猫耳少女と召使いの物語エロパロ保管庫@WIKI

神話裂断ベル=ゼ・ビュート(仮)

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神話裂断ベル=ゼ・ビュート



  遠くで風の音が聞こえる。


  背中に石畳の冷たさを感じる。足元に火の温かさを感じる。血液が全身を、ゆっくりと
 廻っていくのを感じる。体に浅く残る筋肉痛が心地よい。そういえばこんなに深く眠った
 のは久しぶりだ。ここ数カ月は眠るのはいつも朝方で、まともな睡眠をとっていなかった
 っけ。冷たく湿った匂いが、つんと鼻につく。


  ずいぶんと懐かしい匂いだった。中学のころを思い出す。そう、これは、雪の匂いだ。
 地球温暖化の影響で雪がまともに降らなくなって久しいが、昔は大阪の街にも雪は積もっ
 た。

  近所の公園で脚を膝まで雪に埋めながら遊んだことを思い出した。里香と雪玉をぶつけ
 合ったことを思い出した。胸の中にじんわりと熱い感情が広がる。あの頃は楽しかった。
 まだ親父も母さんも健在で、おれも何も知らないガキで、里香はもっとガキだった。


  バチリと火が爆ぜる。


  それにしても寒い。まるで骨の中から冷たさが染み出してきているようだ。冷たい床の
 上でひょろりと長い体を無理やり丸める。


  あと少ししたら起きて、熱いコーヒーを一杯入れよう。熱いシャワーを浴びて、朝食を
 たっぷり食べよう。冷蔵庫の中にはこの前柴田に帰省のお土産でもらった干物が入ってい
 たはずだ。最近はカップラーメンとコンビニ弁当ばかりだった。久しぶりに米を炊いて、
 きちんとした和食を食べよう。じっくりと時間をかけて味付けされた魚の身をかみしめ、
 ふんわりとした白米を口の中にほおばる。


  頭蓋の内側にまとわりついていた眠気がゆっくりとはがれていき、意識が冷たい清流で
 洗い流されていく。味噌汁の具は何にしよう、そういえばこの前特売で買った玉ねぎが大
 量に残ってたっけ、そういえば――




  ここは、どこだ。




  そして男は目を覚ます。




 ×××




  部屋はおおよそ十メートル四方の立方体。壁と床は灰色のレンガと石畳でおおわれてい
 る。男のちょうど正面には大型の暖炉があり、背後には小さな鉄製の扉がある。ほかに出
 口らしきものはない。電気は付いていない。窓はない。周りには誰もいない。やけに広い
 ことを除けば、部屋はまるで中世ヨーロッパの牢屋のようにも見える。


    男は混乱しながらも温かさにつられて暖炉へと近づいていき、どかりと座り込む。炎の
 投げかけるいびつな光が男の顔を照らし出す。

  男はくたびれた会社員のようにも見える。軽く削げた頬、どんよりと濁った眼。長めの
 髪の毛とうっすらと顎のラインを覆い始めた無精ひげ。年齢はよくわからない。身に付け
 たワイシャツと灰色のスラックスはしわと汚れでひどい有様だった。


  男は炎をぼんやりと見つめながらなんとなしに服のポケットに手を突っ込む。出てきた
 のは安物のハンカチ、ボールペン、それにくしゃくしゃのレシート。財布と携帯はいつも
 鞄の中に入れてある。男は小さく舌打ちするとレシートを柵の隙間から炎の中へと放り込
 んだ。


  ここはどこだろう。この馬鹿みたいに無駄な空間は自分が住んでいた大阪四天王寺では
 ありえない。昨晩は何をしていた。うまく思い出せない。ちょっとでも油断すると里香の
 ことばかり思い出す。そもそも今は何時だ。さっきまで朝飯を食おうとしていたが朝なの
 か。じゃあ昨日は帰らなかったのか。里香が心配だ。そういえば完全に会社遅刻なんじゃ
 ないか。また主任から小言をくらう。どうする。早く家に戻るべきだ。どうやって。
  そして気になるのは背後の扉だ。


  カギは確かめていなかった。もし何らかの目的があってここに連れてこられたのなら、
 扉に不用意に近づくのは危険だと思ったからだ。だが外の音、風の音はあの鉄の扉のほう
 から聞こえているような気がする。携帯もない。友達も少ない。すぐに探されるほどの価
 値もない。警察は簡単に動かないのは知っている。どうやらしばらく助けは来そうになか
 った。小さく笑い、立ち上がる。


  暖炉の隅っこに火かき棒が刺さっているのを発見した。腕ほどの長さの金属製。先端は
 かぎづめのように曲がっていて、凶悪なフォルムだ。ハンカチを巻きつけて引っぱり出し
 、握る。大丈夫、熱くない。こんなものでもないよりはマシだろう。軽く素振りしてみて
 柄じゃないことを再認識する。


  近づくと扉は案外大きい。おれの倍ぐらいある。今どき珍しい観音開き方式の扉。暗く
 てよく見えないがカギ穴はないようだ。扉を動かさないように表面にそっと耳をくっつけ
 る。向こうの音はしない。耳が冷たい。足も冷たい。今気付いたが靴もはいていなかった
 。右足の裏を左足のすねに押し付ける。


  向こうに人の気配はしないと思う。扉を軽く押してみても抵抗はない。どうやらカギは
 掛かっていないようだ。静かに覚悟をきめる。左手で火かき棒を構えながらん右手でゆっ
 くりと扉を開けていく。隙間から光が漏れ出してくる。風の音が聞こえる。やはり外に通
 じているようだ。視界がかすんでよく見えない。どちらにしろもう戻れない。音をたてな
 いように扉を支えながら外へと一歩踏み出した。雪の匂いに交じって、何か、甘い香りが
 した。


 「やっと起きたんですね」


  声は上から降ってきた。

  部屋の外は階段になっていた。急勾配だ。はるか上のほうに人影が見える。逆光のせい
 でよくわからないが、声からして若い女性のようだった。手にランタンのようなものを持
 っている。危険は感じられない。声をかけようとしたが寒さでのどがおかしくなったのか
 うまく声が出ない。意味のない唸り声のようなものをあげてしまう。二、三度唸るとやっ
 とまともな声が出るようになった。


 「すいません、のどの調子がおかしくて。気が付いたらここにいたんです。ここはどこで
 すか、ずいぶんと寒い。あと僕の財布は知りませんか。一刻も早く大阪に帰る必要があり
 まして。ああそういえば――」


  気がつけば彼女の姿が消えていた。自分のことを仲間に知らせに行ったのだろうか、
 あまりいい予感はしない。火かき棒を握る手に自然と力が入る。再び声が降ってくる。


 「とりあえず上がってきてください。ちゃんと説明してあげますから。あとちゃんと暖炉
 に戻しといてくださいよ、それ」


  どうやら本当に危険はないようだった。火かき棒放り出す。体の筋肉が弛緩するのを感
 じる。閉じた扉にもたれかかると、小さなくしゃみが出た。反射的に鼻水をすする。


「とりあえず熱いコーヒーを一杯いただいても?」




 ×××




  どうやら非常にシンプルな作りの建物らしかった。先ほどおれがいたのが地下室。階段を
 上がれば台所兼居間。下の部屋の大きさから考えるとまだいくつか部屋がありそうだ。


  部屋は中学校の教室とロシア料理店を足して2で割ったといった感じだった。四方が物で
 埋め尽くされている。壁紙はオレンジ。分厚いカーテンは赤。細かい飾りや敷物なども暖色
 系で統一されている。窓の向こうは吹雪だがこの部屋は暖かい。少なくともそう感じるよう
 に考えられている。どうやらインテリアの趣味はずいぶん良いらしい。


  階段側の壁は大きな黒板になっていて、その横には紙の切れ端がべたべたと貼られている
 。書かれているのは何かの計算式、殴り書きのメモ、そして複雑な図形。書かれている文字
 はアルファべットに似ているが細かいところで違っている。どちらかと言えばロシア語に近
 いような気もする。どちらにしろおれには分からないので解読しようがない。男は静かにコ
 ーヒーをすする。


  部屋の中心には革張りのソファが1セット。男と彼女は重厚な木製のテーブル越しに向か
 い合って座っている。先ほどコーヒーを出してから彼女は黙ったままだ。男が辺りを観察す
 るに任せて、ぼんやりと自分のコーヒーの水面を見つめている。


  彼女の外見は明らかに日本人から外れていた。コーヒーを見つめる瞳は深いグリーン。透
 けるように白い肌。ウエーブのかかった髪の毛は白っぽいラベンダー色。肩にかかるほどの
 長さで前髪が顔の右半分を覆い隠している。年齢は男と同じでよく分からないが、十分少女
 の範疇に入るだろう。

  特徴的なのは服装もだ。体の左側を覆い尽くす黒いマントのような上着に、濃い灰色のウ
 ールのズボン。首からは昆虫の複眼のような模様のゴーグルを下げている。頭には何かのア
 クセサリーなのか触覚のような短いツノ。足元は黒い編み上げブーツでがっちりと固めてあ
 った。


  男はコーヒーを最後の一滴まで飲みきると、静かにテーブルの上に置く。素足にじゅうた
 んの感触が気持ちいい。


 「さて、いくつか質問をさせてもらっていいかな」


  少女は黙って男のほうを向く。男はそれを了承の返事と解釈する。


 「まずここは日本じゃないし、君は日本人じゃないよね。ついでに言えば僕をここに連れて
 きたのは君じゃないし、君は僕の鞄も知らないよね」


  男はにこりとほほ笑む。


 「全部正解。なかなかいい推測です」


  相変わらず少女は無表情を崩さない。


 「ニホン、というのはあなたの国ですよね。聞いたことがあります。曰く落ち物のほとんど
 はそこからやってくると」


  少女はコーヒーを一口すすり、顔をしかめる。苦いものが苦手なのか猫舌なのか、男には
 判別がつかない。


 「あなたは自分の国で普通に生活を送っていた。なのに気がつけば裸同然で見知らぬ土地に
 放り出されていた。何か変なことに巻き込まれた記憶はない。目の前には怪しい女。口にす
 るコーヒーはいつもと違う味。そうですね?」


  少女は意外に饒舌だった。男はうなずきながら少女に押し付けられたコーヒーの残りを口
 に含む。確かにこのコーヒーはいつも飲んでるのより酸味が強い。


 「この状況をあなたはどう考えますか」


 「今の状況すべてが幻覚で実際のおれは家の布団でぐーすか寝てる。朝起きたら豪華な朝食
 が用意してあって会社にも遅刻しない、というのが一番うれしいかな」


  2杯目のコーヒーを飲みほす。正直コーヒーなんて黒くて熱くて苦ければ味なんてどうで
 もいい。今の状況については薄々ながら予測がついてる。ただそれを認めることを理性が
 否しているだけだ。


 「まことにご愁傷様です。最悪のパターンです。あなたは異世界に迷い込みました」


  男は頭を抱える。そして彼女はにこりと笑う。




 ×××




 「――と、まあこれがこの世界でのあなたの立場です。我ら人間種に対してヒトは圧倒的に
 弱者であり、希少であり、それゆえに奴隷として高値で取引されています」


  少女はそこで一息つく。男が現状を認めるのに約1時間。少女がこの世界の説明を始めて
 約2時間。男は諦めがついたのか意外にも素直に話を聞いている。特に魔法関係については
 ほとんど魔力を持たない人間にしては驚くほど理解が早かった。今では簡単な魔法式なら書
 けるほどになっている。

 
「質問いいか」


  男はフォークで皿の中の灰色のソラマメのようなものを突き刺す。プガーという料理らし
 い。先ほど少女が暖炉のそばの台所から持ってきた。根菜類と様々な豆をトマト風味のスー
 プで煮込んだものだ。少しロシアのボルシチに似ている。

 
 「何でおれはこっちで言葉通じてるんだ? 誰かが翻訳の魔法掛けてくれたわけじゃないだろ」


  男の口調は先ほどに比べてずいぶんフランクになっている。お腹がいっぱいになってきたせ
 いかありえない状況にもかかわらずすっかり落ち着いてしまった。人間なんて結局そんなもの
 だ。


 「それについては諸説ありますが国魔研――国際魔術研究所の略ですが――の最新の見解よれ
 ば仮想世界層で起こる世界線の一方向的スクランブルが原因らしいです。落ち物は普通もとの
 世界からこちらに来る場合コンマ1秒の間だけ仮想世界層、通称ホロンの沼に物理的に隔離さ
 れます。その間はこちらの世界因子の影響を一方的に浴び続けることになるのでハラナム・ダ
 ニエル現象が誘発され、結果的にこちらの世界の言語が不完全ながらも意識に刻み込まれるこ
 とになります」


「なるほど」


  もっともなぜ言語の分野にのみこの現象が起こるのは分かっていませんがね、と彼女は付け
 足す。男は無言で微笑みを浮かべる。とりあえずこちらの世界の食べ物もそんなに悪くないと
 いうことだけは理解できた。プガーの大皿はもう空、コーヒーのお代わりは4杯目だ。


 「すまないがまだいくつか質問があるんだが」


 「大体わかります」


  彼女は小さく鼻で笑った。どうやら相当に頭がいいらしい。こちらが何も言わなくても質問
 したいであろうことを理解している。彼女はソファから立ち上がるとじゅうたんに偽装された
 地下室の入り口の蓋を軽くつま先でたたき、その先にある黒板に図を描き始めた。左上が欠け
 た扇型。中はさまざまな直線で区切られている。扇の根元のほうでは鎌のような形のでっぱり
 が左右に突き出していた。


 「この世界の地図です。現在地はここ」


  どこから取り出したのか指示棒で扇の弧の左端、山型の半島を示す。気候と位置から推測す
 るに東西南北は普通の地図と同じらしい。


 「ウサギの国の西、ヤギの国の北。鷹頭半島。ぶっちゃけ寒すぎてほとんど人間が住んでない
 地域です」


  少女は指示棒を手で弄び、やがてこちらに向ける。


 「さてあなたの今後の処遇ですが、結果から申しますと売却です」


  緑の瞳が男の眼をじっと見つめる。その中に感情の色はない。


 「本来なら一番高値がつくであろうネコの国で売りたいところなんですが、通常ルートでネコの
 国に行くにはイヌの国を経由しなければなりません。イヌの国には事情があってあまり近寄りた
 くありません。よってあなたはウサギの国で売却することにします」


  少女は静かに黒板の下の溝に指示棒を戻す。男はその様子をぼんやりと見つめている。


 「コーヒーをもう一杯くれないか」


 「案外冷静ですね」


  少女はすこし意外そうな顔をして男の前に再び座る。


 「さっきのあんたの説明によればヒトはこの世界ではペットみたいなもんなんだろ。そのおれに
 ここまできちんと対応してくれて感謝している」


  男の瞳の中にも感情の色はない。少女はきょとんとした顔で男を見つめている。そして、笑顔。


 「物分かりがいい人は好きですよ」


  この顔は2回目だ。笑顔を浮かべている間だけは少女は普通の女の子のように見える。少女の青
 白い顔が一瞬里香と重なる。少女はコーヒーとプガーの皿を台所のほうへと運んで行く。


 「ウサギの国までクレイプニールで約10日。あなたとはうまくやれそうです」


 「そいつは光栄だ」


  男の目の前にコーヒーのお代わりが運ばれてくる。この酸味は慣れれば癖になる味だ。


 「雄人だ。流雄人。25歳、ちなみに独身」


 「なが……びゅうと?」


  少女が不思議そうな顔で男を見つめている。


 「違う、ひゅうとだ。」


  少女が珍しく困惑している。妙な沈黙が部屋を満たす。


 「名前だよ、おれの」


  男は静かにコーヒーをすする。


 「まだおれの質問は終わってない。あんたの名前はなんて言うんだ、お嬢さん」


  なぜか少女は一瞬赤面する。そしてあわてて咳ばらい。


 「ハエの国豊穣の地、シドンの娘ベル=ゼ。またの名を“赤き流れの”ベルです。よろしく、ビュ
 ート」


  差し出された左手。訂正する気も起きない。ビュートは苦笑いを浮かべるとベルの手をがっちり
 と握った。三度目の笑顔は里香のことを思い出さなかった。

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