二人の 第六話

さて、使徒戦である。
といっても、その話は省略してもいいくらいあっさりしたものであった。

あれからシンジは、数日間の訓練を経てようやくエヴァを思い通りに動かすことをマスターする。
エヴァの操縦席はエントリープラグという筒型のカプセルで、エヴァの脊髄にあたる箇所に埋め込まれる。
全身の神経をエヴァと接続しているから、身体を動かすイメージをするだけで操縦が可能であるという。
しかし、そのカプセル内はLCLという液体が満たされ、そこに浸からなければならないのには閉口した。

操縦席にいるシンジに、レイはモニタを通して解説する。
「そのLCLが全ての神経を接続する役割を果たす。だから液化して身体を包む必要があった。」
「そうなんだ。でも息苦しくないのが不思議だね。酸素を含んでいるからかな。」
「LCLの正体、それはエヴァの血だから。」
「う……」
シンジは思わず胃袋の中身をLCLにばらまくところであった。

で、出撃。
新たに現れた使徒は長い胴体が蛇のようでもあり、カサカサと動き続ける胸部の触手が虫のようでもあり。
そう書くと何だか気持ち悪い生き物のように聞こえるが、チャームポイントのつぶらな瞳が実に愛らしい。
とはいえ、使徒である。倒さなければ倒される。
シンジはビシバシと繰り出す使徒の鞭のような触手をなんとかかいくぐり、相手を見事にひっくり返して踏みつけにする。
きゅーきゅーと藻掻く使徒の弱点、赤いコアを見つけてプログナイフで打ち砕きゲームセット。
実に簡単に勝負はついた。

帰還したシンジをレイ達は拍手喝采で出迎える。
しかし、あいかわらずの無表情。お愛想で良いから笑えと言いたい。

「あっさり勝ててよかったよ。思ったより簡単に倒せるんだね。」
などというシンジにオリジナルのレイは言う。
「エヴァがあるからこそ簡単に倒せたの。エヴァの力でATフィールドを中和しているから。」
「ATフィールド?」
「そう、絶対不可侵と言われる防御壁。それがあるから使徒は殲滅できないと思われた。
 いま現在、それを突破する方法は一つだけ。エヴァの放つATフィールドで中和すること。」

それを聞いたシンジは少し眉をしかめて尋ねる。
「それじゃ……エヴァっていうのは、まさか……」
「使徒。」
「……ええ!?」
シンジがそんなレイのあっさりした返答に驚いていた時のこと。

  ぴんぽろぱんぽろぴんぽろぱんぽろ……

レイの携帯電話の着信音だ。
「はい、綾波です……え?テレビを見ろ?」

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

シンジがシャワーを浴びて居間にもどると、すでに9人のレイがテレビの前にずらりと並んでいた。
その真ん中が空いていて座布団が敷かれている。
シンジは説明を受けるまでもなくそこに座った。
ていうか、全てのレイがテレビに釘付けで、シンジに声を掛けようとはしないからだ。
居並んだシンジとレイ、まさしく記念写真を撮らなきゃ勿体ないとかいう解説は自重するとして、
シンジは既に始まっているレポーターの熱いアナウンスに聞き入った。

『素晴らしい!動いております!歩いております!日本のロボット工学はここまで来ました!
 これぞ我々の敵、使徒を倒すべく開発された最終兵器「ジェットアローン」なのです!』

「へええ!あの使徒を僕達だけで戦うものとてっきり思っていたよ。心強いね、綾波?」
映像を見たシンジは、そんな無邪気な感想を述べる。
しかし、レイの口から出たのは、少しトゲのあるこんな言葉であった。
「今更なんのつもりか……いや、彼らの思惑はなんとなく判る。」

シンジはキョトンとした顔でレイに振り返った。
「あ、綾波?その……どういうことなの?」
「もともと使徒を相手に戦わなければならないと、彼らに言ったのは私。
 しかし彼らはおびえて、全ての役目を私に押しつけた。
 あのセカンドインパクトの後だから無理もない、と言ってもいいけど。」

シンジは重ねて尋ねる。
「彼らって……誰?」
「国連。」
「こ、こく……」
「最初の使徒がもたらしたセカンドインパクト。
 それが人口の半分を失われるに至った大災害だけど、それは結果的に使徒の失敗に終わったの。
 彼らの使命を果たすため再び後続の使徒が現れる。それに備えなければならないと私は主張した。」
「私はって、あの……」
「そのセカンドインパクトの後に残された使徒アダムの遺骸。それの甦らせて対抗するプロジェクトを起ち上げた。
 でも、誰もが尻込みして参加しようとしなかった。
 そうするしかない、ということを理論上の証明をして見せても。
 しかし、人口の半分を失わせるほどの使徒の力に対抗することなど無理ではないか、と彼らは恐れた。」
「……」
「私は、次に使徒が訪れるのは日本だと告げた。それで仕方なく日本はしぶしぶ援助をすることを承諾した。
 それに続いて国連所属の代表国も援助を表明したのだけれど。」

その説明を聞きながらシンジはテレビを見ていたが、あることに気付く。
「あのジェットアローンのパーツ、どっかで見たような気がしたけど、まさか……」
「その通り。エヴァに使われいるものと同じ装甲のようね。」
「ええ!?」
「何も私だけの力でエヴァを作り上げた訳じゃない。様々な設計はしたけど、部品各種は重機産業に発注した。
 エヴァの技術の多くは情報をオープンにしている。そうせざるを得なかった。」

しかし、レイはジェットアローンを否定する。
「でも、あれでは使徒には勝てない。核融合炉を使ったリアクターでは危険すぎる。
 それに人的制御ではない無人のロボットの動きでは足元をすくわれる……」

そのレイの否定論を、アナウンサーは聞いていたかのように反論する。
『リアクターを危険視する意見もありますが大丈夫、何重にもガードが施されていて万全の対策が取られています。
 さあ、ご覧下さい。まさに格闘家のようなこの動き。
 無数のセンサーとスーパーコンピュータMAGIの制御によって、人間以上の戦闘能力を誇り……』

「スーパーコンピュータMAGI……それも私が設計して発注した筈なのに。
 いや、それでも使徒は倒せない。使徒には絶対不可侵の……」

『しかし、まだまだ未解決の問題もあります。使徒には強固なATフィールドという防御手段があるのです。
 それについては様々な武器が考案されていますが、まずはこれです!
 戦自研により開発された陽電子砲を実用化したポジトロンライフルです!』

「それも私が発注した物……彼らはどこまで私の物を盗むつもりか……」

その時であった。
再びレイの携帯電話が鳴り響いたのだ。レイはそれに対して、むっつりとした口調で返答する。
「見たわ。だから何?」

レイは黙って電話の主の話を聞いていたが、ろくな返答もせずにピッと通話を打ち切る。
そしてゴトンとちゃぶ台の上に電話を放り投げた。
無表情なレイにしては珍しい、怒りを表す感嘆符であった。

シンジは恐る恐る尋ねてみる。
「……綾波、どうしたというの。」
「次の使徒が来たら黙って見ていろ、と言ってきた。私が手にした援助の利権が欲しくなったようね。
 それで自分達で戦う気になったみたい。」
「あのさ。一緒に戦ってくれる、とは考えられないのかな。」
「だと本当に良いのだけど、そうではない。殲滅が自分達で可能なら、ここから立ち退いて貰う、とも言ってきた。」
「……」

「彼らは誰かを、市民を守るという意識で動いている訳ではない。
 私に追従しなかったのは、使徒と戦って勝つという重責から逃れたいため。
 そして碇君は使徒と戦い、方法が有れば倒せることを世間に知らしめた。
 その上でジェットアローンが発表された。
 方法さえ揃えれば倒せるなら、自分達で倒した方が良い。
 各国の援助を元手に使徒を倒せるほどの実力が得られる。
 こんな素晴らしいことは無い。」

流石のシンジも、レイの言うことに少し引いた。
国連や日本政府はそこまで腹黒くはないだろう、と。

だが、レイは更に覚めた口調で話し続ける。

「全ては国民を守るため、などと言っているがそれには嘘がある。
 私はこの地を街ではなく要塞にすべきと主張したけど、その意見は通らなかった。
 それで仕方なく人に住ませる都市として建造した。それは何故か。
 要塞だと費用がかかるだけ。都市なら企業や住人からフィードバックが期待できる。」
「……」
「もし被害者が出ても国として費用をさきやすい。すでにこの騒ぎだし。
 あるいは、戦争下において住民を守れる都市を造るためのモデルとするためか。
 考えられることはいろいろある。彼らは誰かを守るために戦うという意識は無い。全ては自分達のため。」

そんなことを言うレイだが、最初に警報の発令を忘れたことはまだまだ記憶に新しい。
それに遠慮無く自衛隊の投入を命じたのも彼女だ。
彼女こそ人の命を軽視していると見えなくもない。

それはともかく、シンジにはまだまだ聞きたいことがあるのだが、まずはこれを聞かずにはいれなかった。
「綾波、君は……君は本当に何者なの?その、14年もの前のセカンドインパクトのことを……」
「時が来たら話す。彼らが何をしようと関係ない。使徒に勝つためには、ためらいは厳禁。
 使徒が来たら即座にエヴァで倒す。いい?」

シンジは黙って頷く他はなかった。
無表情なレイに何故か気迫を感じて、「もう権利なんてゆずってやればいい」と言い出せなかったのだ。
最終更新:2007年12月01日 23:23
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。