二人の 第拾六話

【pilot-shinji……不確定要素……解析不能……制御不可能……怖い……恐ろしい……】

後に残された機体「バルタザール」のモニタには、そんな言葉がループされるばかり。
軍の技術者が駆けつけた時には、もはやバルタザールは「廃人」と化していた。
可哀想に、もう使い物にならないだろう。
最新型の人格移植OSであるスーパーコンピュータMAGI。
それを技術の向上により丸ごと搭載したジェットアローン。
例え人類が滅んでも自らの意思で稼働し続ける、これぞ日本が産んだ究極兵器。
しかし、常識外れの戦いを目の当たりにした「彼」は、とてつもない「精神的な」ダメージを受け、
これをもって使徒殲滅の舞台から退場することとなる。

その代わりとして、エヴァに全てすがりつこうという訳なのか。
レイの元に政府の関係者が訪れ、これまでのことを水に流して援助を受けてくれと頭を下げた。
レイはどうしようかと悩んだが、しかしシンジを守るために現状の地下基地では心許ない。
ここは遠慮無く、下心がありそうな政府の差し伸べた手を受け入れることにした。

レイの注文通りに超絶的な人海戦術が展開されて、あっというまに地下の基地が修復される。
本当にレイは遠慮していなかった。修復に使われる資材よりも人件費が数倍かかっただろう。
流石に政府は悲鳴を上げたが、レイは「今すぐに使徒が来たらどうする?」の一言でねじ伏せる。
ものの三日ほどで、基地は完全な形に戻された。あの六畳一間も大浴場も。
只一つレイが不満を感じたのは、ノスタルジックな家具やテレビが最新型に変わってしまったこと。
彼女にはかなり思い入れがあったのだろう。

そして、シンジや他のコピー達は?
それは勿論、基地の修繕作業中は注意深く隠されていた。
人体の完全なコピーを作ることは倫理上の問題が多すぎる故に、
あんなクローン集団を世間の目に晒す訳にもいかなかったからだ。

あれ以来、シンジは寝込みっぱなしである。
その彼をせっせと付きっきりで看病するコピー達。ていうか、それ意外にやることなど何もなかったのだが。

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基地の修復が終わり、塗料もやっと乾いてレイ達は業務再開。
後に残された零号機ただ一機の整備に取りかかる。
しかし、本当に「今すぐに使徒がやってくる可能性」を無視することが出来ない現状、
切り飛ばされた左腕を手間暇かけて修理することは出来なかった。
そんな大がかりなことをしている間に使徒が来て、動かしたくても動かすことが出来ない情況になっては困るからだ。

そんな忙しい日々が幾らか続いた、ある時。
オリジナルのレイは作業の合間を見て、いつもの「シンジ詣で」に向かう。
作業の忙しさに甘えて、コピー達に看病を任せっきりだったのだが……

シンジが寝ているはずの六畳間を見て、慌ててコピー達に問いかける。彼の姿が無いのだ。
「碇君は?」

だが、看病に当たっていた数名の彼女達は無言で首を横に振る。
恐らくシンジが勝手に出歩くのを、彼の望むがままに無言で見送ったのだろう。
コピー達の無感動、無表情さ、そして過度の従順さに、今更ながらに腹を立ててオリジナルのレイは叱責した。
「なっ……知らないでは済まされないんだ!早く探せ!」

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その頃、シンジは地上に出てフラフラとさまよい歩いていた。

完全に体調が戻っていないらしい。時折、呻き声を上げながら地面にへたり込む。
「う……うう……う……」
なんというか、まるで二日酔いで気分が優れないサラリーマンのようだ。
それも仕方がない。暴走する初号機という強烈なものを飲み込んでしまったのだから。

もはや、まともな思考も出来ない状態であるらしい。
セカンドインパクトの影響により、秋と冬を失った日本。
その真夏の太陽に照らされながら、シンジは虚ろな目つきで徘徊し続けていた。
そして何度目の嘔吐だろうか。地面にうつむいて呻いていたその時。

「ここに居たの?ずいぶん、探したわよ。」
後ろから声がする。
振り返れば、レイが立っていた。いつもと変わらぬ制服姿で蒼い髪、紅い目の彼女がそこに居た。

「う……ああ……」
「大丈夫?早く帰って休まないと。」
「あ、ありがとう……綾波……」

女の力は偉大である。彼女の声を聞いて気持ちが和らいだのだろうか。
レイの一言で意識も正気もおぼろげながら取り戻しつつあるようだ。

「さ、立てる?」
「う、うん……」

そうして、どうにかシンジは立ち上がり、地下への出入り口を目指して歩き出した。
その出入り口はそれほど判りにくいものではなく、瓦礫と化した街であるからこそ遠目からでも判りやすい状態にあった。
まだまだ意識が完全ではないシンジでも迷子になる心配はないようだ。

だが、そんな普通ではない状態のシンジを導こうとはせず、何故か少し後ろから着いていく。
どうにも暗くジットリとした目で彼を見守りながら。

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そして地下にエレベーターが到着し、シンジが先頭に立って外に出た瞬間。
コピー達により両脇からガシッと掴まれて、大急ぎでその場から引き離されてしまった。
「な……ちょ、ちょっと……」


シンジは驚いて出迎えたコピー集団の先頭に立つレイを見た。
その相手、よく見れば耳にオリジナルを示すピアスが光っている。

シンジは慌ただしく後ろに着いてきたレイと出迎えたレイを見比べた。
てっきり自分を外へ探しに来たレイがオリジナルだと思いこんでいたのだ。
「あ、あれ?君は……」
「ようやく気が付いたの?ヴァーカ!」

後ろから来たレイもエレベーターから下りて、オリジナルに付き従っているコピー達を見渡した。
「アンタ……ずいぶんと、えげつないことやってんのねェ。
 おでこに数字?しかもそれ、マジックで書いてんの?アタシの方が全然マシじゃないの。」

シンジはようやく頭の回転が戻ってきたのか。その二人のレイを見比べながら問いかけた。
「い、いったい誰なの?その……綾波のコピーの一人?」
「そういうこと。ねぇ?こいつらと一緒にいて、一人たりないってことの気が付かなかったの?
 そのコピー達の数字をご覧なさいな。3から始まってるはずよ。」
「え?ああ……そ、そういえば……」
「アンタ、なァんにも考えてないのねェ……あんた、バ(ピーッ)?」

しかし、何故かオリジナルは妙なことを言いながら怒り出す。
「……止めろ。その言い回しだけは止めろ!ここに居られなくなるぞ!」

そんなオリジナルの憤慨を無視して、新参のレイはシンジに向かって胸元をグイッと開いた。
見れば、その胸の中心には「02」という刻印が付けられている。

「弐人目の綾波レイって訳よ……よくもまぁこのアタシを量産型みたいな扱いをしてくれたわねぇ、オリジナルさん?」
「だから、その言い回しは止めろと言っている!」

そんな二人を呆然と見守るシンジ。
「綾波……君が何を言ってるのか判らないんだけど……」
最終更新:2007年12月01日 23:44
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