チェンジ・ザ・ワールド☆
archaic smile.3
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archaic smile 3
図書室で汐屋が読んでいた本を借りて家に帰って読んだが、なかなか面白かった。
別に絵画が好きな訳ではなかったが、解説されている画家が誰でも知っているような有名な人物だったのが幸いした。
汐屋が好きなのはどの画家なのだろうかと気になった。
気になるとそれが知りたくなった。
大石は翌日の昼休みに図書室に本を返しに来ていた。
汐屋さんいないかな……?
まさかそうしょっちゅう会う事もないとは思ったが、一応中をぐるりと見回して探してみる。
ーーーいた
偶然というのは面白い。
大石は奥の方の机に座って本を読む汐屋に声を掛けた。
「やあ、今日は何を読んでるの?」
汐屋は大石の顔を見上げると、驚いたように目を少しだけ大きくした。
それもすぐに戻して、本の表紙を見せた。
『種の起源』
というタイトルに、大石が首を傾げる。
「有名なダーウィンの進化論だよ」
追加で説明をしてくれた。
「ああ、進化論? へえ、種の起原っていうのが本当の論文名なんだ」
「うん」
「へえ、汐屋さんって、科学好きなんだ。昨日は絵の本読んでたみたいだけど、絵も好きなんだろ?」
もう一冊机に置いてある本は、やはり絵画関係の本だった。
「科学は好きかな。絵は……まあ、結構好き」
「そうなんだ……どの画家が好きなの?」
「う~ん、キリコとかダリかな」
「シュルレアリスムが好きなの?」
大石が尋ねると、汐屋は少し驚いたような顔をした。
昨夜読んだ本の中に出て来たので覚えていたのだが、無意識下にある非現実世界を描いた形態のことをシュルレアリスムと言うらしい。はっきりいって良く分からない。
「そうだね、答えが明快じゃないものを見ると、人間がそれぞれ見て感じる感性の枠が広がりそうだから好きかな」
「へえ。科学も好きなのに、面白いね……あ、隣り、座ってもいい?」
大石が言うと、汐屋はまた驚いたような顔をした。
そして無言で頷く。
「俺は絵は詳しくないから分からないや」
「私も別に詳しくないよ。有名な画家でも知ってる人なんてたかが知れてるし。科学や数学って答えがはっきり出るから面白いけど、それでもまだ分からないことだらけだしね。どっちも面白いかな」
そう言って本を閉じた。
「確かにそうだね。汐屋さんって文系クラスなのに不思議……進路は、大学に進むの?」
大石に汐屋は前を向いた。
「考え中」
「そうなんだ。俺も悩んでるんだ」
同じように大石も前を向いてみる。
「大石君が? テニスでいくつかの大学から声掛かってるって聞いたけど……」
友達の情報というのは凄いものだ。
そんなことまで知られているという事実に驚く。
そこで2人は顔を見合った。
「まあ、そうなんだけど、違う大学受験するのもいいかなと思っててさ」
「大石君頭良いもんね。いつも学年トップだし」
「汐屋さんもいつも20番以内に入ってるじゃないか」
「……ホントに大石君って不思議な人だね」
「俺が? どうして?」
呆れたような不思議そうな顔で大石を見る汐屋に、大石が尋ねる。
「いや、だって普通他人の成績まで知らないでしょ? しかも話したのだって昨日がほぼ始めてな女のを」
「あ……そう、かな?」
大石はドキリとした。
確かに言われてみればそうかも知れない。
何で知っているのだろう?
じわじわと湧いて来た疑問に、大石は笑った。
「あはは、汐屋さんって名前が珍しいから、目に入ったのかな?」
「ーーーふうん」
「それに、汐屋さんだって俺の成績知ってたじゃないか」
「普通一番とか二番の人って誰でも見るでしょ?」
「そうかな?」
「大石君って、もしかして貼り出されてる50人全員の名前と順位覚えてるとか?」
「まさか!」
「だよね」
お互いに昨日から変な話ばかりしている気がする。
というか、意味がないし脈絡がない話をしている。それでも別に面白くないとか思わないのが不思議だ。
テニス部の仲間達と話している時のような妙な楽しさがあった。
大石はハハハと笑って話を元に戻した。
「で、汐屋さんは芸術系の大学と普通の大学とで悩んでるの?」
「うん……」
「夢があるんだ?」
「夢っていうか……そうだね。芸術系の大学と普通の大学で挑戦してみたいことがそれぞれあるかな」
「へえ。やりたいことが2つもあるなんて、羨ましいな」
「羨ましいって、大石君だって何かあるでしょ?」
「俺?」
テニスがしたいというのは、夢と言われる程大層なものではないと改めて感じた大石は、こんなにもずっと悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しく思えて来た。
自分らしい。という事がまだ分からない。
汐屋はきちんと将来の事を考えて悩んでいる。
それに比べて自分は……ただテニスがやりたいという事と、もう少し難しい大学を受験してみたいという取りあえずの目先の目標で悩むなんて、きっと汐屋から見たら情けない男に見えるかもしれない。
「俺、あんまり将来こいういう仕事がしたいっていうのがないんだ。テニスは続けたいけど、別にプロになりたい訳じゃないし」
「ーーーふうん……大石君のことだから学校の先生とかって言うと思った」
「先生?」
「うん、優しいし、小学校の先生とかすごい似合いそう」
そう言って笑った汐屋に、大石はまた胸がドキンとする。
「小学校の先生か……いいかもな」
「え? ちょっと、まさか本気?」
「うん、楽しそうだね先生。小学校じゃなくても中学校とか高校でも先生って楽しそう。今までテニスばっかりだったから、ちょっと真剣に考えてみるよ。ありがとう、汐屋さん」
「……どういたしまして」
笑顔の大石に、汐屋は困ったような顔をした。
まさか雰囲気で言った職業が採用されるとは思わなかったらしい。
「そういえばその本、面白い?」
ふと尋ねて汐屋が持っている本を指差す。
「うん、面白いよ」
「人間ってやっぱり単細胞生物から進化して行ったの?」
「読んでみたら? 私達が今までずっとダーウィンが証明したと思ってた事が嘘だって分かるから」
「ダーウィンが証明したこと? 進化?」
「例えばさ、地球が出来た時の様子ってどんなか知ってる?」
汐屋に尋ねられ、大石は本で読んだおぼろげな記憶を辿る。
「えっと、確か……巨大な隕石がぶつかって、その爆発で地球が出来たんだよな。それでその時はまだ地球は炭酸ガスとかで覆われてて、ほとんどが水だった。生命は存在してないんだっけ……? あ、そうだ。それから光が差すようになって酸素とかが出来て、単細胞生物が発生して陸地が少しずつ出て来て魚類、両生類、は虫類って感じに進化していくんだっけ?」
「うん、そんな感じ。それ聞いてどう思った?」
「どうって……すごいなあって」
「だよね。でもさ、普通隕石がぶつかって爆発して、その衝撃で生命が誕生すると思う?」
大石は想像してみた。
が、どう考えても粉々になった石のくずが宇宙に浮いている様子しか思い浮かばなかった。
「ーーー思わない」
「でしょ? なんかおかしいのよね……それで、この本読んでみたんだけど、ダーウィン自身進化論が確定的な論理じゃないことを認めてるのよね」
「えっ? そうなの?」
大石は驚いた。
「うん。こういうのを調べるのも面白いなあって思うんだ。私達ってただ教科書に書いてあることをさも本当のように教えられてその知識を鵜呑みにして、知らずに誰かを傷付けてるんじゃないかって思えてならないのよね」
「へえ……」
「あ、ごめん。変な話して……これでいつも友達に怒られるのよね。あんたの話はつまらないって」
「そんなことないよ。面白いよ」
「ーーーそう? そんな風に言ってくれたの大石君が初めて……」
汐屋の話に聞き入っていた大石は、なんだかわくわくしていた。
自分の知らない事を知る楽しさ。
人間は知的好奇心があるからこそ、こうやって現代まで進歩してきたのだと何かで読んだ。
まさにその通りだと思う。
ふと腕時計に目を落とすと、休み時間が終わろうとしていた。
「おっと、そろそろ昼休み終わるな」
大石の言葉に、汐屋は本をまとめて立ち上がった。
「そうだね。教室戻らなきゃ」
「あの、汐屋さん……」
「なに?」
「えっと……また、話せるかな?」
「え……?」
大石の突然の申し出に、汐屋は固まった。
「いや、なんかさ、汐屋さんと話してると色々と発見があって面白いなって」
「ーーー発見?」
「うん、俺の知らない世界を知ってるっていうか、何か新鮮なんだ」
「まあ、私は運動部じゃなくてネクラだからね」
「そういう意味じゃなくて……」
「分かってるよーーーうん、いいよ。私も大石君と話すの楽しいし」
「本当?」
喜ぶ大石に、汐屋はクスリと笑って手を振った。
「うん。じゃあ、またね」
「あ、うん。また」
今度いつ、どこで。なんて約束はしなかったが、すぐまた会える。
そんな気がした。
続く…
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