「ごめん、えーと……もう一回、最初から説明してよ。最初に迎えに来たのは君だったっけ?」
「いや、違う違う。だからね?」
戦いを終えて。
例の六畳一間でくつろぎながら、シンジは「綾波レイ三人目」こと「使徒タブリス」から種明かしの説明を受けていた。
その「三人目」、見分けが付かないといけないからと作業用のつなぎの服に野球帽のようなものを被っている。
他のコピー達も同様につなぎを着ていて、いつもの制服姿は「本当の」オリジナル一人だけ。
その「三人目」、どうやら中身の性別は男性であるらしい。すっかり口調を変えて、どっかりとあぐらを組んで座っている。
「基本的に、君とずっと話をしていたのは僕の方。でも、最初はどうしても自分で行くって言いだしてね。
あと、僕は零号機に乗ることは出来ない。その時ばかりは、僕が代役を務めるわけにはいかなかった。
だから、最初に出迎えたのと零号機に乗っていたのは正真正銘のオリジナル。」
「う、うん……」
「普段、この地下で君と接して話をしていたのは僕。オリジナルはコピーに紛れて一緒に作業してもらってたんだ。
なんというか……オリジナルは世辞にうとくてね。各国政府やら国連やらとの交渉なんてとても出来なくて。」
そんなふうに苦笑いで説明する「三人目」やシンジ達に、「オリジナル」はいそいそとお茶を注ぎながら言葉を添える。
「あの……でも、どうしても迎えに行くことだけは自分でしたくて、あなたを出迎えたのは確かに私なんだけど……
あの時、うっかり自衛隊に指示を出すの忘れちゃって。ずいぶん人々を犠牲に……」
それに対して、更に「三人目」が説明を繋ぐ。
「シンジ君とこれから一緒に戦うんだから指揮もして貰おうと考えてたんだけど、やっぱり無理がありそうでね。
それで、かなり複雑な入れ替わりをしなくちゃならなくなってさ。」
そこでシンジが尋ねる。
「あの……もしかして、ずっと僕の隣りで寝ていたのは?」
「察しが良いね。この子、オリジナルがおでこの数字を書き換えながら君の側に居たというわけ。
コピーを入れ代わり立ち代わりで相手を務めていたふりをさせてたけど、実はずっと同じオリジナルだったんだ。
せっかく二人が再会したんだから、側に居る時間を作ってあげたくてさ。」
「再会?えーと、でも何もそんなややこしいことまでしなくても……」
「ていうのはね?」
そこで「三人目」はズズッとお茶をすすり、一息ついてから説明する。
「僕は君達に消して貰わなければならなかった。でも人間として生まれ変わっちゃった君には出来ない相談。
でも君の優しそうな性格では、僕を殺せって言ったって無理でしょ?
だから、もとから僕は居ないことにしたほうが良いって思ったの。判る?」
「消して貰わなきゃって……なんで?」
「さて、そこで君の正体が問題になってくる訳だ。これまでの戦いの理由もね。
シンジ君、君の親は?」
とつぜん尋ね返されて、シンジはキョトンとする。
「い、いや……何も聞かされてないんだ。本当に。」
「そりゃそうだろう、もとから居ないんだから。実は言うとね、君は使徒アダムのクローン体。」
「は!?そ、そんな……」
「そして綾波レイの本性は使徒リリス。もとから君達は連れ合いだった。
でも天上で君と諍いを起こして、リリスは地上の荒れ地に投げ落とされる。それは遙か1万年前の太古の話。」
「はあ?……あの……」
シンジはその理解を超えた世界の話に、開いた口がふさがらない。
「理解できなければしなくていいよ。で、リリスは地上を彷徨う放浪者となったんだけど寂しくてね。
自分の肉体を削ってクローン体を作り始めた。それが人間の起源。
クローン体といっても、そっくり同じな訳じゃない。地上の生物と掛け合わせて男女やらいろんなタイプに作り分けた。
それを今の人間の文明では、リリスが地上の悪魔と交わってリリン、つまり人間を生み出したと伝えている伝説。」
「へえ……」
「でも、君はリリスの事が忘れられない。
1万年もの間、神のお膝元で良い子にしてたんだけど痺れを切らして地上へ下ってしまった。
当然、神様は怒って追っ手を差し向ける。それが僕。
そして僕と君は差し違えて共倒れ。その時に起こった大爆発がセカンドインパクト。
その屍を拾ったのがリリス。とりあえず、君の魂は使徒アダムから作られたクローンに押し込められた。
だからこそ、セカンドインパクトが14年前で君の年齢も14歳というわけ。」
「……。」
「なんだか信じて良いのか判らないって顔しているね。今度だけは嘘じゃないよ。
さて、更なる追っ手が来ることは目に見えている。今度は魂まで滅ぼす報いを受けるだろう。
そうなっては大変と、リリスは自分とまったく同じコピーを作って手助けをさせようとする。
その一体目に潜り込んだのが使徒バルディエル、続いて僕。」
「それじゃ、君こそが僕を消したいんじゃないの?」
「いや、天に逆らって君達と一緒に戦った方が面白そうだったからさ。
この戦いの唯一の勝ち目。それは他の使徒を全て倒すこと。
君とリリス以外の使徒は天界の樹を守る封印の役目を担っている。その僕らを全て倒せば……」
「ああ、そうか。それで君も消されなきゃならない訳か。」
「その通り。その生命の樹の力がなければ、とても天界に対抗する術など有りはしない。
だから今からでも遅くはないから僕を……といっても。」
「三人目」は大きな溜息をつく。
「君にそうするつもりはないようだし。本気で天界と戦うつもりなの?
これから先、もっと熾烈な戦いになるよ。その覚悟は出来てるの?」
「うーんと、そうだね……」
シンジは苦笑いで頭をかいた。
「正直いって、やっぱり覚悟なんて出来てないよ。でも、君を消す事なんて僕には出来ない。
もう誰も消す事なんて出来ない。これまで倒してしまった使徒達が本当に気の毒に思う。
でも、もし更なる僕の追っ手が来たとして、それを僕のためじゃなくて誰かを守らなくちゃならなくなったら……
その時こそ戦わざるを得ないけど……でも。」
シンジはそこで綾波レイのオリジナルこと「リリス」の手を取った。
レイは逆らわずにシンジの手に身をゆだねる。
「でも……ただ僕が殺されるだけなら、僕にその刃が届く瞬間まで待ってみようと思う。
むろん君は僕を本気で消しに来たんだろうけど、やっぱり神様は本気で僕を消しに来るつもりなのか。
僕は聞きたいんだ。
死闘と殺戮を続けてまで守らなきゃならないことが神様にはあるのかと。それはいったいなんなのか、と。
でも、少しは頭が冷えたんじゃないかな。この前の戦いでさ。
もし綾波があの時に君を握りつぶしていたら、神様の方こそ滅ぼされる危機にあったんだから。」
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それから数ヶ月。
「旧」第三新東京市の跡地は、すっかり様変わりしていた。
無数の樹木が植林されて瓦礫の山は影も形もなく、
まだまだ未成熟ではあるものの見事な深緑がそこを覆い尽くしている。
数年、数十年ほど経てば、さぞ立派な深い森へと成長するだろう。
シンジはそれが楽しみだった。
数十年とは言わず、数百年後の成熟した森の姿を、今の彼なら目にすることが出来るだろう。
元の身体である使徒アダムと融合し、そして使徒ゼルエルを喰らいつくして、S2機関搭載となった碇シンジなら。
そして、その生まれたての森の中心地。
そこにはほんの少し開けた空き地があり、僅かばかりの建造物が建てられている。
そこには小さなヘリポートがあり、一台のヘリが待機中。
その脇には三階建ての小さなビル。一階は事務所で、二階と三階は居住空間であるらしい。
午後の日差しの中、屋上にはハタハタと洗濯物が風になびいている。
それらをせっせと取り込んでいる二人の人物、綾波レイと碇シンジである。
そして、ボソリとレイが呟き、それにシンジが答える。
「あ……」
「どうしたの?」
「そろそろ時間……お弁当、渡してこないと。」
「ああ、僕が行ってくるよ。綾波、悪いけど続けてて。」
「うん……」
そして小さなエレベーターに乗り込んで地下に降りると、そっくりレイを同じ顔をした人物が一人。
積み上げた箱詰めの荷物を伝票片手にチェックをしていた。どうやら、これから何かの出荷に向かうところらしい。
その彼女……というか「彼女」で良いのだろうか。彼女は勿論、三人目のレイこと使徒タブリスである。
その「三人目」は振り向かずにシンジに尋ねる。
「やっぱり、ここを出るつもりなの?」
「うん……僕も綾波も、ここで籠もるよりも人と人の間で生きていくべきだと思って。
何をするかは決めてないけど、年齢の問題があるし学校に通わなくちゃならないとは考えてるんだ。
だから君に甘えて、当面は生活費は……」
「ああ、そんなこと何でもないから気にしないでよ。
お金の概念が無くなった未来でも、生きていく保証はしてあげるから。」
ここでようやく、「三人目」は立ち上がりシンジの方を振り向いた。
その「彼女」、今はビジネスマンの様なスーツ姿。
しかし14歳の少女の身体はどうしようもなく、結局は女子学生にしか見えないのだが。
シンジは尋ねる。
「それで、仕事は順調なの?」
「そりゃ勿論。我々のクローン技術は完璧だ……あんまり見ない方が良いよ、シンジ君」
「あ、ああ……」
新たに運ばれてきた箱詰めされていない出荷分を見てしまい、シンジは慌てて目を背ける。
それらは人体の一部であり、何やら液体の中に浮かんでいる腕や脚、そして様々な臓器ばかりのえげつない物ばかりである。
それらを淡々とした表情で包装して箱詰めしているのは、研究所勤めらしい白衣を着たコピー達。
それを眺めながら、三人目は眉をしかめた。
「あれれ、一つ足りないよ?おーい!」
「判ってるわよ!うるさいなぁもうッ!」
三人目の呼び掛けに対して怒鳴り返す声の主。
シンジと三人目はそちらの方へと方へと向かった。
そこは巨大な空間で、壁には電子レンジのようは物が果てしなく積み上げられている。
そこは正しくレイ達のクローン工場の本拠地であり、そのど真ん中に座り込んで忙しそうに作業に励んでいる者。
そこに居るのは、やはりレイと同じ姿をした一人の少女。彼女こそレイの二人目、中身は使徒バルディエルである。
その彼女の能力は健在らしく、にょろにょろと伸びる腕を生かして無数の電子レンジを操作しているのであった。
「アンタ、もうちょっと伝票をよく見なさいよ!この最後のヤツは長時間持たないからギリギリの最後に回しただけ!
ほら、さっさと病院に電話して手術室で患者の腹を開いておけって言ってきなさい。これを最初に持って行くのよ?大至急!」
「ああ、そうだったね。悪い悪い。」
「……ちょっと、シンジ!ここに来るんじゃないってあれほど言ったでしょ?また吐いても知らないわよ!」
そう二人目「バルディエル」に言われて、シンジは慌てて出口に戻る。
「わ、判ったよ。えーと、お弁当もってくるから。」
そういうシンジを白い目で見送りながら、再び三人目「タブリス」に問いかける二人目「バルディエル」。
「ったく……ねぇ、腕をあと2本ふやしていい?でないと追いつかないわ。
ていうかさ、何?この変な生体工場。アンタの趣味?」
「まぁね。デザインしてみて、なーんか昔に見た映画のシーンそっくりになっちゃって。ん?アニメだったかな?」
「……まるで引き籠もりみたいね、アンタ。」
「いや、地下に籠もりっぱなしの生活じゃ、そういうことしか気晴らしが無くってさ。
それに、どうしても製造担当が一人で作業しなきゃならないし……なんなら君が営業する?」
「じょーだんじゃないわよ!そんな愛想笑いでご挨拶しなきゃならない仕事なんてまっぴら御免だわ。
(ちーん!)ほら、出来た!さっさと持って行きなさい!」
「ああ、ありがとう。」
そういって受け取りその場で箱詰めする三人目に対して、二人目はうってかわって冷静な口調で問いかける。
「ねぇ……」
「ん?」
「いいの?アタシ達、こんな呑気なことをしていて。」
「呑気って……ああ、そうだね。」
「正直いうとね、アタシはヒヤヒヤしてるんだから。いつ何時、アタシらの追っ手が……」
「そうだね。」
「そうだねって……アンタ、なーんも考えてないの?このオ●マ野郎は……ったく。」
「アハハハ……ああ、シンジ君。」
そんなことを語り合っていた二人の間にシンジが戻ってきた。
「はい、お弁当。でも本当にこれでいいの?もうちょっと何か詰めようか?」
「いや、これがいいんだよ。ありがとう、シンジ君。」
そうして手渡された弁当の中身。それは、アルミ製の弁当箱にギュウギュウに詰められた完全なる日の丸弁当であった。
どうやら、これまでの粗食も三人目の単なる趣味であったらしい。
そして三人目は電話しようと携帯電話を耳に当てながら、シンジに一言。
「シンジ君、えーとね……やっぱり今しばらくは、ここから出て行くのは待った方が良い。」
「どうして?あの……やっぱり神様の追っ手が……?」
「違うよ。レイに聞いてきてご覧?それから、家事の負担は君が多めに受け持った方がいい。」
「……?」
シンジは首を傾げながら屋上へと駆け戻った。
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屋上にシンジが戻ってきてみると、フカフカの大量の洗濯物の上にうつぶせで身を投じているレイの姿があった。
「ど、どうしたの綾波!」
シンジは慌てて駈け寄り助け起こすが、レイは微笑を浮かべて起きあがる。
「驚かしてご免なさい……お日様で干した洗濯物があんまり気持ちよくて……」
「そ、そう。あの……下でここから出て行くのは待った方がいいって言われてさ。まさか、君の身体が……」
「大丈夫、なんともないの。」
「……本当に?」
「心配しないで……でも。」
レイは自分のお腹をそっと撫でながら、
「でも、もう少ししたら話すから。」
そう言って、意味ありげに微笑んだ。
「そう……ん?」
首を傾げながらもレイに頷くシンジの肩に、一羽の小鳥が止まる。
そして、その小鳥はクチバシに何かを咥えている。
その小鳥はふるふると「それ」を強調するのでシンジが手のひらを開いてみせると、そこにポトリと落として飛び去っていった。
「……?」
その小鳥が届けた物。どうもシンジには見覚えがあるらしく、それが何だったのかジッと考え込んでいた。
レイはそんな彼に話を続ける。
「私はもう少しここに居たい。一緒に戦ってきたあの子達を助けてあげたいと思うし……
きっと、あなたが出て行ってしまえばみんな寂しがると思う。」
「そ、そうかな。」
「そうよ。ほら……」
そういってレイがエレベーターの方を示すと、チンという音を立てて扉が開いてゾロゾロとコピー達が下りてきた。
その先頭の一人が担いできたのは、シンジ愛用の大きなチェロ。
「アハハ……そうだね。今日は天気も良いし、ここでやろうか。」
そう笑いながら、手近な物を椅子代わりにしてチェロの弓を受け取った。
小鳥から受け取った物をポケットにしまいながら。
シンジはそれが何なのか、まだ気が付いてないらしい。
それはキーホルダー並の大きさに縮められた「ロンギヌスの槍」、
それを届けた小鳥こそ天に残る最後の使徒「アラエル」の化身であった。
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ヒュンヒュンと回り始めるヘリのプロペラ。
ようやく納品物の積み込みを終えて、三人目もまた座席に乗り込む。
だが乗り込んだのは操縦席ではない。自動操縦で提携している病院に勝手に飛んでいってくれる。
その操縦は完璧だった。何しろ、そのヘリはかつてジェットアローンと呼ばれた高性能ロボットの改造品であったのだから。
一度は「精神の破綻」をきたしたバルタザール。その「彼」もようやく復帰して、こうして新たな仕事に従事している。
まあ、それはさておき。
「ん?あれは……」
シンジ達の森から今にも飛び立とうとしたその時、一羽の小鳥とすれ違った。
その正体、三人目こと「タブリス」ならば気が付いただろうか。
だが、実のところは三人目が着目したのはもっと別の物。
さらに遠方の小高い丘に目を移すと、小高い丘の上に見事な大樹が立っているのが見えた。
「はて……あんな木なんて無かったのに。あれ、何だっけな?何処かで見た気がする。えーと、CMの……
いや、違う違う。そうだ、天界の……」
本物だろうか。いや、そうではないだろう。
そう易々とシンジ達に譲れるはずはない。
だがしかし……
「アハハ、流石に孫の顔が見たくなったかな?
シンジ君の言う通り、我らが父は神様などというご大層なものでは無いのかもな。
よし、帰ったら二人を連れてきてやろう。
そして教えてあげなきゃ。もう我々の戦いは終わったのだということを。」
その大樹の意味。
それを知った三人目はこれまでにない程、大いに笑った。
三人目の推察に誤りはなく、それこそが天界が示した「和解」のシンボルであったのだから。
はたしてそれは単なるシンボルなのか。それとも……
(完)
最終更新:2007年12月02日 00:08