チェンジ・ザ・ワールド☆

雨の日に〜1−6

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1-6












 津田と別れ、加藤は昨日のカフェへとやってきた。中に入ると昨日と同じ店員がいたのですぐに捕まえる。

「すみません、警察ですけど……ちょっといいですか」

 男の店員は若い女性店員に何か指示を出して、すぐに加藤を振り返った。

「あ、昨日のお客様……」

 さすがに接客業だけあって記憶力がいい。まあ、あれだけ長時間カフェで騒いでいたのだ、忘れろという方が無理かも知れない。

「昨日の事でちょっと聞きたい事があるんですけど、いいですかね」

 加藤は店員の返事を待たずに写真を出した。

「これなんですけど、昨日俺達がこの店でしゃべってる時に外でこっちを見てた男に気付きましたか?」

 店員は写真を手に取り見ると、

「ああ、このおじさん……ずっと店の中を見てたから気味悪くって、覚えてますよ」

「ずっと? どれくらい見てたか分かりますか?」

 加藤の体を、ぞくりとする感覚が襲った。店員は写真を加藤に返しながらふと視線を上にやり昨日の記憶を探り出そうとしている様だった。

「確かーーーあ、そうそう、このショートカットの女性が外のテラスからいきなり中に入って来て騒がしくなって、外見た時は確かいましたね……それより前にいたかは……ちょっと記憶に無いですねえ」

「時間は何時ぐらいか分かりますか?」

「ランチのラッシュが一段落したぐらいだったから、一時前くらいだと思いますけど」

 加藤は昨日偶然この店の前を通り掛って岡部を見つけた時の事を思い出した。確か自分がこの店に入ったのは午後二時頃だった。この写真の映像が撮られた時間が二時半で、店を出たのが三時二十分頃だったから、多少うろうろしたとしても短くとも男は一時間半はこの店の向かい側から覗いていた事になる。

 おまけに自分はこの男に全く気付かなかった。

「もう一ついいですか? この男に見覚えは……?」

「いいえ、ありません。お客様でもこのような方はお見かけした事は無いと思いますけど」

「そうですか……どうも、ありがとうございました」





 加藤は店を出ると、すぐ向かい側の道路を渡った。道路とはいえ片側一車線の狭い道路だ。車の通りも少ないこの場所は楽に渡れる。

 男が立っていた場所に立って店を見てみる。なるほど、中の様子が良く見える。

 男が立っていた場所は空テナントの前で、しかも隣りはタバコ屋だ。座っているのは動くのかすら疑問に思える程こじんまりとした老婆だった。

 まあ、一応聞いとかないとなーーー

 加藤はぼりぼりと頭を掻いてタバコ屋の前まで歩いた。

 昔ながらのタバコ屋は、店先に自動販売機が三台と、何故かタマネギが軒先に吊るしてあった。窓に手を掛けて警察手帳を出すと、老婆はじろりと加藤を見上げた。

「こんにちは、お話聞かせて下さい」

 耳が遠いのか、老婆は加藤を見上げたまま動かなくなった。

「えっと、おばあちゃん、こんにちは!」

 今度は少し大きな声で挨拶をしてみる。

「ーーー銘柄は?」

 しばしの沈黙の後、老婆はやっと口を開いた。加藤は困った様に笑って、

「煙草買いに来たんじゃないんだよ、おばあちゃん! 昨日の事で話しを聞きに来たの!」

 老婆はやはり加藤を見上げたまま動かない。

「おばあちゃん!」

「……うるさいね、そんな大声出さなくっても最初からちゃんと聞こえてるよ」

 !?

 加藤は老婆の言葉に驚いた。

「人に物を尋ねるんなら、それなりのもんがあるだろ? ほれ、銘柄は?」

 目を丸くさせた加藤は老婆を見て、次には豪快に笑った。

「……はっはっは! ばあちゃん気に入ったぜ、その商売根性。そりゃそうだ、煙草も買わないやつとは口も聞けないよな……じゃあセブンスターを三箱」

 にやっと笑い、老婆はセブンスターを三つ出し、加藤から金を受け取ると釣りを渡し、自分の煙草を加藤に勧めた。加藤は老婆が差し出すハイライトを一本摘み、ライターを出して老婆の煙草に火を付け、自分の煙草にも付けた。

「……で、何が聞きたいんだい」

 ふうっと美味そうに煙草を吹かしながら、老婆が尋ねた。

「ああ、昨日の昼過ぎなんだけど……この男見なかったかい?」

 自分も煙草の煙をぷうっと吐き出し、懐から写真を二枚老婆の前に置いた。

「ーーーああ、この男か」

「知ってるのか!?」

 驚いた事に老婆は老眼鏡も付けずに写真を見、あっさりと男を覚えていると言った。

「知ってるって言うか、昨日そこの陰になってる所に何時間もずっといたよ……気味悪いったらありゃしない。何だい、この男何かやったのかい?」

「いや……じゃあ別に顔を知ってる訳じゃないのか……」

 落胆する加藤に、老婆は少しだけ目を見開いた。皺だらけの額がますます皺だらけになる。

「この男は多分この町の人間じゃないねえ」

「何で分かるんだ?」

 驚く加藤に、老婆は鼻から煙草の煙を出すと、

「何十年このタバコ屋やってると思ってるんだい。この写真の男くらいの年のガキどもは昔遊ぶ所といったらこの商店街ぐらいしか無いんだ、町の隅々のガキどもの顔なんてすぐに分かるよ」

 加藤は感心した。確かに昔は遊ぶ所は少なかった。小学生なら近所の公園でもいいだろうが、中学、高校と大きくなるにつれ繁華街で遊びたくなるものだ。自分達が子どもの頃でさえこの商店街くらいしか遊ぶ所がなかったくらいだ。この写真の男くらいの年齢なら、それこそこの辺で遊ぶ以外は山や川で遊ぶしかなかっただろう。

 しかしいくら小さい町とはいえ、顔を見てすぐに分かるなんて便利な人間もいたものだ。

「じゃあ、この男はこの町の人間じゃないって事か……」

「多分な、少なくともガキの頃から住んでた人間じゃないね。ここ数年引っ越して来たとかじゃ分からないからねえ」

 老婆は本当に美味そうに煙草を燻らせる。加藤も負けじと肺に吸い込むが、やはり美味しく感じない。

「ばあちゃん、美味そうに煙草飲むなあ」

 ふと言葉が出た。加藤の言葉に老婆はくっくと肩を震わせ笑う。

「馬鹿だねえ、煙草が美味い訳ないだろ。こんなに不味くて体に悪いもん、普通の人間は吸わないよ」

「はあ? じゃあなんでばあちゃんや俺は吸ってんだよ」

 ふうーーー

 と長い煙を加藤に吹きかけ、老婆は手元の灰皿で煙草の火を消した。その仕草が非常に緩慢で、加藤は老婆の周りの空間だけが緩やかに時を刻んでいる様な錯覚を覚えた。

「そんな事は自分で考えな……煙草飲んでる人間には何かしら本人なりの理由があるんだろうよ。あたしは煙草が好きだから飲むんだよ」

「ふうん……美味く無いのに好きなのか。変わってるな。俺は美味いから吸ってるんだけどな……ま、いいや。ばあちゃん、ありがと」

 加藤は自分も煙草を灰皿で消すと、老婆に礼を告げタバコ屋を後にした。






 ポケットに手を入れると、先程老婆から買ったセブンスターがかさりと当たった。

「煙草を吸うやつなりの理由ーーーか。そういや最近煙草が不味いな」

 煙草を吸う理由が無くなってしまったと、一人苦笑しながら加藤は商店街を抜けた。















 別れて聞き込みをしていた津田と合流し、お互いの情報を確認し合った。残念ながら津田の方は何の収穫もなかったらしい。

 仕方なく共に警察署に戻ると、加藤は課長に呼び出された。課長に呼ばれる時は大抵良からぬ事だ。加藤はあからさまに嫌そうな顔で課長の机に向かった。

「何でしょう、増田(ますだ)課長」

 加藤を横目で見ながら課長の増田は書類に判子を押し、長いため息を吐いた。彼の長いため息は不機嫌のサインだ。

「加藤、お前の現在の担当は何だ? 言ってみろ」

「市内連続婦女暴行刺殺事件です」

「……そうだよなあ。じゃあ聞くがお前今日は何をやってた?」

 やっぱり来たかーーー

「若い女性を監視していた不審な男を探すため、聞き込みに行ってました」

 増田は眼鏡を外し、目頭を指で摘むともう一度長いため息を吐いた。

「何でそんな勝手な行動をするんだ」

「自分自身でこの事件に何らかの関係があると思いましたので」

 増田は怒っていると言うよりも呆れた様に言った。

「お前が不審者を見つけたのはいい事だ。しかし、それを上司である私に何の報告もせず勝手な行動をしてもらっては困る。何かあってからでは遅いんだぞ」

「すみません、男が事件に関係があるのかきちんと調べて、確認してから報告するつもりでしたので……今後気を付けます」

 棒読みの様にまるで感情のこもっていない加藤の反省の言葉に、増田は今度は小さくため息を吐いた。

「ーーー反省してないな……まあいい、他に何も手掛かりは無いんだ、明日からは後藤、白川の二人もその男の捜査に加われ。それからきちんと私に連絡する事、いいな!」

「はいっ!!」

 増田の言葉に名前を呼ばれた二人は返事をし、加藤は頭を下げて踵を返した。

「こら加藤、誰がもう行っていいと言った」

 その場を立ち去る気でいた加藤は、増田に呼び止められ首だけでくるりと振り返った。

「その不審者に関する情報を全てまとめて、今日中に提出だ」

 加藤は顔を思い切りしかめると、はいと小声で返事をし、今度こそ増田の前から離れた。












                               第一章終わり。二章へ続く…











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