チェンジ・ザ・ワールド☆

雨の日に〜6−2

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6-2
















 ピッピッピーーー


 規則正しい機械音が響く集中治療室の一室、成川皐子は点滴やら酸素吸入器やらを体に取り付けられた状態で寝かされていた。

 カーテンの隙間からは月明かりが差し込んで、ひとつの筋を作っていた。


 キイッーーー


 静かに病室の扉が開き、誰かが入って来た。

 足音を忍ばせる様にして近付くその人物は、トレンチコートを着て、中折れ帽を目深に被っていた。

 成川のすぐ横に来ると、椅子に腰掛け帽子を脱いだ。


「駄目ですよ、先生……ちゃんと死んでくれなきゃ。せっかく映画みたいに血溜まりで誰かに抱かれて死ぬシーンの演出までしてあげたのに、救急車で運ばれるなんて……」


 呟かれたその一言に、室内の空気が一瞬どろりと蕩けた様な感じがした。


「先生、さっき私に言いましたよね? あなたが全部した事だって。私が殺したんだって……どうして判ったんですか? 誰にも、バレなかったのに」


 すうと立ち上がると、その人物は窓に近付いた。そして相変わらず眠ったままの成川にさらに語った。


「ーーー近付くからいけないの。みんな、私の大好きな進一さんに……偶然みたいな振りして近付いて、声を掛けたりして。わざとらしいでしょ? 私から進一さんを奪おうとするなんて……絶対に許せない。だから殺したの、あの女子大生もキャバクラ嬢もOLもーーー理恵も……先生も、私の進一さんを自分のものにするつもりなんでしょ? 気付かないとでも思ってたんですか? 駄目ですよ。ふふ……さあ、もう十分頑張りましたね。そろそろ死にましょう、先生」


 そしてコートのポケットから鋭く光るナイフを取り出し、ゆらりと動かした。

 振り返ったその姿が月明かりに照らされて、はっきりと顔が見えた。


「そこまでだっ!!」

「っ!?」


 カチリと勢い良く付けられた室内の灯りに、ベージュ色のトレンチコートを着た坂井春香は目を見開いたまま硬直した。


「坂井先生ーーー」


 病室の入り口には物凄い形相で銃を構える加藤と、悲壮な表情の岡部が立っていた。


「どうし、て……」

「坂井春香、さんーーー」


 今まで死んだ様に眠っていたと思われた成川が、震えながら体を起こした。岡部は急いで成川の横へ行き、それを手伝った。


「嘘……」

「成川さんの手術は成功したし、今夜が山でもなかったんだ。あんたをおびき出す為の嘘だ……俺もすっかり騙されたが、後で病室に呼ばれてあんたが犯人だと聞かされた時は、心臓が止まりそうに驚いたよ……」


 加藤は銃口を坂井に向けたままそう言った。


「坂井先生、どうしてこんな事を……」


 岡部の質問に、坂井は泣きそうな顔で微笑んだ。


「私は、ずっと……あの学習塾で初めて岡部先生に会った時からずっと好きでした。もう、寝ても覚めても岡部先生の事が気になってしまって……気が付いたらいつも先生の後を付けてて。あの日、駅であの女がわざとらしく先生の目の前で携帯を落としたのを見た時、気付いたんです……私がこんなに岡部先生の事を好きなんだから、他にも好きな女がいてもおかしくないって。この女も岡部先生の事が好きなんじゃないかって……そう思ったら殺したい程憎くて憎くて、邪魔になったんです」

「だから殺したってのか!?」


 加藤のドスの利いた声に、坂井は微笑みながら頷いた。


「そうですよ。だって、岡部先生は私だけのものなのに、どうして他の女と仲良くさせてあげなきゃいけないんですか?」


 坂井の顔は、いつものあの優しい顔からはかけ離れていた。まるで何かが乗り移っているのではないかというくらい、目はつり上がり、真っ赤に充血していた。


「……あなたは、高校時代に偶然出会った、桂元秋杜という男の性癖を、利用し、巧みに操り……岡部さんに近付いた、許し難い自分にとって邪魔な敵を、薬で眠らせ車に乗せ、秋杜のアパートへ連れて行き、殺害し……道具を使い犯し、連れ去った路上に遺棄したーーーそうですね?」


 きつそうに、途切れ途切れな声で成川が言った。


「……やっぱり先生には全部分ってたんですね。怖い人……いつから私だと?」

「……分った訳ではありません。ただ、おかしいと思ったのは、加藤さんを尋ねて、あなたが警察署に来た時。最初の違和感はそれです。そして桂元秋杜と思われる人物の写真を、あなたが見た時ーーー」

「何故?」

「気が動転していたからと言って、不審な男に、付けられているというような重要な事実を、あなたのように、聡明な人が忘れるとは思えなかった。そして例の写真を、あの後よく見ました……そうすると、写真のあなたの視線は、どう見ても、桂元秋杜さんを見ていたんです」


 !?


 加藤は津田が言っていた違和感の理由が、漸く解った。

 そこにいると知らないはずの人間を、坂井の視線が捉えていたからなのだ。

 それならばもっと早くに教えてくれても良かっただろうに。と思いながら成川と坂井を見た。


「本村理恵さんは、売春には、一切係わっていなかったんじゃないですか?」

「……すごいですね。そんな事も分ってたんですか?」


 坂井の言葉に、岡部と加藤は一瞬顔を見合わせた。


「あなたや、他の人の話しを照合した結果です……私がすごい訳では、ありません……ただ……」

「ただ?」

「サトルという人物だけが、いまだに良く分りません……」

「遊びですよ。サトルとは偶然会って仲良くなりました。話しを聞くと両親も兄弟もなく、施設で育ったと言ってて。17歳で施設を出て、女を見つけてはヒモ生活をしているような人間の屑だったから。だから売春の計画を実行するため、サトルを使いました。本当に夏休みの間だけ、頭の悪い女子高生にお金をちらつかせて売春をさせるというゲームだったんですよ」

「それでゲームに飽きたら、邪魔になって……殺したの?」

「殺すつもりなんて、無かったんですよ。心臓が悪いなんて知らなかったから……知ってます? アスパルテームって甘味料……死んじゃう事もあるんですよね……いきなり倒れて痙攣して……死んじゃったんですーーー」

「あなたは、ご両親にも愛されて、何不自由無く、生活してきたでしょう?……何がそんなに、不満だったの?」


 成川は岡部の腕にしがみつく様にして少し大きな声を出した。


「私が好きな人は皆、私だけを見てくれない。お父さんも、お母さんも自分の事ばっかり……愛されてた? そうね、世間体が大事な人達だもん、周りからはそう見えたでしょうねーーー嫌だったのよ……誰も、私を見てなんかいない……だから……だから何もかもが辛かったの! 理恵も、岡部先生もーーー離れて……お願い……私の岡部先生から、離れて頂戴ーーーみんな、どうして私の邪魔ばかりするの? お願い! みんな……みんな私を見て! 私だけのものなのに!」

「!?」

「ああっ!?」

「坂井先生っ!?」

「坂井さんっ!!」

「加藤! 医者を、早くっ!! くそっ!」


 駆け寄る岡部の姿を目の端に捉えながら、坂井春香はゆっくりと固い床の上へと倒れた。

 ゆっくりと倒れている様に感じたのは自分だけだろうか。

 岡部は坂井の体を抱きかかえ、名前を何度も呼んだ。


「坂井先生! 坂井先生!」


 !?


 その時、岡部は思い出した。

 そうか、あの時頭に浮かんだ甘い香りは…


















 大好きな岡部先生。

 私だけの、大切な人。

 誰であろうと私の岡部先生を奪うやつは許さない。

 それが、私に嵌められているとも知らず、無償の友情をくれた友人だろうとも……
















                                  続く…















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