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嬉しいこと

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嬉しいこと










 勉強はそんなに苦じゃないし、運動だってそこそこ出来る。

 しかし、小波美奈子は恐ろしく不器用だった。

 小学校の時初めて作った調理実習の卵焼きなど見事にスクランブルエッグになったし、大根のみそ汁の大根は太さがまちまちで火が通ってたり生だったり。

 家庭科でいい成績を取ったことなど一度もなかった。

 そんな不器用人生をなんとかしようと奮起し、高校に入学して手芸部に入部したのだが……


「小波君、君の犬のぬいぐるみはとても個性的だね……」

「……アヒルです」


 理事長のフォローも虚しく、相も変わらず不器用なままだった。


 こんなんじゃ駄目だ。


 いつもそう思うのだが、手が思ったとおりに動いてくれない。

 不格好な犬にそっくりなアヒルのぬいぐるみを抱きしめて、美奈子はとぼとぼと帰路についた。








 「もう2年近く手芸部にいるのに、どうして全然上達しないんだろ?」


 一年生の時の文化祭で、手芸部は自作の服を作った。

 しかし、やはり美奈子のはあまりにも出来が酷くて、先輩達に手伝ってもらってなんとか見れるものに仕上がったのだ。

 そしてつい先月行なわれた文化祭の出し物のパーティードレスも……


 はあと再びため息をつくと、白い息が口から飛び出した。

 ぶるりと寒さに体を震わせる。

 赤や青の電飾が恨めしい町並みをぼんやりと見つめ、部活帰りに優しい先輩からもらったアドバイスを思い出す。


「マフラーをたくさん編んで練習してみたら?」


 言われなくともマフラーなど、それこそ弟に「馬鹿の一つ覚え」と言われるくらいたくさん編んだ。

 それでもまともに編めたためしがない。

 自分の才能のなさにがくりと肩を落とし、ふと足を止める。

 ショーウィンドウに並べられた華やかなドレス。

 来年の文化祭の出し物はウエディングドレスだ。

 お洒落で可愛いウエディングドレスを作りたいと思いながらも、やはり自分には向いてないと再びため息。


「はあ……無理無理」

「珍しいな、お前がこんなとこにいるなんてよ」


 かけられた声に美奈子が顔を上げる。

 と、そこには天童の姿があった。

 金髪が相変わらず良く目立っている。


「天童君」

「久しぶり。相変わらず真面目そうな顔してんな、お前」

「ーーーそっかな?」

「? 何だよ、元気ねえな」


 美奈子の前までやって来て、天童は首を傾げる。

 ひょんなことから知り合った違う学校に通う天童。

 初めは不良で軽い男だと思ったが、話してみると案外優しくていい人だということが分かった。

 それからなんとなく気になる存在ではあった。


「勉強、大変なのか?」


 複雑な顔をしていた為か何か勘違いしているらしい天童が、美奈子の隣りに並んで尋ねる。

 ううんと首を横に振る。


「まあお前は俺と違って頭いいもんな。勉強じゃないってことは、別のことか?」


 別に勉強が大変じゃない訳ではないが、今はそれどころじゃない。


「……う~ん」


 言葉を濁す美奈子に、天童が手元のぬいぐるみに気付いた。


「なんだよ、悩めるお年頃ってやつ? ん? それって、お前の手作り?」

「え?」


 ふと不格好なアヒルのぬいぐるみを見下ろす。

 そしてすぐさまそれを鞄の中に隠した。


「こ、これは失敗作なのっ」

「やっぱ手作りなんじゃん。お前編み物出来るんだ?」

「ーーー出来るっていうか、出来ないから練習してるの……」


 もごもごと歯切れの悪い言い方をして俯く。


「あー。なんつーの。ほら、こう寒いとさ、首もとがすーすーするっつーの?」


 ?


 突然言い出した天童の真意が掴めず、美奈子は首を傾げる。

 それに業を煮やしたらしい天童がぶっきらぼうに言った。


「ああ~もうっ! だから、お前にマフラー編んで欲しいっつーかなんつーか、お前の編み物の練習台になってやるっつーか……」

「えっ、ええっ!?」


 驚く美奈子。


「でででもっ、私本当にものすごく不器用でっ、いつも弟に才能ゼロって言われるし! 文化祭でも先輩達に手伝ってもらわないと服一つ満足に作れないしっ!」

「上手か下手かなんてどうでもいいっての。手作りってのがいいんじゃん」

「天童君……」


 ストレートな天童の言葉が嬉しかった。

 天童が自分に対して悪い印象を持っていないことはなんとなく分かっているし、自分もそれが嬉しいと思っていた。

 もちろんお互いそんな言葉を口に出したことはないから、どの程度か分からないが。

 ひゅうっと無言の二人の間を風が吹き抜けて、天童が身震いをした。


「さみっ」

「あの、本当に、ものすご~くヘタクソだよ?」

「しつこい」

「マフラーなんて呼べる代物じゃないんだよ?」

「わーかったっての。いいから、編んでくれんだろ?」

「ーーーう、うん」


 美奈子が頷いたのを確認して、天童が笑った。


「よし、決まりな! 出来るのにどんくらいかかる?」

「え? えっと、一週間……もらえる?」

「一週間な、OK。んじゃ一週間後のこの時間、ここで会おうぜ」

「うん」

「じゃあな、風邪ひくなよ」

「天童君もね」


 手を挙げて去って行く天童の後ろ姿を見送りながら、美奈子はドキドキしていた。

 マフラーを編む約束をしてしまった事と、また来週天童と会えるという事。

 その両方でだ。


「……頑張ろう」


 小さく拳を握りしめ、美奈子は急いで家路を駆けた。














 「うっそ、まじでコレ美奈子が編んだの!?」

「まあ、本当にビックリするよね……」


 教室の中、大きな声で言われて美奈子が恥ずかしそうに頷いた。

 友人である奈津実が覗く紙袋の中には、この一週間死ぬ気で編んだ天童のマフラーが入っていた。

 奈津実が驚いているのは、驚くほどマフラーの出来が良かったから。

 美奈子自身驚きなのだが、今までの不器用さが嘘のように上手く編めた。

 弟である尽からは奇跡とまで言われた。

 自分でも奇跡だと思う。


「あ~、やっぱ愛だね、愛」

「あ、愛?」

「そ。美奈子ってばこれあげるその天童って男の子の事考えながら編んだんでしょ?」

「う、うん……まあ。でも愛だなんて。私天童君のことそんな良く知らないし」

「でもさ、今まで何作っても恐ろしいまでに不細工だったのが、急に上手くなってんだよ?」

「なっちん酷い……」

「だから、愛だってのよ! あんたその男の子の事好きなんでしょ?」

「ええっ!?」


 ドキリとして肩をすくめる美奈子に、奈津実はふふんと笑った。


「料理作るのだって愛情って言うじゃない? ましてや美奈子の手編みのマフラーが欲しいなんて言う物好きのためなら、なおさら愛も倍増よね? やっぱり頑張り甲斐があるじゃん、好きな人のためってのは!」

「好きとかそんなんじゃないってば……っていうか、なっちん実感こもりすぎ」

「うっ、うるさいっ! あたしはあんたみたいに裁縫なんて出来ないから作ってやんないけど~」

「姫条君何でも出来るしね」

「わーわーわー! もうっ! この口かあっ!?」

「んぐうっ!?」


 ついうっかり口にした名前に、美奈子は口を塞がれた。

 教室の中は休み時間で騒がしいから二人の会話が誰かに聞かれているとは思えなかったが、奈津実の慌てぶりがなんだか可愛らしくてつい塞がれた手の中で笑ってしまった。

 天童のことが好きかどうかなんて分からない。ただ天童に歓んでもらいたい。

 その一心で編み上げたマフラー。

 一体どんな顔をしてどんな言葉をくれるのだろうか?

 それがすごく楽しみだった。










 放課後、奈津実に冷やかされながら美奈子は部活に行き、天童との待ち合わせの場所へと向かった。

 12月も終わろうかというこの時期、寒さで誰も彼もが足早に美奈子の前を過ぎて行く。


「お姉~さん。ヒマ?」


 軽い声が聞こえて来て美奈子はそちらへ顔を向けて微笑んだ。


「天童君」


 天童がこちらへやって来る。


「よっ。悪ぃ、待たせちまったな」

「ううん、今来たところだよ」

「どっかその辺の店に入るか」

「うん」


 二人して暖房の良く効いた喫茶店に入り、暖かい飲み物を注文した。


「はい、これ」


 早速紙袋を天童に渡す。


「おっ! マジで編んでくれたのか?」

「だって、約束だったでしょ?」

「やべ、すっげ嬉しい」

「もう、大げさだなあ」

「見てもいいか?」

「う、うん」


 ちょっと恥ずかしいなどと思っていたが、天童の瞳が輝いているのを見て、美奈子はとても嬉しくなった。


「うおー! すっげー! お前ヘタクソって言ってたのに、めちゃめちゃ上手じゃんか」

「ほ、本当?」

「ああ。俺はまたてっきり毛糸があちこち飛び出してるのが出て来ると思ってたからさ。すげー。店で買ったヤツみてえじゃん!」

「毛糸が飛び出してる……」


 そこまで酷いのを想像していたのに欲しいと言ってくれたのだと思うと、美奈子はじわりと胸が暖かくなった。

 それにこんなに歓んでくれるとは思わなかった。


「どうだ、似合うか?」


 早速マフラーを首に巻く天童に、美奈子は笑顔で頷いた。


「うん、似合う。へへ。良かった」


 実際今までの美奈子の編んだマフラーは編み目は揃っていないし、酷いものだった。

 天童が想像していたものと同じ出来だったはずだ。

 だが、今回だけは上手く出来たのだ。


「あ、そうだ」

「え?」


 そこで天童が鞄から小さい紙袋を取り出した。


「ほらよ」

「なあに?」


 受け取った紙袋に首をひねると、天童が照れたように笑った。


「なんつーかさ、俺だけもらうのも悪いじゃん。だからそれ、マフラーのお礼っつーか……」

「えっ? そんなのいいのに」

「だってお前編み物苦手だって言ってんのに俺が一方的に編んでくれって頼んだだろ? だからこれでおあいこだ」

「……天童君。開けてもいい?」

「ああ。まあ、大したもんじゃねーけどな」


 美奈子が紙袋を開けると、ハートのモチーフに小さなピンク色の石が埋め込まれたイヤリングが入っていた。


「わあ、すごいかわいい」

「マジで?」

「うん。すっごい嬉しい!」


 本当に心から嬉しそうな美奈子の顔を見て、天童も思わず笑顔になった。


「あ、あのね、天童君」

「あ?」

「今回はまぐれで上手に編めたけど、今度はヘタクソかもしれないの……でも、頑張るから、その……」


 そこで言葉を切った美奈子を、天童がじっと見つめる。


「ーーー来年は、セーターとか編んだらもらってくれる?」

「え? ーーーあ、あたりまえだろっ? お、お前がくれるもんなら鉛筆一本でも嬉しいっての」


 来年の文化祭はきっと素敵なウエディングドレスが作れそうだ。

 目の前で屈託なく笑う天童に、恋をしたから。

 天童の事を思いながら、作ろうと、そう誓ったから。








                   END





=あとがき=

どうも。最後までお読みくださりありがとうございました~。
天童君。。
付き合ってもいないのに、まるで付き合っているかのようにラブラブになってしまった……(笑)
放課後に一緒に勉強するようになるのって3年生になってからですよね、確か。
なので、これは2年生の終わり頃、冬休み前ってことで。
これ以降天童が放課後校門のところで待ってるんですよう!
やべー。ほかの学校のイケメンが自分を待ってるなんて、そんなシチュエーション普通あります!?
ありえないっ!! (呼び出しならあったかもな……遠い目) 
今回のお題は「マフラー」でした。
まだ寒い今の時期だから書いてみました。
そして天童とのイベント(何かもらうとか)がもっとあってほしい。という願望のもとに書きました(笑)
それでは、また!




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