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華めきたり.10

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華めきたり






【話ノ九】




 玄一郎に頼まれた仕事を終え、銀座にある我が家へと帰ると、喜助は一瞬我が目を疑った。間借りしているボロ部屋の前に、あまりにその場に似つかわしくない美しい女性を目に留めたからだ。


「かっ、薫様っ!? ななななな、なんでこんな所にっ!?」

「ごめんなさい、どうしても喜助さんにお話をうかがいたくて」


 駆け寄って薫の姿を上から下までまじまじと見つめると、慌てて腕を掴んだ。


「そ、そんな事よりここをでましょう!」

「大事なお話なんです。屋敷では誰が聞き耳を立てているか分かりませんし、外も同じです。喜助さんのご自宅まで押し掛けたのは申し訳ないと思っていますが、こちらが安全だと思ったんです!」

「いっ、いけやせんっ! 薫様のような方が来ていい場所じゃないんですって!」


 騒いでいると、他の部屋の住人達が何事かと廊下へと出てきた。


「ほお、こりゃまたべっぴんさんだ! 喜助さん、あんたもスミに置けないねえ」

「何だい、痴話喧嘩かい? 廊下じゃ丸聞こえだろうよ、やるんなら他所でやりな!」

「まずい、ほら、早く行きますよ!」

「でもっ……」

「話しなら他所で聞きやすからっ!」


 頑として動かない薫の背を、真っ赤な顔で押す喜助に、仕方ないと薫も力を抜いて従う事にした。















 近くの公園へとやってきたのだが、どうにも落ち着かない喜助はキョロキョロと辺りを見回しては隣りを歩く薫を何度もそっと伺い、乱雑に頭を掻いた。


「薫様が俺を使って何か探ろうとしてたのはうすうす感じてやしたが、一体何があったんです? 玄一郎様に関係のある事なんでしょう?」


 感の良い喜助にはやはり気付かれていたようだ。薫は喜助と交代するように辺りをキョロキョロと見回し、声を潜めた。


「喜助さん。単刀直入にお聞きします。今、父の周りで妖しい動きをしている人間がいませんか?」

「ーーーどうしてそれを? どこでお知りになったんです?」

「やはりそうでしたか」


 そこで薫は以前友人宅で聞撃した事の一部始終を喜助に語った。

 静かに耳を傾けていた喜助は、見た事の無い難しい表情になると薫の耳元へ口を寄せた。


「いいですか、これは玄一郎様の、言わば仕事上の問題です。薫様が心配されるのは分かりやすが、あまり首を突っ込むと薫様も危ない。玄一郎様は敵の内通者がいる事はご存知です。それを敢えてそのままにしている……分かりますか?」

「泳がせておいて、後で敵を強請る材料にする。ですか?」

「……そうです。俺も玄一郎様のお考えは分かりやせん。しかし、近いうちに政界が大きく動きます。どうか、薫様がお聞きになった事は全て忘れてください。いいですね?」


 玄一郎が敵の事を知っているというのが分かって、薫は少し安堵した。しかし、政界が大きく動くとはどういう事か。自分の祖父が現首相ではあるが、もしや祖父の身に何か起きるというのではなかろうか。

 薫の顔色が変わったのに気付いた喜助は、すぐに立ち上がって薫に手を差し出した。


「お爺様の事を心配なすってんですね。俺には何とも言えやせんが……、こうして薫様とお話する事も出来やしたし、何かお力になれる事があれば言って下さい。もちろん、玄一郎様の事以外で、ですけどね」


 その手にそっと自分の手を乗せ、喜助と向かい合うように立ち上がると、薫は微笑んだ。


「ありがとう、喜助さん」





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