猫耳少女と召使いの物語エロパロ保管庫@WIKI

Antidote(Lycosa tarantula)

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――螺旋。




灰色の空間を、規則正しく湾曲した曲線が区切っていく。

円を描く、と思えた線は、視線で辿る度、何処までも同じように続いていて。
中央へ誘いながら、それでいて到達を拒んでいるような。

分岐がない螺旋では、いずれ迷えるはずなどない。

際限なく方向感覚を剥ぎ取られ、時間の感覚さえ薄れさせながら、
くるくると、ぐるぐると。
蜘蛛のように。
円舞のように。

***

「・・・・・・行き止まり?!」

肩を喘がせながら振り返ると、傾いた視界を塞ぐ赤毛の虎が映った。

背後と左右は、高い塀が立ち並ぶ袋小路。
夕日に焼かれた、煉瓦と石積みの裏路地。

無理やり深呼吸して息を整えた。

酸素不足でコマ落としになった視野に、出鱈目な角度で石畳のタイルが写る。
目が眩む。肺から来た酸素請求書はとっくに脳から溢れ出し、今は視覚神経のあたりに積
み重なっているに違いない。

――あと少し、何とかして、大通りまで出られれば。

ヒト奴隷、八崎 藍人は逃げ疲れて感覚のない足を宥めつつ、何度も周囲を見回して必死
に退路を探す。

追っ手は3人。
袋小路の出口で横一列に並び、すでに狭い路を完全に塞いでいる。
だが、背後と左右の壁面に残るレリーフは長い間に風雨に侵食され、抜け道どころかよじ
登る手掛かりさえなさそうだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
猫、犬、虎、狐、蛇。獣面と人身の獣人が支配する、剣と魔法の異世界。
ヒトは、時折この異世界へ迷い込む落ち『モノ』。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

絶望に俯いた視界では、日差しと煉瓦が競うように石畳を赤く染めていた。
鼓動と脾臓が、さっきから体中を跳ね回っている。逃げながら擦りむいた膝からは、痛み
というより熱さが伝わってくる。

獣人達は逃げられない獲物の足掻きを楽しむようにじりじりと距離を詰め、腰に下げた物
入れからボーラを取り出した。

――ここまでか。

不意に力が抜け、脚がもつれた。
筋肉は突然の過剰労働に断固ストライキの構えらしく、しばらく前から痙攣が引かない。
熱でひしゃげた意識に朦朧としながら、忙しなく視線をさまよわせ、逃げ道を探る。


大きく振りかぶられたボーラの錘は丸い軌道を描き、すぐに十分な加速を溜めた。
投げつけられば、間違いなく獲物の手足を奪うだろう。

喘ぎながら見上げた、空。

幾つもの塔に縁取られたオレンジに、白く消え残った2つの月。
上空では翼龍が二体、空で8の字を描くように飛び回り、派手な花火を打ち上げている。

穏やかな内海の干潟と浮島をつないだ、自治港ナアト。

謝肉祭を間近に控えたこの季節には、街中が陽気な喧騒に包まれる。
だが、大通りから建屋をひとつ挟んだこの街路だけは、不自然なほど静まり返っていた。

***

数分前。

気の早い大通りは、毎年この時期になると祭りのリハーサルに余念がない。

丸めたチーズを転がす即興の賭けボーリングに、大真面目で一喜一憂する老若男女。
落ちモノ楽器を贅沢に使った猫のオーケストラが、テンポの早い円舞曲を奏でる。
それに合わせて汗ばむ肌をくねらせて踊る、山羊の踊り子。
華麗な体さばきを見せる獅子の曲芸師。
人目も憚らず激しく愛し合う、兎の2人連れ。


……最後のは記憶から消しておこう。
「男女」カップルじゃなかったことも含め。


ごった返す大通りでは各国の珍しい文物が立ち並び、様々な言語の呼び込みが賑しい。

藍人がこの世界に"落ちて"、既に20年が過ぎようとしていた。
気の緩みがあったのかもしれない。
差し出された珈琲の特売のチラシに引かれ、普段なら避ける裏通りについ足を踏み入れた
その時、大通りへの出口を塞ぐ絶妙の位置に馬車が停止した。


――――まずい。


忘れかけていた感覚に、背中を冷や汗が走った。
理性より先に、本能が注意報を鳴らし始める。

振り返ると、馬車から降りてきた赤毛の虎人が、さっきまでチラシを配っていた男達に指
示を出していた。

「……雲散護符をけちんないで張っとけ。ぼろ儲けだ。こいつは金になる」

膨れ上がった太鼓腹と、胴体に埋まった頸。
虎にしては小柄だが、飢えた肉食獣の瞳は無表情ながらも、傲慢かつ獰猛な雰囲気を醸し
出している。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
迷い込んだ"ヒト"、所有者が分からない"ヒト"は、貴重な「落ち"モノ"」。
拾得した獣人の所有物。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ヒト狩り。
この街ではあまり見かけないが、高価なペットである"ヒト"は、財産として価値が高い。
狙う者も多い。

気がついたときには、藍人は既に身を翻して全速力で走り始めていた。


***


残照が赤煉瓦とその色彩を競いながら、舗石を染め上げる。
結界されたこの一帯では、大通りの賑わいとは裏腹に人影すら見えない。

随所で古代遺跡を流用した町並みは複雑な影を伸ばし、さながら騙し絵のような風景を描
き出している。
幸い、相手は獣人にしては足が遅く、狭い路地にも入れないらしい。
自分の土地勘を信じ、路地から路地、陰から陰へ。
両膝になけなしの力を込めつつ、ひたすら走り続ける。

「あと少し……」
方向感覚が未だ狂っていなければ、次の角を右に折れれば大通りへ出られるはずだ。
そこでなら、流石にヒト狩り共も無茶できまい。

なけなしの希望とともに、よろめきながら藍人が角を
―――曲がると、そこは行き止まりだった。

凹凸のない、コの字型の高い塀。
獣人の体格に合わせた巨大な造りの壁が、厳然と聳え立っていた。

「くぅ……」

大通りの無邪気な笑い声が壁を通して微かに響いてくるが、足掛かりすらない滑らかな塀
は、道具無しでは上れそうにも無い。

「まずい……別の道…」
だが、壁に手をついて息を切らせながら振り向けば、早くも嗅ぎつけた人狩り共が、こち
ら目掛けて走ってくるところだった。


***


十分な加速をつけて、2振りのボーラがほぼ同時に放たれた。
急迫した生命の危機がアドレナリンを放出してくれたのか、軌道がはっきりと見える。

――これは、決まったな。

コースは完璧だった。
絶望に、張り詰めていた力が抜けた。
体中の筋肉が、一斉に軋みをあげる。けたたましい動悸が聴覚を染める。
誤魔化してきた疲労が、一気に背中を襲った。

膝からゆっくりと力が抜け、藍人はそこにへたり込んだ。


――――が、確実に藍人の足を奪うかと思われた鉄球は空中で弾け、跳ね返って虎の顔
に命中した。

「ぐげっ!」
「ぼぐっ!」

勝利を確信して油断していた虎が、鼻血を噴いて倒れる。

一瞬遅れて、藍人の意識が銃声を認識した。
――ひとつながりにも聞こえる、3発の銃声。

「……?!」
次いで、尻餅をつくようにへたり込んだ藍人の手元で、細い糸が切れた。
――瞬間、街路に紛れていた蜘蛛糸が張力で立ち上がり、
「ぅえ?!」
――磁石めいた勢いで藍人を中心に殺到する。
「のごぅお?!」
――逃れる暇も有らばこそ。あっという間に糸で蓑虫になるまでぐるぐる巻きにされ。
「ぐぇえ!」
――勢いよく吊り上げられた。
街路が見る見る遠ざかり、建物の壁面に刻み込まれたレリーフが眼下に消えていく。


「ふひぃ。アト君、見ぃつけた~」
――緊張感の無い声が、上から降ってきた。


***


夕闇に沈みゆく港町を見下ろす、神殿の屋根の上。

鍍金を赤く染めた異国風のドーム天井の横で、濃紺のショートブーツと、同色の前開きの
スカート。
その表面を、銀の螺旋模様の刺繍が踊っていた。
その上にせり出した大きな胸の横、手元から伸びる糸には機械仕掛けの"自動蜘蛛"がぶら
下がり、脇に下げたブランダーバス銃の銃口に次弾を産み付けている。

……さらにそのまた上で、眠そうなタレ目が微笑みを浮かべていた。
「にへらー」と言う擬音つきで。

「エウ様……」
「『お姉ちゃん』」

不服そうに即効で訂正を入れると、スカートが豪快に捲れるのも構わず、よいしょ、とエ
ウリュアレが手を伸ばして吊り上げている糸を掴み、藍人を引き寄せた。

「もー、心配したんだからねー?『お姉ちゃんごめんなさい』は?」

自称「姉」にして、藍人の所有者。コモリグモ族のエウリュアレ。

さながら幼児がぶん剥れた表情で、(どうやら、精一杯怖い顔をした心算らしい。)エウは
目線の高さを合わせ、額を藍人の額に圧し付ける。
顔の両脇に添えられた細く長い指の感触に、藍人は思わず顔を赤らめた。

黒髪に隠れた2対の肢と、ヒトの両耳に当たる部分が3眼の赤い半球レンズ状になっている
こと以外は、外見はやや大柄な普通のヒト女性と変わらない。
(一般的に、獣人女性の外見はヒトと大差ないらしい。)

糸にぶら下げられた藍人が寺院側に振れる度、エウの胸が弾き返す。

……訂正。大差あります。胸とか乳とかバストとかtitsとか。
姉さん、事件です。かなり大き目の。ええ、かなり大きいです。by高島○伸。

「アト君?聞いてる?」
動揺している間にも、お説教は続いていたらしい。エウのジト目が痛い。

「申し訳ありません、エウ様」
「……『お姉ちゃん』」
……ぶん剥れスーパーサイヤ人2。その顔は、もはや蜘蛛というより河豚に見える。
半泣きの眼で、エウが藍人を睨む。
「……アト君、最近冷たい」
「そんなことは」
「……ほんの20年前まで、お姉ちゃんが居ないと眠れなかったくせに」
「蜘蛛の基準で語らないでください……ごめん、エウ姉」
「うむ、それでよろしい」
素直に謝ると、エウの機嫌が直った。ぶん剥れた表情が消え、デフォルトの「にへら~」
が戻ると、うきうきと絡まった糸を解き始める。


***


「ぁ」
しばらく絡まった糸を解いたところで、エウが小さく呟いて固まる。
「……今、『ぁ』と仰いましたか?」
「何でもない。何でもないよ~」
……言った。今『ぁ』って言った。
笑って誤魔化そうとするが、露骨に眼が泳いでいた。
この人は分かりやすい。


「……あぅ、え、え~と……か、絡まった?」
藍人の首の後ろ、ちょうど向かい合って抱きしめる寸前の体勢で、エウの両手が固定され
ていた。
「それって……」
「ひぁ、動かないで。……アト君のエッチ」
「何もしてません!何も!」
「動けないのをいいことに、姉にそんなこと……だめよ、私達姉弟なのよ!」
「かなりの勢いで自分から抱きついたような気がするのは気のせいですか」
「あはは、せっかくだし♪」
「だから、脚を絡めないでください」

バランスがよくなかったか、動いた弾みにエウの足元が怪しくなる。
「あれ?れれ?」
……いやな予感がしてきたのう。
「あれ?れれ?れ?」

……蜘蛛の漢字の由来は、その足運びからだとか。
ドーム屋根の横で一頻り奇怪なステップを披露した後、エウは藍人を抱きしめたまま、大
通りの側へ足を踏み外した。

「……ぐえぇええ!」
「ひぁ~」


***


結果、エウと藍人は大通りへ数回に渡り蜘蛛糸バンジージャンプを敢行し、通行人達を大
いに沸かせた。
予想外のパフォーマンスに観客は惜しみない喝采を挙げ、シュバルツカッツェ・スポーツ
の独自調査によれば、この日最多のおひねりが飛び交ったという。
どうやって調べたのかは謎だが。

***

「あはは~。ねぇ、もう一回やろうか?」
地上数メートル。
ぷらーん。今にもそんな擬音が聞こえてきそうな様子でぶらぶらしながら、エウが笑う。

……わざとだ、絶対わざとだ。
「どうぞどうぞ。『エウ様』のお気のすむまで。むしろ独占使用で」
藍人は悪戦苦闘の末、どうにか蜘蛛糸から抜け出すと、服の埃を払った。
「だーかーら、お姉ちゃ……? 」
「では、先に帰っておりますので」
荷物を抱えなおした藍人が笑顔で一礼して、辻馬車に消えた。
勿論、忘れずにおひねりを集めた後で。
つられて、歓声を上げていた観客も、ぞろぞろと散っていく。

「……え?あれ?」

あとには、吊り下げられた蜘蛛が一匹。




「……………………ぶぅ。お姉ちゃんなのにぃ。(泣)」

穏やかな内海の干潟と浮島をつないだ、国境の自治港ナアト。
「這い出る海亀」に譬えられるその街並みも、今は夕暮れから宵闇に包まれつつあった。



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