チェンジ・ザ・ワールド☆
はじまり・No.3
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はなもあらしも
道場内ではすでに何人もの弟子達が次々と弓を放っていた。
邪魔をしないように隅の方へと足を進めようとすると、真弓がパンパンと2回手を打ち鳴らした。その音を聞くと弟子達は弓をおさめ、真弓とともえの元へと一斉に駆け寄ってきた。
「みんな、今日からこの道場で一緒に弓の道を学ぶ事になった那須ともえさんだ」
「安芸から参りました、那須です。よろしくお願いします!」
ともえが元気よく頭をさげると、皆も礼儀正しく頭を下げた。
「那須さんがこの道場に一日も早く慣れ親しめるよう、皆よろしく頼んだよ」
「「はいっ!」」
きちんと教育された弟子達の気持ちの良い返事に、ともえは弾むような心地で胸がいっぱいになった。
「それじゃ、早速始めてみるかい?」
「はいっ!」
返事をすると、ともえは弓をぎゅっと握りしめた。
日輪道場には近的場も遠的場も設置されているが、通常は今ともえ達がいる近的場を使用している。同時に15人まで的前に立てるこの近的場は故郷の道場のそれの倍は大きく、その前に立つと少しばかり自分が緊張しているのをともえは感じた。
(大丈夫)
目を閉じて小さくそう呟くと、一つ大きく息を吐いた。
立射の構えを取り、弓を引く。右腕にギリギリとした馴染みの負荷がかかってくる。
(いける!)
次の瞬間――ともえの手から放たれた矢は、タンッという小気味の良い音と共に見事に的を射ていた。
「お見事」
真弓が後ろから声をかけた。
弓は決して中心を射たわけでは無かったが、それでも長旅直後である事や慣れない環境を考慮すると、ともえの腕は確かなものといえる。
「有難うございます!」
ともえは嬉しそうにそう答えた。やはりともえは弓道が好きだ。弓を握ると体に充足感が満ちていく。
ともえはその後も、何度も何度も弓を放ち続けた。
日が暮れ、その日の練習が終わった。
道場を後にし、ともえは再び真弓に部屋まで送って貰う事になった。
「どう、日輪道場は?」
「はい! とても楽しいです!」
「楽しい? それは良かった」
ともえの無邪気な答えに、真弓は嬉しそうに目を細めた。
「この後、道真達と食事をとるんだけど良かったら一緒にどうかな? それとも疲れているだろうから、食事は部屋に運ばせた方がいいかな?」
「いえっ、ぜひご一緒させて下さい!」
真弓は常にともえの事を気遣ってくれる。その優しさが有難くて、ともえは誘いを受けた。
「良かった、皆も喜ぶよ。ん、あれは――――」
そう言うと真弓が遠くの方へと視線を馳せた。その視線の先へとともえも目を向けると、少し離れた場所に初めて見る人影があった。
「兄上」
兄上――と言われたその人影は、こちらに目を留めると優雅な足取りで二人の元へとやってきた。
とても端正な顔立ちのその男は、長く伸ばした髪をゆったりと結び、上品な着物を品位が下がらない程度に上手く着崩している。だが弓道一家である日輪家においてその姿は、一種異端のようにも見えた。
「や、そちらのお嬢さんが例のともえちゃんかな?」
顔を見るなりそう口を開いた男の、良く通るバリトンの声がともえの耳をくすぐった。
「はい、そうです。ともえちゃん、僕の兄上の垂司(すいじ)です。年齢は二十五歳」
「お世話になります、那須ともえです」
「この家には女っ気がなくてねぇ、たまに来てくれる美琴ちゃんだけが花だったんだが……これからは毎日キミという花がお目にかかれるわけだ。これはもう少し家にいる時間を増やすべきかな。よろしくね、ひまわりのように愛らしいともえちゃん」
「えぇ!? あ、あのっ」
初対面にも関わらず、いきなりそんな事を言われたものだから、ともえはドギマギして思わず目が泳いでしまった。武芸一筋できたともえにとって、男性にそんな言葉を投げかけられたのは初めての事だったのだ。
「兄上、ともえちゃんが困ってますよ」
「おっと、これは失礼。しかしな、真弓。可愛いお嬢さんを前にして挨拶だけして立ち尽くす、あるいは立ち去る―――そんな事はお前、もはや罪の領域だと思わんか?」
「兄上、そのお話はまた後ほど……。食事会にはこられますよね?」
「ともえちゃんは来るのかな?」
二人のやりとりを茫然と眺めていたともえは、急に話をふられて再び心臓が跳ね上がるような思いがした。
「はいっ、あの、参加させて頂きます」
ともえがそう答えると、垂司は満足そうに頷いた。
「なら参加しない手はないな。それじゃ、また後でね」
垂司はそう言うとともえの肩に軽く手を触れてから立ち去って行った。
「……驚いたでしょう?」
垂司の後ろ姿を見送って、真弓が遠慮がちな声を発した。
「はぁ……、少しだけ」
本当はすこぶる驚いてしまったのだが、なんかとか顔に出ないようにとともえは努めた。
「気を悪くしないでやってね。兄上は悪い人ではないから」
「はい、勿論です」
多少驚きはしたが、嫌な感じはなかった。ただどこか飄々としていて掴めない人だなぁと、ともえはそう思った。
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