。
 紡がれていく歴史の糸の源流を辿って行った時、そこには、今、目の前で妻アリスが娘マリアに語っているあの日があるのだった。
 
「あの日。アリスがその婦人拘束具に跨り、カナがそれを抑えていた日。カナは何もかも見越して迂闊にそれを持ち上げられないよう
床に固定してしまったのだ。自らを誘拐しに来たとカナは知っていたからな。それゆえに自らの体を使って床の金具に自分の足を固定
し、そして、そのままアリスを支え手錠を自らにかけた。アリスとカナを運び出すにはどちらかの体を切らねばならない様にして、そ
して助けを待つ事にしたのだ」
 
 ポール公は少しだけ悲しそうな表情を浮かべている。あの日。カナが何を信じてそうまでしたのか。
 それはつまり、自分ではなく夫マサミが来るのを信じていたのだとポール公は後に気が付いた。
 
 アリス夫人は盛り上がる店内を見回し、グラスに目を落として笑みを浮かべた。
 遠い日。
 盛り上がるルカパヤンの夜店街を見せ、これをスキャッパーに作ろうと言ったマサミの声が耳の中にリフレインしている。
 
「今日も商売繁盛ね」
「あぁ、マサミがあのカウンターでシェイカーを振ってカクテルと作っていたのを思い出すよ」
 
 パブモードに切り替わった店内のカウンターにバーテンが出てきて、客のオーダーに合わせカクテルシェイカーを振っていた。
 
「あの、お母様」
 
 一瞬の沈黙を引き裂いてマリアが言葉を発する。
 もちろん、聞きたい内容は皆知っている。
 
「案外あっさり降りたわよ。マサミとポールが助けに来てくれたから」
「ユウジが囮になってな。その隙に俺とマサミで突入してな。アリスとカナを救出した」
「でもね、あれから降りたら自分で立てない位で困ったわよ。なんせ一日抱かれ続けたようなものだから腰が抜けちゃってね」
 
 懐かしくも困った笑みを浮かべ、アリス夫人はあっさりと言い放った。
 
「じゃぁ、中にいた盗賊団はどうしたのですか?」
 
 タダは話題を変えるかのように次の質問を出す。
 
「マサミがカナの鎖を銃で打ち抜いて、それで私ごと拘束具を床にひっくり返したの。その後はマサミがもう狂ったように喚きながら
銃を撃ってね、もうそれが怖くて怖くて大変だったわ」
「連中にも一瞬の油断があったんだな。マサミがドアを蹴り破って突入したらアリスもカナも素っ裸でな。マサミはいきなりカナに銃
を向け何かを叫んだ。俺は上手く聞き取れなかったが、なんでもヒトの世界の違う国の言葉だそうだ。でな、カナの鎖を切ったらカナ
がどっこいしょとばかりにアリスを押し倒して・・・・、まぁ、その後のマサミがもうとにかく怒り狂って撃ちまくっておった」
 
 この場でそのシーンを見たのはこの二人だけだ。
 懐かしそうに笑っているが、その現場は間違いなく修羅場だったはず。
 
「あれ?御館様。父は母の手錠の鎖を遠くから撃ち抜いたのでは?」
「ん?いや?、そんな事はしてないぞ。床から伸びる鎖を打ち抜いただけだ」
「え?だって母の手には手錠が・・・・」
「あぁ、そうだ、手錠をしていた。で、その鎖に床から別の鎖を繋いでいた訳だ。それを撃ち抜いたからカナはアリスを持ち上げた」
「そう、そのまま床に倒れてね。私の上にカナが覆いかぶさって守ってくれたんだけどね」
 
 アリス夫人とポール公が顔を見合わせ懐かしそうに笑っている。
 脳裏によみがえるマサミのぶち切れたシーンは・・・・
 
「でも、全部は死ななかったのね」
「生き残ったのが慌てて裏口から逃げていった。あのリーダー格のカモシカ・・・・なんて言ったっけ。えぇっと・・・・ 」
 
 記憶の淵を辿るように思い出そうとするポール公だが、泥酔一歩前と有ってはなかなか思うようにならないでいる。
 その隣でアリス夫人もまた記憶の糸を辿っていって思い出そうとしているのだが・・・・
 
「あぁ、そうだ。ゴラスだ。なんとかゴラス。で、女のほうがフェベルティ。あの二人もあそこで死んでた方が楽だったかもしれない
が・・・・ 一気に部屋から駆け出して、馬で追う間もなく一気に走っていった。ところがなぁ・・・・」
「そう、そこにオオカミの一団が居てね。それを手引きしていたのは死んだと思ってたリコだったのよ」
 
 いよいよクライマックスだろうか・・・・ 子供達は黙りこくったままで話の展開を待っている。
 しかし、その視線を集める先のアリス夫人は急に涙を浮かべ始めた。
 
「あの時ね、私とカナが裸で中に居た時にね。マサミはどこからとも無く服を用意してきたの。そしてね、カナじゃなくて私に先に服を着せて、カナには服を渡して終わり。あれでね、私も諦めがついたんだと思うのよ、結局、このヒトの夫婦には敵わないってね」
 
 アリス夫人の諦めが何を意味するのか。
 ポール公は髭を弄りながらもアリス夫人へやさしい笑みを向けた。
 
「マサミはあくまでアリスを優先した。建前だけでも主従だからな。しかし、その実は・・・・ わかるだろう。夫婦は何も言わなくともちゃんと心が通じていたのだよ。カナはほぼ見えるようになった自らの目でアリスの着替えを手伝った。なにせ足腰が立たない状態だったし、カナ自身もそうなったらどうして欲しいか良く分かっていたから。皆が集まって見ている中、カナは服も着ないでアリスに尽くした。その姿にイヌは皆涙してな。あの時から、マサミもカナも、本当にここの一員になったのかも知れぬ。そう、家族に
 
 
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「ぼうや、フライパンなんか持ってどこへ行くんだ?」
「領主様を助けに行くんだ!」
 
 ユウジと並んでレーベンハイトのオフィスへと迫っていたマサミは、路地の角でイヌの少年を捕まえた。
 台所から持ってきたのだろうか。所々に接ぎを当てた跡のある使い込んだフライパンが少年の手の中にあった。
 
 ・・・・こんなに貧しいのか
 
 心の中でマサミはつぶやく。
 
「領主様はヒトの召使を2人も連れた立派なイヌだ!だから助けに行く!」
「怖くないかい?」
 
 ちょっと意地悪な声でユウジがけしかける。
 
「怖くなんて無い!」
「でも、危ないぞ?あいつらは銃を持ってる」
「危なくなんか無い!あの中に鉄砲は無いよ!僕は見たんだから!窓から!」
 
 その言葉にマサミとユウジは驚いて顔を見合わせた。
 
「ほんとか?嘘だったら大怪我じゃすまないぞ?」
「ほんとだって!領主様とヒトの召使が裸にされて変な柱に縛られてるだけだよ!」
 
 そう言って飛び出しそうになったイヌの少年の襟を、マサミは付かんでひょいと引っ張った。
 今にも飛び掛かりそうな少年は歯を剥いて怒っている。
 
「なんだよ!邪魔するなよ!」
「ぼうや、気持ちは分かるけど、これは大人の仕事だ」
「でも、助けに行くんだ!」
 
 ユウジはやさしく窘めたつもりだったのだが、一度言い出したら聞かない頑固なイヌだ。
 こんな子供だって立派なイヌなんだと苦笑いするしかない。
 
「助けに行くんだ!」
「解った解った・・・・」
 
 聞かん坊になった少年をマサミも窘める。
 
「少年、一つ頼みがあるんだけど良いかな?」
「なに?」
「あの中で領主様とヒトの召使が服を取られてるんだろ? あっちの服屋に行って服を用意してきてくれないか?」
「え?」
「アリス様とヒトの女が裸で居るんだろう?裸のままじゃ寒いじゃないか」
「でも!あいつら逃げようとしてた!」
「そうかそうか、じゃぁ、あいつらが逃げないようにおじさんが見張っているから、急いで行ってきてくれ」
 
 マサミは懐から財布を取り出した。
 小さな硬貨袋の中から出てきたのは1トゥン金貨。
 少年の手にそれを握らせるとマサミは少年の肩に手を置き、ちょっと怖い声色に変えて口を開いた。
 
「少年、いいか?よく聞けよ? アリス様は領主だ、しょぼい服を買って来たらそのケツをひっぱたくぞ?わかったか?」
「うん!、でも、こんなにお金は」
「じゃぁヒトの女の分も一緒に買ってきてくれ。綺麗な服を買って来るんだぞ?」
「それでもこんなに・・・・」
「じゃぁ、一番高い服を買ってくるんだ。ダサい服を用意したら張り倒すからな!」
 
 マサミの声も最後は怒気を含んだ声になった。
 その声に少しだけ驚いた少年がつぶらな瞳でマサミをまっすぐに見ていた。
 
「分かった、一番良い服を買ってくる」
「良し、任せたぞ」
「お釣りも持ってくるね!」
「釣りは小遣いにあげるから取っておきな」
「小遣いなんて要らないよ!」
「そうか、じゃぁ少年。小遣いじゃなくてチップだ。だからな・・・・」
 
 マサミの手が少年の頭をポンポンと叩き、そして優しく撫でた。
 その手が止まり少年の目がマサミを見る。
 
「チップを弾むから勇気を少し分けてくれ」
 
 え?と言う表情で少年は固まった。
 マサミはそれを気にする風でもなく言葉を続ける。
 
「おじちゃんちょっとビビッてたよ」
「ヒトってだっせぇ!」
「だろ? 自分の嫁さんを取り戻さなくっちゃな。だからな、一番良い服を買ってくるんだ、いいな?」
「わかった!」
 
 少年はそう言い残して一目散に通りへ出て行った。
 その後姿を目で追ってからユウジがニヤリと笑ってマサミを見る。
 
「いやいや・・・・ 格好良いねぇ~!」
「次元大介のセリフです」
「えぇっと・・・・ヘミングウェイペーパーだっけ?」
「え?見たんですか?」
「あぁ、こっちに来てからビデオで見たよ」
「そうなんですか・・・・ ルカパヤンにはテレビもビデオもあるんですね」
「テレビ放送は無いけど映画館はある。実は映画好きでさ、暇が出来ると映画を観てるのさ、アニメもね」
「ユウジさん、案外ヲタクですね」
 
 少しだけ緊張感がほぐれハッハッハ!と笑う二人。
 ただ、その会話は血なまぐさい通りの隅。
 消し炭のくすぶる中世ヨーロッパのような町並みだ。
 
「ヒトの世界か・・・・ 遠くなってしまった世界だな・・・・」
 
 ボソリとこぼしたユウジはポケットからタバコを取り出した。
 マサミの目が注がれる先。ユウジの手の中に半分つぶれたマイルドセブンの箱があった。
 
「もう、アルマーニの袖を通し、ボルサリーノを粋に被って歩く事も出来ないよ」
「大きな花束を脇に抱えて・・・・ ハンフリー・ボガードかフェア・バンクスか・・・・ 」
「マサミさん、あなたの奥さんを助けに行きましょう。ルカパヤンでマチネと洒落込みましょう」
「・・・・えぇ、そうですね」
 
 ユウジは一本取り出して火をつけた。
 マサミに取っては実に懐かしい匂いが流れている。
 そんな二人の会話を少し離れたところでポールは聞いていたのだが、ユウジの吐き出した煙に咽て咳き込んでいる。
 
「あ、ポール公。大変失礼しました。すぐに消します」
「いや、平気だよ。それより、話しは決まったか?」
「えぇ、ばっちりです、ポール様」
「マサミ、俺は主じゃない。お前の主はアリスだ」
「でも、さっきも言ったとおり・・・・」
「じゃぁ、主代理でお前に命ずる。お前は俺の友人だ。良いな? 反論は認めない」
 
 マサミは苦笑いを浮かべるしかなかった。
 その肩をユウジがポンポンと叩いて笑顔を浮かべる。
 
「この世界では酷い扱いをされて無駄に死んでしまうヒトが多いですよ。あなたは良い主に巡りあった。羨ましいくらいだ」
「そうですね・・・・ わかったよ、うん、わかった。友達だな」
 
 ポールもやっと笑みを浮かべ、そして肩に乗せていた大きな箱を下ろした。
 
「これが要るんじゃないかと思って持ってきたんだが、どうだ?」
 
 箱の中に入っていたのはドイツ製軍用自動小銃G3A3。
 マサミより先にユウジが手に取り各部の作動試験をしている。
 
「ナイスタイミングですね。マサミさん、使い方はわかりますか?」
「マルイ製のエアガンでこれを持ってました。もっとも実弾を撃ったことはありませんけどね」
「じゃぁ、撃ってみれば良いですよ。マガジンは4ヶです。NATO弾仕様ですから強烈ですけど、威力は十分です」
 
 ユウジは弾をマガジンに詰めながらマサミに各部の動作をレクチャーした。
 
「マガジンをセットしボルトを引いてください」
 
 マサミはマガジンをはめて銃口近くの小さなボルトを指で引き絞る。
 ガッシャン!と音を立てて薬室に初弾が装填され、マサミは無意識にセーフティをかけた。
 
「良いですね、実に良いです。普段は必ずセーフティをかけるべきです」
「セーフティ・・・・ 人生もセーフティでありたいですね」
「まぁ、それが理想ですけどね」
 
 他愛もない事で笑う一瞬が緊張を解きほぐしてくれる。
 ポールは過去何度も突撃する前にそれを体感していた。
 全く同じ事をヒトの男がしているのに、少しだけ驚いている。
 
「さて、派手に飛び込むか!」
 
 ポールは愛刀を鞘から引き抜き、握りを確かめている。
 
「ちょっと待ってください。中にはアリス様とカナさんがいらっしゃるのですが、どうも裸のようです」
「それがどうした?」
 
 ユウジの言ってる意味を上手く飲み込めていないポールにマサミが笑う。
 
「ユウジさん、私とポールで飛び込みますから支援してください」
「そうですね。むしろ私が囮になりますから、その隙に飛び込んでください」
「・・・・あぁ、そう言うことか。うむ、すまないけどそうしてくれ」
 
 苦笑いを浮かべたポールの隣に立ち、マサミはスペアのマガジンを胸のポケットに入れてタイミングを待った。
 ユウジはもう一丁のG3を抱えて風向きを見ている。
 
「おそらくあっちも相当鼻が効く筈です。風下から接近してください。私は横からバンバン撃ち込んで足止めしておきます」
 
 マサミとポールが見ている前でユウジは見事な身のこなしを見せ、盗人達に気が付かれる事無くリコのオフィスへと接近した。
 ユウジの右手が指図する。
 
『接近しろ』
 
 マサミはゆっくり頷き、ポールと共に身を屈め近寄った。
 それを確認したユウジが壁の弱くなった場所を蹴り破り、銃口を突っ込んで発砲する。
 
 ダン!ダン!ダララララララララララララン!
 
 木の破片や岩のかけらが飛び散り、パッと眩い火花が飛ぶ。
 その射撃音に男達の耳が塞がれている刹那、マサミは僅かに開いたオフィスの裏口をそっと開けた。
 
 ダラララララララ!
 
 間断無く浴びせるユウジの効射力に中の男たちはなすすべも無く逃げ回り、ドタバタと転げまわる音がする。
 
 ――野郎共!頭上げんじゃねぇ!
 ――勝手に死ぬんじゃねぇぞ!
 ――ゆっくりそっちへ行け
 
 ダララララララ!
 
 ――お!おかしら!撃たれた!撃たれた!
 ――いてぇ!いてぇよ!
 ――我慢しやがれ!まずは逃げんぞ!
 
 ダン!ダン!ダン!ダン!
 
 ――どっから撃ってやがる!
 
 抜き足差し足で忍び込んだマサミとポール。
 ポールは手術室のところに開いた穴から中をうかがったのだが・・・・
 
「マサミ・・・・ 本当に二人とも素っ裸だぞ」
「ほんとかよ・・・・ 」
 
 ポールを押しのけるように穴を覗いたマサミ。
 その向こうには拘束器の上で身を捩るアリスと、必死で支えるカナが見えた。
 そして
 
 ――おかしら!この女ども盾にしてずらかりやしょう!
 
 カモシカの男が手を伸ばしてカナの顎をつまみ上げている。
 それを嫌がるカナが顔を振ったら、何を思ったかカモシカの男はカナの顔を叩いた。
 青く腫らした顔でカナが何かを叫んでいる。
 
「Oh!MyHeck!!」
 
 こめかみに青筋を立て吐き捨てたマサミの隣。
 ポールは不思議そうな顔で見ている。
 
「・・・・マサミ 今、何て言った?」
「え?」
「いや、今なんて言った?」
「・・・・・・ Hey! Asshole! Facking Your Mother!」
「知らない言葉だ。ヒトの世界の言葉か?」
「言葉がわからないのか?」
 
 新鮮な驚きを見せるマサミの顔をポールは不思議そうに見ていた。
 
「・・・・そうか ・・・・そういうことか ・・・・じゃぁ」
 
 何を思ったからマサミはいきなり立ち上がるとドアを力いっぱい蹴り破って中へ飛び込んだ。
 オフィスの中の視線が一斉にマサミに集まった一瞬。
 マサミはカナの横に立っていたカモシカの眉間を狙って引き金を引いた。
 
 ダン!
 
 強靭な骨格の獣人とはいえ、至近距離から威力のあるライフル弾で撃たれれば偉い事になる。
 カモシカの男が頭の後ろ半分が熟れたざくろの様に吹き飛び、力の抜けた体は糸の切れた操り人形のようにドサリと崩た。
 その一部始終を見ていた中の盗人達は一瞬なにがおきたのか理解できないようだったが、間をおいて剣を構え立ち上がる。
 
「てめぇ!! ヒトの分際で!!!」
 
 もはや言語になってない咆哮と罵声。
 だが、マサミはその言葉に一切怯まず大声で叫んだ。
 
「HEY! KANA! HandsUp!」
 
 唐突に声をかけられたカナは一瞬だけ動作が遅れた。
 無理も無いと言うべきなのだろうが、その意味を理解して鎖が伸びきるまで手を上げる。
 その床から伸びていた鎖目掛けてマサミは引き金を引いた。
 
 ダン!
 
 1発目は僅かにそれて床に穴を開けた。
 
 ダン!
 
 2発目は火花を散らしてかすったようだ。
 
 ダン! パキーン!
 
 ジャラリと音を立てて鎖が落ちる。
 アリスを抱いたままのカナ、両手はまだ繋がっている。
 
「KANA! TAKEDOWN! MyMASTER! on FLOOOOOOORRRRRRR!!!!!!!!」
「YA!」
 
 言われるがままにカナはどっこらせとアリスを床に倒し、拘束具を足で蹴ってアリスの中から引き抜いた。
 ビクン!とアリスが震えるもカナは躊躇せずアリスを床に寝かし、その上に覆いかぶさる。
 
「Freeeeeeeeez!!!!!!!!! Don’t Kreeeeeeeep!!!!!!」
 
 裏返った声で叫びながらもマサミの指が無意識に発射セレクターをフルオートに切り替えた。
 そして・・・・
 
「Facking! Fackin Wanker!」
 
 ダン!ダダダン!ダダダダン!ダダダ!ダダダダダダ!ダダダダダ!ダダダダダダダ!
 
 一瞬の静寂がオフィスに戻って来た瞬間、空になったマガジンをマサミは窓の外へ放り投げた。
 そして、スペアのマガジンをセットして再びボルトを引く。
 
「Fucking mate! That's a load of bollocks! 」
 
 死にかけの盗人は床でのた打ち、穴だらけになった盗人は血を流して絶命していた。
 運が良いのか悪いのか、その場で致命傷を負わなかった者達は窓から逃げ出したのだがマサミは窓際へ走り、腰ダメで連射する。
 
「Fack! Fack! Fack! Fack! Fack! Fack! Fack! Fack!」
「マサミ!マサミ! もういい!もういい! 落ち着け!」
 
 精一杯怒鳴ったポールの声でマサミが我に返ったとき、オフィスの中は文字通り血の海になっていた。
 
 返り血を浴びて真っ赤に染まったマサミを呆然と見上げるアリスとカナ。
 マサミはちょっとだけ恥しそうに上着を脱ぎ、その上にカナごとアリスを乗せる。
 カナはアリスの頭上越しに両手を取ると、手錠を嵌めたままの両手でアリスの猿轡を外した。
 
「マサミ・・・・」
「遅くなり申し訳ありません、ちょっと・・・・ 取り乱しました。 アリス様、お怪我はございませんか」
 
 マサミは自分の着ていた服を脱いでアリスの背中にそっと掛けた。
 
「マサミ、これはカナに『良いんです。アリス様。あなたが先です』」
 
 キッパリと言い切ったマサミの隣。
 ポールはマサミの上着をアリスから剥がしてマサミの肩に掛けると、自らの背に掛かっていた大きなマントを外した。
 
「カナ、アリスの横へ」
「・・・・はい」
 
 並び座る二人にそのマントを被せポールは周囲を見回す。
 レーベンハイトのオフィスが見るも無残な姿になっているのはともかく、今まで見た事の無いような状態の死体が転がる部屋は異常な光景といえた。
 その半分はユウジの撃った大口径の銃だが、半分は半狂乱のマサミが乱射した銃火器の威力だった。
 ポールの知るこの世界のどんな銃火器でもこれほどの威力は無い。
 それをマサミは僅かな間にバリバリと撃ちまくり、そして死体の山を築いたのだった。
 
「マサミ、落ち着いたか」
「・・・・あぁ。面目無い。恥ずかしいよ」
「仕方ないさ。惚れた女が二人ともこのザマだ。怒らない奴は男じゃないな」
 
 ポールはそう言いながらマサミの肩を叩く。
 
「カナ手錠を外そう」
「でも、鍵は飲み込んじゃった」
「仕方ないなぁ、あとで吐き出しておけよ、腸に穴が開いたらこの世界じゃ治せない」
 
 マサミはカナの両手を持ち上げベレッタでその鎖を撃って切り外した。
 ほぼ一日ぶりに両手が自由になったカナ。
 
「ねぇ、ハンカチ持ってる?」
「あぁ、あるよ」
 
 マサミはポケットからハンカチを取り出してカナに手渡した。
 カナはポールのマントから抜け出し裸のまま流しへ向かうと、ハンカチを広げて水に濡らしている。
 
「ちょっと外を見てて。ポール様も」
「・・・・あぁ、わかった」
 
 二人はカナに促され、共に外を向いて周囲を哨戒し始める。
 カナはそれを確認してからハンカチでアリスの一番デリケートなところを綺麗に拭き始めた。
 
「アリス様、良く頑張ってくださいました。ありがとうございます」
「大丈夫、全然平気よ。あなたは3日も頑張ったんでしょ?」
「えぇ、でも最後はもう・・・・ 私は結局・・・・ 折れちゃいましたから」
 
 少しだけ涙ぐんだカナの呟くような声が部屋に漂う。
 段々とイヌの騎士や兵士が集まり始め、リコのオフィスの周りを片付け始めていた。
 
「カナ、もう良いから、あなたもここに居なさい」
「アリス様・・・・ 私は良いのです」
 
 チラチラと視線を送る兵士達の目を気にせず、全裸のカナはハンカチを洗いに何度も流しへと向かっていた。
 それほど大きくないカナの乳房が歩くリズムにあわせ揺れている。
 男なら無意識に目が行くのだろうけど、カナはそれを気にする素振りすら見せずにいた。
 
「マサミ。ユウジと一緒にあの逃げた奴らを追う。ここを頼む」
「了解した。気をつけて」
 
 オフィスを出て外の兵士をまとめたポールは、ユウジと共に点々と残る血の跡を追いかけ始める。
 中に残って挽肉状の生ゴミを片付けていたマサミの耳に、聞き覚えのある子供の声が聞こえた。
 
「・・・・・ントだよ!ヒトの男に頼まれたんだ!」
 
 グッタリと床へ倒れこみ、カナにされるがままだったアリスは、顔を上げて声のする方を見つめる。
 
「カナ、こっちへ」
「はい?」
 
 まだ動くのが辛いアリスだが、何とか上半身を起こして隣に腰を下ろしたカナへ体を預けた。
 
「マサミ、ポールのマントを掛けて」
「仰せのままに」
 
 もたれるアリスを支えながら、カナは涙を流していた。
 
「カナ。マサミは私の宝物なの。でも、マサミの宝物はあなたなの」
「アリス様・・・・ 夫は・・・・ 」
「だから、私はあなたも大事にしたいの。マサミに嫌われたくないから」
「申し訳ありません」
「あなたが謝る事じゃないわ。だって、あなたはマサミの妻でしょ? あなたが羨ましいわ・・・・ 」
 
 マサミが掛けたマントの中でボソボソと会話するアリスとカナ。
 ふと気が付くとマサミが服を持って立っていた。
 
「街の者に服を用意させました。そのままでは外へ出られません。どうかお着替えを」
「マサミ・・・・」
「カナ、アリス様を頼む」
「わかった」
 
 オフィスの出口まで歩いていったマサミは外に立っていた少年を呼び寄せた。
 
「いいか?中にアリス様がいらっしゃる」
「うん」
「中へ誰も通すんじゃないぞ?」
「うん!」
 
 フライパンを握り締めた少年が自信満々に外を見ている。
 マサミはそれを確認してからアリスとカナの元へ戻ると、叩かれ青く腫れた顔のままカナはアリスに服を着せていた。。
 
「まさみさん、アリス様を持ち上げて」
「あぁ」
 
 マサミが後ろから抱え上げカナはアリスに下着を穿かせる。
 力の入らないアリスはされるに任せていたのだが、少しずつ体の自由が利くようになりはじめた。
 大きなドレープの付いた上着に袖を通す頃には、アリスは自分で立っていた。
 
「カナ、もう大丈夫だから。あなたも服を着て」
「アリス様、まだ靴を履いてられません」
「後で履くからいいわ」
「ダメです!主は立派でいてください!」
 
 アリスの足元にでカナは膝立ちになり、両足に靴下を履かせる。
 
「服を着なさい。カナ、そのままじゃ私が恥しいから」
「でも、靴がまだです」
「でももすもも無いです。婦長は家の鑑で無きゃダメなの」
「はい、そのように」
 
 やっと立ち上がったカナ。
 しかし、一日中立っていた影響か、ややふらついている。
 
「かな、大丈夫か?」
「え?大丈夫。 ちょっと痛いけど」
 
 自分は裸のままだが、それを気にしていない風のカナ。
 オフィスを囲んだイヌの兵士は見て見ぬふりのまま周囲を警戒している。
 まだ僅かに動くカモシカやヒトの男達が一人ずつ銃剣で止めを入れられて、その断末魔の声が街に響いていた。
 
「嫌な光景ね」
「さっきから気になってるんだけど・・・・ カナ、見えてるのか?」
「なにが?」
「いや・・・・ だから・・・・ 目が」
「・・・・・・・・あ゙!」
 
 腫らした頬に笑い皺を作ってカナがほほえむ。
 
「いつの間にか見えてる!気が付かなかった!」
「おいおい・・・・」
 
 マサミも笑みを浮かべてカナの分の服を手渡す。
 それを受け取って笑うカナはジッとマサミの顔を見ていた。
 
「俺の顔になんか付いてるか?」
「ん、あ、そうじゃないけど・・・・ 痩せたね・・・・ 4年ぶりに・・・・ 見たから・・・・」
 
 ちょっと涙ぐんで見上げるカナ
 マサミはそっと抱きしめた。
 
「無事で何よりだよ・・・・」
「うん・・・・ あなたも・・・・」
 
 ギュッと抱きしめその頭にキスしたマサミがつぶやく。
 
「カナ、着替えて紅朱館で待ってて。残りを始末してくる」
「わかった」
 
 そっと手をほどいたマサミの中からカナが離れた。
 
「アリス様。残っている案件を処理してまいります。紅朱館でお待ちください」
「マサミ・・・・ カナは」
 
 カナはニコッと笑って言う。
 
「アリス様のおかげで私は大丈夫ですから」
 
 マサミは3本目のマガジンをG3へセットし、アリスに一礼して部屋を出て行った。
 その後姿が見えなくなるまで見ていたカナ。
 
「カナ。見えるの?」
「えぇ、多分さきほどアリス様に引っぱたかれて切れてた線が繋がったんですね」
 
 アハハ!と恥かしさを紛らわすように笑いながら、カナはマサミの用意した服の袖に腕を通している。
 濃い紫色のサマードレスっぽいワンピース。袖が短く二の腕が途中まで露になっていた。
 その上からマサミの上着を被って寒さを凌ぐカナ。
 
「紅朱館へ行きましょう。あっちのほうが暖かいわ」
「そうですね」
 
 アリスに促され踏み出そうとしたカナは困ったような表情を浮かべていた。
 
「どうしたの?」
「なんか・・・・距離感が掴めないんです。まだ世界がぼやけてる感じで・・・・」
「完全に見えるようになったわけじゃないのね」
「・・・・えぇ。申し訳ありません」
「謝ったって仕方が無いじゃない。私の叩き方が悪かったかしら」
「そんな事は!」
 
 必死で否定にはしったカナの声があまりに真剣だったのはアリスにも意外だった。
 このヒトの女は・・・・
 自分とは違う立場で生きる他人の存在へ気を配る事の重要性を、アリスはこの時初めて気が付いた。。
 
「嘘よ、うそ。大丈夫よ、見えるようになるわ、きっとね」
「・・・・アリス様」
「なに?」
「私の目が治ったら・・・・ ちゃんと見えるようになったら・・・・ そうしたら・・・・」
「そしたら?」
「そうしたら、私は婦長の仕事をしようと思います」
「そうね」
「それまではご迷惑をおかけしますが・・・・」
 
 深々とお辞儀をしたカナは笑顔だった。
 今までのカナであれば涙を浮かべているのだろうけど、今この場に居るカナは晴れやかな笑顔を浮かべている。
 
「ゆっくり直してね。あなたも私の家族だから」
「では・・・・ ちゃんと治ってお役に立てるようになった日には、私を僕にしてくださいますか?」
「え?」
「ポール様は私の夫を友人だと言われました。夫の主はアリス様だと。じゃぁ私の主は誰ですか?」
「カナ・・・・」
 
 青く腫らした顔のまま笑みを浮かべるカナ。
 その表情に僅かではない不安さを感じ取ったアリス。
 
「そうね。そうよね。そうしないとヒトの立場は不安定だからね」
「えぇ、そうです」
「あなたの目が治るのを楽しみにしてるわ」
「まだまだ何の役にも立たないペットの様なものです、でも、必ずお役に立つようになりますから・・・・」
「うん」
「今後ともよろしくお願いいたします」
 
 またお辞儀をするカナ。
 そのカナの手を引いて歩き出したアリス。
 
「アリス様、立場が逆です」
「良いのよ。だって自分で言ったでしょ?役に立たないペットだって。なら私が手を引いても良いじゃない」
 
 あっけらかんと厳しい事を言い放つアリス。
 だが、その言葉にカナは優しさを感じた。
 理由は存在すれば良いのであるからして・・・・
 
「お手を煩わせる迷惑なペットですが、しばらく宜しくお願いします」
 
 カナも笑いながらアリスの後に続くのだった。
 
 
                             ◇◆◇
 
 
 後編へ続く
 
 
 

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