チェンジ・ザ・ワールド☆
act.3(明月院)
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就職難民 黙って俺についてこい!
ここは会議室。そして私は新製品についての説明を部屋の前の大きなモニターで熱心に行なう開発部の人と、出席者全員の手元に置かれたノートパソコンの資料を交互に見ながら、しっかりと脳みそに内容を叩き込んでいた。
出席者は社長を始め、企画部、営業部、開発部、音楽制作部、写真映像部など、新製品に関わる部署のほとんどから1、2名が出席していた。
チラリと隣りに座る明月院さんの横顔を伺うと、真剣な表情で開発部の人の説明を聞いていた。こんな会議にまじめに出席するのがちょっと不思議。本当に奇麗な顔。
はっ!? 何考えてるのよ、私! 今は会議に集中集中! そう気持ちを切り替えると私は、新製品についての説明を部屋の前の大きなモニターで熱心に行なう開発部の人と、出席者全員の手元に置かれたノートパソコンの資料を交互に見ながら、しっかりと脳みそに内容を叩き込む作業に集中した。
出席者は社長を始め、企画部、営業部、開発部、音楽制作部、写真映像部など、新製品に関わる部署のほとんどから1、2名が出席していた。
「今度のリップグロスのテーマは自然との調和です。カラー展開は全部で6色。その中でもメインになるのが、こちらのコーラルです」
モニターの前で開発部の人が試作品のグロスを取り出し、皆によく見えるように掲げる。
「開発部は研究に研究を重ね、日本人の肌にもっとよく馴染むこのコーラルグロスを作り上げました。ただナチュラルなだけではなく、このグロスには光の加減による3D効果が上がるよう、パール成分を配合しています。これにより、よりふっくらとした潤いのある唇を実現出来るのです」
開発部の人は自慢の新製品を実際に着けた女性の映像をモニターへと流す。
その映像に思わず心奪われた。いいなぁ、欲しいなぁ、これ――なんてただの一人の女の子として、そんな事を思ってしまう。
「それでは次、営業部春日より、説明を行ないます」
「はい」
そんな事を思っていると、左にいた春日さんが静かに立ち上がり、モニターの前へと進んだ。慣れた様子でモニターの横に置かれたパソコンを操作して画面を切り替える。
「今回の新製品はリップグロスという事で、私ども営業部では若者に人気の商業施設を中心に売り込みをしようと考えています」
皆の前へと進み出た春日さんは、私に見せる意地悪な表情とは別人のように見える。可愛らしい顔立ちが、凛々しくさえ見えて、思わずそっと息を飲む。
「同時期に発売されるライバル社の秀麗の化粧品のグロスと比べ、わが社の方が優れていると担当者に掛け合い、より多くの売り場のメインとして置かれるよう働きかけます」
確かに場所って重要だよなぁ。ドラッグストアなんかでも色んな会社のが揃ってると、やっぱりメインで大々的に宣伝されている所に目がいくもん。そっか〜、こういう仕事もあるんだなぁ。本当に私って知らない事ばっかりだ。
「また大手デパートなどでは、メイクアドバイスなどを積極的に実施し、より多くのお客様にこのグロスを体験して頂くつもりです。一度使ってさえ頂ければ――この商品がいかに優れているは分かって頂けますから」
そう言うと春日さんは先ほどまであの場所にいた開発部の人に向って、不敵とも言える程に微笑んだ。その微笑みに、開発部の人も強く頷き返す。
「営業部が力を入れたいと思っていますのは、売り場への直接的な働きかけと、美容部員達への徹底した売り込みの教育です。こちらは教育部との連携で行っていきます」
「次は写真映像部より、市来が説明いたします」
進行役の言葉に、市来さんが立ち上がる。春日さんと違って市来さんって本当に大きいよね。男の人! って感じがする。
そんな市来さんは少し眠そうな目で新製品のコンセプトをもとに、どういった感じの写真を撮るか簡単に説明をした。いくつか候補の写真を撮って、その中から選ぶらしい。腕が良いカメラマンでも、会社のGOサインが貰えなきゃダメなのね。本当にひとつの商品を作って店頭に並べるまでにこんなに多くの過程を経て、多くの人たちが関わって努力しているんだなあ。なんだかすごい、感動しちゃってる私。
市来さんの次は音楽制作部の明月院さん。ゆっくりと立ち上がって、その場でマイクを持って静かな声で話しはじめた。
「こちらは最初にサンプルを頂いた商品のイメージから、テレビやラジオ用の音楽と店舗で流す音楽を作ります。特に要望がなければインストにする予定です。何かあったら連絡をください」
こちらは相変わらず無愛想にぼそぼそとしゃべっている。綺麗な顔しているから、余計に不思議な雰囲気を醸し出すんだよね。
商品のイメージから音楽を作るって、すごく大変そう。私じゃ全然思いつかないけど、明月院さんは浮かんじゃうんだろうなあ。なんかそれだけで尊敬。
一通り説明が終わった所で、社長が立ち上がった。
「今回の商品はとても重要なものとなる。我が美成堂が国内、アジアだけでなく、ヨーロッパやアメリカなど広く海外へと進出する足がかりとなるという事を全員肝に銘じ、それぞれの仕事に全力を尽くしてもらいたい。ライバル社との厳しい商戦になるだろうが、君達を信じている。以上」
社長の声がしんとした会議室に響き、全員が一斉に立ち上がった。私も急いでそれに倣う。
「それでは今日の会議はここまでとなります。次回の会議は一週間後です。よろしくお願いします」
進行役の締めの言葉に、それぞれが会議室を後にし始めた。
「あ、待って下さい」
さっさと会議室を出て行く明月院の後を追いかけて、私は先ほどの会議で感じた事を話し出した。
「商品のイメージから曲を作るというのがピンと来ないんですけど、今まではどういう風に作っていたのか、良かったら教えてもらえますか?」
「別にいいけど」
「ありがとうございます。私、美成堂のCMとかで流れる曲大好きなんです。素人の私が言うのも失礼ですけど、繊細で洗練されてて力強くて、商品のイメージにすごく合ってて、とても魅力的だなーって」
「ふうん」
あれ、何かまずい事でも言ったかな?
口を噤んだ明月院さんの横顔をそっと確認しながら、音楽制作部屋へと戻る。
明月院さんは大きな機械の前に座ると、足もとに無造作に置かれた段ボールの中からCDを取り出してセットした。
「―――あ、この曲」
流れて来たのは最近CMで良く流れている美成堂のアイシャドウの曲。これは歌が入ってて、ちょっとクールな大人の女性のイメージなのよね。女優さんもキリッとしててかっこいい人が起用されてる。
「例えばこの曲。きみはどう思う?」
「え? はい、クールな雰囲気で、この時のアイシャドウの茶系に良く合っていると思います。強くて出来る女性! という感じがするというか……」
「うん。この時のコンセプトは“強い大人の女性”だった。きみの感じた事は間違いじゃない」
良かった。なんか褒められてるのかな?
「今度のリップグロスだけど、きみのイメージは?」
「私のですか? そうですね……柔らかくて楽しい気持ちになるっていうか、可愛らしいイメージです」
「ふうん」
―――あれ? それだけ?
何も言わなくなった明月院さんをじっと見つめていると、急に立ち上がった。
うわ、びっくりした。
そして無言で分厚いドアを開け、隣りの部屋へ入って行った。
そこにはグランドピアノが置いてあって、明月院さんが静かに鍵盤に指を掛けた。
防音だから何を弾いているのかは分からなかったけど、その姿はとても悲しそうで、苦しそうだ。さっき大嫌いと言っていた事と関係があるのかな?
どうしてこんなに素敵な音楽を作れるのに、仕事が嫌いだなんて言うんだろう?
それからもう、明月院さんは終業時刻になってもグランドピアノの部屋から出て来る事は無かった。
私は仕方なく先に帰る旨を紙に書き残し、部屋を出る事にした。
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お帰りの際は、窓を閉じてくださいv
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