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小さな龍と猫の姫 二話

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小さな龍と猫の姫 二話


 バーゼル=スティンガーは、ぼんやりと目を開いた。
 湿った匂いのする場所だ、と思う。煙草で焼けてろくに匂いも嗅ぎ取れなくなった鼻でも、それぐらいは判る。ベッドの上に仰臥しているようだった。首をめぐらせると、陰鬱になりそうな光景が目に入る。
「……虫が好かねェな」
 簡単に言えば、牢屋だった。恐らくは地下だろう。微かな気圧の変化と、窓のない石造りであることからそれを読み取る。魔洸照明が一つきり、天井にぶらぶらと揺れている。頼りない光を発するその光の球を、バーゼルは忌々しげに見上げた。
 何の気なしに身体を起こそうとして、自分の内側から亀裂の入るような音を聞く。
 ――そう、あれだよあれ。引きつるような感じで、曲がっちゃいけない方向に関節を曲げた時に似た、ピキィ、ってヤツだ。
 バーゼルは唇の端を引きつらせながらベッドにそのまま倒れこんだ。
 痛みで思考がクリアになる。
「……そうだったな」
 思い出せば、記憶は十分に鮮明だった。顔面には一撃も食らわなかったためか、頭が熱を持って思考がまわらない、といったこともない。
自分はコンロンとかいうヒトのガキと殴り合いをして、真正面から何十発も――もしかしたら百何十発も拳を頂戴して、吹っ飛ばされて意識を失ったのだ。
「……ありゃ、ヒトじゃねえ」
 オオカミは今更呆れたように呟いた。負けて悔しい、だとかその領域はとっくの昔に通り越している。悔しいと思う前に、よく生きていたと自分に感嘆するくらいだ。
 あれはヒトというより自然現象に近いとバーゼルは思う。幾ら強いヤツでも、雨が降るのを止められるヤツはそうそういない。吹いてきた嵐を消すなんて芸当も聞いた事がない。
 拳で嵐を起こせる存在に、何を持って抵抗しろというのだ?
「……やれやれ、物分りがよくなっちまった」
 つまらなそうに舌を出すと、今度は身体に負担をかけないようにゆっくりと起き上がる。そうしたところで、上方で扉の軋む音。こつん、こつん、と足音が降りてくる。
 ここに自分がいる過程は、多分そいつが知っているだろう。意識を失って、次に目を覚ますのが森の中ではなかった時点で、何者かがここに自分を運んだのであろうことは簡単に推察できる。
 とりあえずはベッドの固さと殺風景なこの地下牢に文句を言ってやろうと待ち構えていたバーゼルは、十秒後にかぱりと口を開ける羽目になった。
 姿を現したのは、ランタンを持ち、鉄格子の向こうで軽い驚きの表情を浮かべる女。その顔には見覚えがある――というよりは、一時期毎日のように共にいた時のことが、否応なしに思いだされる。
 銀色の髪、ピンと立った耳。薄い唇に、感情の起伏に富んだ表情。ルビーのような赤い瞳。引き締まった身体に、控えめな胸。どこをどう見ようと、バーゼルの記憶の中にいる女と相違ない。
違いがあるとするならば、あのころ纏っていた襤褸服ではなく、フリルが山ほどあしらわれた侍女服に身を包んでいる、その程度であった。
「もう起きていたのですね。さすが、相変わらず身体だけは頑丈ですこと」
 呆れたような口調はしかし、バーゼルが思わず眉を潜めてしまうほどに聞き慣れないものだった。
「……ステラ。手前、こんなところで何してやがる。それとその気持ちの悪い喋り方を止めやがれ」
「失敬ですわね。板についていると思いませんこと? この格好を見て私が何だかわからない貴方の脳は喩えようもない凡愚の器でございますわね。……あら、辛うじて喩えるものが見つかりましたわ、ふやけたパスタ」
 バーゼルは思わず額に青筋を浮かべながら、頭をかき回すことで何とか耐え、怒りを胸の内側に引っ込めた。

「ミジンコよりは上に見てもらえてるみたいで万々歳だあな。……で、いい加減フザけんのは止めろ。状況の説明をよこせ。ここはどこで、お前は何をしてる。ついに頭がおかしくなったか?」
「ふざけてなどおりませんわ。ここはリア=アーセンクォルト様が住まわれる森の館。あらゆる不浄を寄せ付けず、心さもしい者には見つけることすら叶わぬ聖域。私、今はリア様に仕えておりますの 。それに頭が沸くのなら、どう考えても貴方の方が先ですわ」
「ほう、そいつは大層な話だな。〝あらゆる不浄を寄せ付けない館〟ってのはこの薄汚い石牢のことを言う訳か?」
「冗談ばかり申されますのね。絢爛を極める家と言えど、臭い物を放り込んで蓋をするための場所も必要ではございませんこと?」
 口元に手を当て、くすくすとわざとらしい笑いをこぼす女に、バーゼルは顔をしかめて頭を掻いた。乱れた毛並みを繕い、深くため息をつく。
「……冷てえことを言うじゃねえか。八年だぞ」
「……」
 八年。長い時間だ。二つの月を一人で見上げる夜は、いつも悲しいくらいに長かった。
「探したんだぜ。ステラ」
 バーゼルは声のトーンを落とすと、思い声で言葉少なに語る。
 少しの間沈黙が満ち、石牢が水を打ったように静まり返った。永遠と続くかに思われた静寂は、鉄格子の向こうで、呆れたように肩を竦める女によって破られる。
「……探してたなんて嘘ばっかり言っちゃってさ。アタシのことなんてどうでもよかったくせに」
 少しかすれて甘い、作った声ではない地声。捜し求めて止まなかったあの日の彼女のものだ。虚飾し、取り繕った先ほどまでの口調とはまるで違う、しっくりと来る響き。
 バーゼルは懐かしさのあまり、笑い出しそうになった。
「どうでもいいワケがねえだろうが。手前は俺の相棒だ。手前がいなくなってこっち、ろくな事がねえ」
「調子いいこと言ってるわよ。シャロンとアタシ、選べなかったくせに」
「う゛」
 バーゼルは肉を喉に詰まらせたような顔をして、女を見た。返ってくるのはつんとそっぽを向きながらの流し目。
「甲斐性なし。臆病者。浮気性。貧乏性。八方美人。かっこつけ。ワイルドぶってれば女に困らないと思ってたら大間違いよ勘違い男。バカ。スケベ。脳筋。トンマ。ズボラ。大酒喰らい。穀潰し。万年発情期。喫煙者。眼帯ー」
『いー』を引き伸ばして歯を剥いてみせるその仕草は、もういい年をしている癖に子供のころのままだ。
「最後の二つは悪口でもなんでもねえだろうが! っつうかよくそこまでポンポンポンポン俺をバカにする言葉を出しやがるなあ手前はよお!!」
 ベッドを降りてずかずかと近づこうとして、二歩目で沈んだ。全身が悲鳴を上げ、歩行を妨げる。
「……お……ぐあ……」
「ザマ見ろ。いいだけやられちゃってさ、カッコ悪いったらありゃしない」
 けらけらけら、と腹を抱えて笑う女は、一昔前なら絶対に身に纏わないような服を着て牢の外に立っている。
 ――ステラ=スティレット。
 自分が盗賊となってからの十年を、絶えず傍で過ごした、白銀の毛並みのイヌ。――そして、八年前、物も言わずに自分の傍から雪のように消えた、女。
 笑い声が、溶けるように薄れて、消える。赤い目が、どこか寂しそうな孤を描く。
「――あれから、シャロンとはどうしたのよ。うまく行ったんでしょ?」
「……」
 シャロン。シャロン=バゼラルド。
 酷く懐かしい名前。
 バーゼルはボロボロのズボンのポケットを探り、床に座ってベッドに寄りかかった。くしゃくしゃのケースを取り出して、紙巻煙草を振り出す。歯で咥え、唇を巻く。指を鳴らすのと同時に、中指の 先に微かな炎を灯した。
「いなくなっちまったよ。手前と同じに」
 申し訳程度の魔術の炎が、紙巻煙草の先端を炙る。じじ、と微かに煙草が引き攣れ燃えて、音を立てた。

「いなくなった……って、何よ」
 微かに鉄格子の向こうでステラが瞳を揺らす。
 バーゼルは紫煙を吸い込み、手を握りこむことで炎を消した。紙巻煙草がその肺活量に煽られ、早回しのように燃え尽きていく。長く長く煙を吐き、バーゼルは皮肉っぽい笑みを口元に形作った。
「愛想尽かされてな。逃げられちまった」
 一瞬、不安げに揺れていたステラの瞳がきり、と細く絞られた。バーゼルはその瞬間、昔よく覚えた悪寒が背筋を這い登るのを感じる。
 ――近くに居たら殴られてたな。間違いねェ。
「……へえ、そう。シャロンに逃げられたら次はアタシってこと? バカね、今までも度が過ぎたバカだと思ってたけど今度のは極めつけよ。もういいわ。アタシはお嬢様とシノ様と、あのヒトの分の夕食を作るから、ここで一人で瞑想してなさい。自分のバカさ加減を理解するまで、たっぷりとね」
「ヒト……だと? おい、ステラ、あのガキもここにいるのか?」
 飛び出した思いもよらぬ一言に、バーゼルは目を丸くした。しかし問い質そうとしたそのときには、既にステラは背中を向けている。
「貴方が知る必要はありませんわ。〝レギオン〟の面々が助けに来るのをお待ちになったらいかが? 餓死する前に助けが来るといいですわね」
 立ち戻った口調は、まるでそれ以上の会話を拒むかのよう。鼻白むバーゼルを一度も振り返らず、彼女は地下牢を出て行こうとしている。
 バーゼルは声を絞り、言葉を吐き出そうとした。しかし、半端に開いた唇からは呼び止める一言さえ出てこない。
 ずっと前からそうだ。
 あいつが怒り、俺が意地になって、そのたびに擦れ違う。
 ズボンの尻ポケットに指を掛けると、かさりと指先に当たる感覚。その紙片をつまみ出そうとして、バーゼルは動きを止める。ステラは階段を上るとき、一度だけ睨みつけるようにこちらを一瞥した。目には、幻滅と微かに寂しそうな色が乗る。
 バーゼルが再び動き出そうとした瞬間には、彼女は短い銀糸を翻して階段を上っていった。
 彼女の持つ明かりがなくなれば、地下牢には程度の低い魔洸照明だけが満ちる。
 上方から、ドアの閉まる音が響いた。
「……畜生」
 バーゼルは力を込め、これ以上ないほどゆっくりと立ち上がって、寝台に身を投げ出した。
 計算高い自分が、もっと情報を集めてから喧嘩をしろ、と遅い文句を投げかけてくる。
 ――知ったことかよ。
 あの女を前にすると、いつも冷静ではいられなくなる。八年の時を挟んでさえ、一目でわかる位に、自分はステラの姿を見てきた。昔はもう、いやになるくらい傍に居たのに、今は檻に阻まれて手さえ届かない。
「……おい、シャロン、あいつは怒髪天だ。俺がどうすりゃいいか、教えてくれ」
 呟きに答えるものは一人としていない。しみったれた石壁に染み込んでいくばかりだ。
 今までも何人もの恨み言を吸い込んだであろう壁だけが、自分の呟きを聞いている。バーゼルは唇に咥えていた煙草を牢屋の隅に吐き捨てた。
 煙が、隻眼に沁みた気がしたから。



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