チェンジ・ザ・ワールド☆

罠(美弦)No.1

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 「ともえさん、ちょっと」

「はい」


 日輪道場に来てから二週間以上が経ったある日の夕方、道場での練習を終えて片付けをしていたともえに、幸之助が声を掛けて来た。手を止めて座り直すと、ともえは幸之助を正面に見て背筋を伸ばす。


「ちょっとこれからお使いを頼まれてくれないか?」

「はい、喜んで。どちらへ行けばいいですか?」


 まだ東京へ来て日が浅いともえだが、この街の様子をとても気に入っていた。活気があって見た事のない洋服や髪型をした大勢の人や乗り物、建物も田舎ではお目にかかれないものばかりなのだ。


「橋を渡った通りに、弓具店があるんだが、そちらで弦と矢尻をもらって来て欲しいんだ。その分はもう代金も支払ってあるから、受け取るだけでいい。もし、ともえさんも欲しい物があったら一緒にもらって来なさい」

「分かりました、ありがとうございます! 行って参ります!」













 袴を着替えて日輪家を出ると、ともえは少しゆっくり歩きながら弓具店を目ざした。

 教えてもらった道順を心の中で復唱しながら、美味しそうな匂いを漂わせる菓子屋を覗いたり、追いかけっこをする子ども達を眺めながら東京の空気を満喫する。


「やっぱり東京は都会だな。安芸とは大違い」


 以前は武芸者で栄えたともえの故郷も、栄えたとはいえそこはやはり安芸の田舎。東京とは比べ物にならない。天下を統一した徳川家康が政権を置いた場所なのだ、あらゆる地方から人が集まり、独特の文化を築き上げて来た。

 廃藩置県が発布され、学制も広がり日本は大きく様変わりをした。弓道のような武芸は、もはや国を守る為の戦の糧となる時代ではなくなったのだ。

 幸之助と笠原限流が意見の食い違いを見せるのも詮無い事かもしれない……。

 そんな事を考えていると、目当ての弓具店が見えて来た。



 「御免下さいー」


 引き戸を開けると、そこは弓具が所狭しと並べられていた。


「うわあ、すごい!」


 田舎の弓具店とはその種類も数も比較にならない多さで、ともえは楽しくなった。


「いらっしゃいませ」


 奥から顔を出した店主に、ともえは直ぐさま頭を下げる。


「こんばんは、日輪道場の使いで来ました」

「おや、あなたが那須さんの娘さんですか?」


 店主は笑顔でともえを向かえてくれた。


「父をご存知なんですか!?」

「ええ、昔東京で修行をしていた時分に、よく家に見えてましたから。ああ、幸之助さんのお使いでしたね、用意しますから、ゆっくり見ていてください」

「はい! ありがとうございます!」


 随分と人当たりの良い店主に元気よく答え、ともえは弓や弦、ゆがけ、矢、矢筒など、じっくりと見て回った。

 ふと、一本の弓が目に留まる。


「何かお気に召したものがありましたか?」


 荷物を風呂敷にまとめて戻って来た店主を振り返り、ともえはその目に留まった弓を指差した。


「この弓、とても美しいですね」

「ああ、これですか。家が直接お願いして作って頂いている弓なんですよ。良かったら手に取って弓を引いてご覧なさい」

「いいんですか?」

「もちろん、使って頂く為の弓ですからね」


 店主が弓を取ってともえに渡す。それを受け取ると、思ったよりも軽くて程よい重さがあった。弓を構え弦を引く。どんどんとしなって行く弓の感触に、ともえは引き切った弦を弾いた。


「すごくいい感触です!」

「ふふ。お父様の弓を引く姿に良く似てらっしゃる……そうだ。その弓は私からあなたへ贈らせて頂きましょう」

「えっ!? でもっ、こんな高価なものを頂く訳には……」

「いいえ、いいんです。あなたのお父様には良くして頂きましたから、是非、贈らせてくださいまし」

「―――あのっ、ありがとうございます!」


 深々と頭を下げると、店主は嬉しそうに目を細めた。


「あなたに使って頂けるなら、私も嬉しいです。またいつでも遊びにいらしてください」

「はい、もちろんです! 本当にありがとうございました!!」


 東京に来て、過去の父を知る人物に出会い良くしてもらえた事で、ともえは父を見る目が変わった。


 元気にしてるかな、父上―――

 手紙を書こう。そう思いながら、ともえは弓具店を後にした。









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