チェンジ・ザ・ワールド☆

倉持6日目・No.2

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私のやんごとなき王子様












 理事長と一緒にあちこちの部屋を覗く度に、忙しいはずの生徒ほぼ全員の動きが面白いように止まった。

 理事長は学園の生徒達(特に女子)にとっては憧れの人なのだ。まあ、私もきっと生徒指導担当じゃなかったらこの中の一人として理事長登場に目を輝かせていたんだろうけど。

 どっと人が押し寄せることはさすがになかったけど、お疲れの理事長を余計に疲れさせてしまったんじゃないかってずっとハラハラしっぱなしだった。








 一通り見終えると時間も昼近くになって、私達は食堂へと向かう事にした。


「すみません、理事長」


 自然と謝罪の言葉が出て来る。

 そんな私を不思議そうな顔で理事長は見て、困ったように笑った。


「どうして謝るのかな」

「まさかこんなに皆から注目されるなんて思ってなくって……息抜きにこっそり覗くつもりだったのに、結構話し掛けられたりして余計に疲れたんじゃないですか?」


 はあ~、本気で秘書失格だよ、もう……。


「僕は普段あまり生徒達と触れ合う機会がないからね、すごく楽しかったよ」

「本当ですか?」


 気遣ってくれる理事長に感謝しなきゃ。本当にこの人はよく出来た人なんだな。目の前の食事も皆と同じもので、特別メニューではない。こういった所も理事長が色んな界隈から注目される要因の一つなのかもしれない。


「君は、僕の知っている人に良く似ているね」

「え?」


 長い指で握るコーヒーカップが急に高級そうに見えるな、なんて思っていたら、何気なくそう言われた。


「いや、僕がまだ学生だった頃に同じクラスだった女性に似ているな、と思って」


 どんな所がですか? って聞こうと思ったけど、空回りして一人で落ち込む所。なんて言われたらショックだから黙って言葉の続きを待った。

 すると理事長も察したらしく、カップをソーサーに置いて続けた。


「何でも一生懸命で、真っ直ぐな所……そして人を気遣う優しい所がとても良く似ている」


 そう語る理事長の瞳はどこか遠くを見ていて、その女性の事を思い出しているようだった。

 チクリ……

 あれ?

 急に胸の辺りが疼いて、私ははっとする。どうやら理事長が思い浮かべるその見知らぬ女性に嫉妬しているみたい。

 情けないーー


「そんな褒めていただけるような事は何も……」

「朝からずっと僕の体の事を気遣ってくれてるじゃないか。寝てないって分かるくらい、酷い顔をしているのかな?」

「いいえ、そんなことないですけど、ちょっと疲れてるみたいに感じたので」

「ほら、優しい」

「ーーーー」


 これくらい普通の事なのに、私みたいな小娘にそんな言葉を掛けてくれる理事長の方が優しいと思う。

 恥ずかしさと嬉しさで手元のコーヒーカップを玩んでいると、そっとテーブルに誰かの指が降りて来た。


「お話中失礼します」

「おや、君は……」


 私と理事長が顔を上げると、そこに立っていたのは3年で同じ生徒指導担当の水原さんだった。


「理事長、お食事がお済みでしたら一度生徒指導の先生方と会議をしていただきたいとの事です」


 そう告げる水原さんの目は、理事長を捕らえて放さない。


「ああ、昨日の夜に全部終わらなかった分だね。分かった、行こう」


 そう言って立ち上がった理事長が、申し訳なさそうに私を見る。


「すまない小日向さん。先に僕の部屋に戻ってさっきの仕事の続きをしていてくれないか?」

「あ、はい。分かりました!」


 弾かれるように立ち一礼すると、理事長と水原さんが食堂から出て行く姿を見送った。

 ふうと息を吐いて座り、残ったコーヒーを飲む。

 あの目は知ってる。恋する人の目だ。

 先ほどの理事長を見る水原さんの瞳はまさにそれだった。

 憧れと尊敬と恋心を含んだ視線は、もしかしたら私のそれであるかもしれない。もしそうなら、理事長は気付いているだろうか? 気付かれているのならこれほど馬鹿らしい事は無い。

 理事長みたいな大人の男性が私みたいな子どもの相手をしてくれるはずはないけれど、でも水原さんみたいな色っぽい女の子だったら?

 ーーきっと敵わない。


「ああ、もう。ダメダメ、仕事しなきゃ……」


 自分に言い聞かせるように呟いて、私は何だか重たい体を引きずって理事長のスイートルームへと戻った。











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