『恋と二号』 By水瀬 薙さん




  一ヶ月が経った。

  新しい世界。

  ご主人様や愛紗たちと一緒に新しい生活。

  最初は覚えることが多すぎて疲れた。

  でも、ご主人様がいるから……うん、それだけで楽しい。

  恋ことを見てくれる。

  恋のことを可愛がってくれる。

  それだけで恋は幸せ。

  だから、この生活は楽しい。

  友達は沢山できた。

  学校に、いっぱいみんなが住むところがある。

  みんなのご飯も、学校でいっぱい出してくれる。

  新しい友達を連れてきても、恋が世話をするから用意してくれる。

  みんなと一緒にいると楽しい。

  楽しいことでいっぱい。

  でも……一つだけ、哀しいことがある。

  セキト。

  恋の大切な友達。

  一番大切な友達。

  なのにセキトはいない。

  どこにも、どこを探しても……セキトはどこにもいない。 

  哀しい。

  セキトに会えないのは、とてもとても哀しい。

  ご主人様に言うと、淋しそうな顔をして頭を撫でてくれる。

  恋を抱きしめて、いっぱいいっぱい頭を撫でてくれる。

  それは嬉しいことなのに、とても哀しくなる。

  ぽっかり胸に穴が空いたみたいで、絞め付けられたように苦しくなる。

  一ヶ月もセキトに会っていない。

  どこにもいないから、恋はセキトと会えない。

  段々段々、恋の胸に空いた穴が大きくなっていく。

  すると段々段々、いっぱい苦しくなっていく。

  ……そんな、ときだった。

  セキトと似た友達に会ったのは……



     ◇



「は~~~~~」

  自室のベッドにダイブしながら、身体に溜まった疲れを吐き出すように、肺の空気を全て吐き出した。

  事実、疲れたから。

  もっと言えば、今の今まで疲れるようなことが置き続けているから。

  仕方ない、と言えばそれは仕方ないことだ。

  なんたってこれは、俺、北郷一刀が望んだ全ての結果が引き起こしていることなのだから。

  皆と一緒にいたいと願った、大きな望みの結果。

  俺が皆と戻った新しい外史。そこは俺が通っていた聖フランチェスカがある、皆が知らない常識を基準とした世界。

  そんな皆に世界常識や、学校の勉強などを教え続けてきた俺は、心身ともに疲れに疲れ、それでも楽しく幸せな毎日を送っている。

  だけど、やはり休養というものは必要なわけで、今日みたいな日曜の昼は、一人でしっかりと休まなければならない。

  なぜ、しっかり休むのが夜ではないかというと……毎晩毎晩毎晩毎晩夜這いされるわけで……据え膳食わぬは男の恥という言葉があるわけで……男の性というものがあるわけで……結果的に夜は疲れるわけで……うん、後は察して欲しい。察してください。

  そんなわけで、昼は皆からの誘いを上手く躱しながら、ゆっくりと休養をとらなければいけない。でないと持たない。主に夜が。

  鍵もしっかりと付けているからおっけ。

  鍵をもし外側から開けようとしても、最近紫苑がピッキングもとい、本人曰く愛が成せる鍵開け技術を用いても攻略不可能だ。

  なので俺は、ゆっくりと休養を取るため夜までダラダラベッドの中で寝るの――

「……開かない」

 だ……、と考えていた瞬間、ガチャガチャと扉を開けようとする音。そして声。

  この声は、恋?

「壊れてる……? なら、壊す」

  と、穏やかな声とは裏腹な、とてーも穏やかじゃない言い草。

  って、

「れ、恋! 壊すな! 壊すな! 今開けるから!」

「ご主人様? 中にいる?」

「いるいるいるいる! いるから壊したら駄目だぞ! 壊れてないんだから!」

  忠告はしたものの、いつ壊すかもわからない恋の行動。

  本当に壊してしまう前に、迅速に鍵を開けなければ。

「……ふー。入っていいぞ、恋」

  鍵を開け扉を開け、なんとか部屋の扉を壊されずに済み、恋を中に招き入れる。

  この瞬間だけで精神力が削られた。星の海3ではMPが0になっただけで死ぬが、その理由、今なら痛いほどわかってしまう。

  布団に腰をかけ、ようやく後ろにいる恋に振り返る。

  と。

「…………」

  恋は、一匹の犬を胸に抱えていた。

「れ、恋。その犬は……?」

  またどうせ拾ってきたんだろうが、念のため聞いてみると、

「セキト二号」

  なんて、当たり前のように答えが返ってきた。

  俺は、その名前に思わず口を開く。

「セキト、だって?」

「…………(フルフルフルフルッ)」

  言葉の復唱に、首がもげそうな勢い髪を揺らされた。

「セキト、二号」

「二号、か」

「…………(コクッ)」

  今度は頷いた。

  どうやら二号という単語は、是非とも必要なよう。

  でも確かに、二号の名を冠せるほどに、その犬はセキトに似ている。

「で、そのセキト二号、どうしたんだ?」

「そこで…………会った」

「今絶対説明面倒だから省略しなかったか!?」

「……………………(フルフルッ)」

  はい、素直なお答えごちそうさま。やっぱり中身を省略したか。

  ……不意に、ドタバタと外が騒がしくなる。

「鈴々! あの犬は見つかったか!?」

「ううん。こっちにはいない! 愛紗のほうにはいないの!?」

「ああ。こっちにはいない!」

「う~~、あの犬め! 鈴々たちのお菓子を食べた怨み、絶対晴らしてやる!」

「そうだ! その粋だ鈴々! あの犬畜生めに思い知らせてやる!」

  ……中身は、省略していないな。うん、本当に、ただそこで出会っただけだな。

  怖いので中身は省略していないということで、俺はこれから恋と話したいと思う。

「それで、そのセキト二号をどうするんだ?」

「大切な友達」

  そんなことは微塵も聞いていない。

「だから一緒に住む」

「住むって……ここって動物飼っていいのか?」

  ……ふむ。まずはそこからの疑問に入ってしまうけど……うん、別にいっか。わざわざ聞きにいくのも面倒だ。

「まあ、恋がちゃんと世話をするんならいいけど……大丈夫なのか?」

  愛紗とか鈴々とか愛紗とか鈴々とか愛紗とか鈴々とか。

  なにやら必死こいて、お菓子を取られた怨みを果たそうと必死になっている武将二人。あの二人から、果たして守りきれるのか、恋は?

「大丈夫。セキト二号は大切な友達」

  きっと俺の心意を察しないで大丈夫と言っている恋。

  でも……うん。いいか、別に。

  恋は新しい外史に来てから、セキトがいないことに相当沈んでいた。

  皆がいるのに、とても大切だった友達がいない。その事実は、恋の心に大きな隙間風を作っていた。

  それは日に日に大きくなっていく。

  恋の淋しそうな顔を見ていると、それが痛いくらいに実感してきた。

  だけど新しい恋の友達、セキト二号さえ恋の側にいればその隙間風も塞がっていくかもしれない。

  いくら俺が側にいてあげても埋められなかった隙間。

  それをこのセキト二号に託したいと思う。

  ……まあ、皆にセキト二号を飼うことを言う際、若干俺が某二名により地獄を見せられるだろうが……恋が元気になるためならそれくらい安い物だ。きっと財布が軽くなるだろうが、そのくらい軽い。

「よし、それならセキト二号のことは後で皆に言っておいてやるから、ちゃんと世話するんだぞ?」

「…………(コクコクッ)」

  パッと咲く、花のような恋の笑顔。

  一見するとただ微笑を浮かべているだけに見えようが、恋にしたらそれは凄い笑顔だ。

「ありがとう、ご主人様」

  瞬間、恋がセキト二号を下ろすなり、俺の身体にダイブしてきた。

「れ、恋!?」

  セキト二号は犬なのに、猫のように頬同士を擦り合わせてくる。

  あんなにも強いのに、筋肉の付が見られない華奢な女の子の身体。

  ほぼ条件反射で背中に手を回し抱きしめてしまったが、それが裏目に出た。

  数秒間の頬擦り後、すぐに口を重ね俺の口内を貪り始めた。

  それから一分。

「っぷぁ!」

  恋の味しかしなくなった口内。

  いつにも増して積極的にことを行ってきた恋は、ただ一言。

「恋、ご主人様にお礼する。今日は恋が、ご主人様を気持ち良くする」

  ……こんな真昼間からですか?

  こういうのは夜は実践、昼は研究というのがスター理論で成り立っているわけで、さすがの俺もこんな真昼間からやるのはあれかと……

  いや、でも恋からだぞ? 恋からしてくれるって言うんだから、それを断るのは勿体無――改め申し訳ない。

  今日の夜もどうせ夜這いされるのはわかっているから、今からやるのはきついんだけど……恋のキスにうちの息子が限界なわけで……

「ぁ~~…………ありがとうございます」

  こういうしか無いわけで、

「…………(コクッ)」

  されるがままに、チャックが恋の手にかけられた。

  同時、

「失礼します一刀……さ――」

「お兄ちゃ――」

  二人が、くるわけで……

「あ……」

  そういえば恋が入った後鍵かけ忘れたと思い出すわけで……

「…………」

  気にすることなく恋はチャックを全開にするわけで……

「わんっ!」

  セキト二号が吼えるわけで……

「か、か、か、か……一刀様! それはもう色々とお話があります!」

  ……この後のセキト二号への怒りは一転、全てが全て、不条理な怒りと共に俺に向けられるのであった。

  後に俺は語る。

  あれは、完全なる修羅場だった。

  そしてセキト二号への罰は、全て俺が払うこととなった。財布から。

「わんっ!」

  恋のためを思えば……やっぱり安く……安く……やす――





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最終更新:2007年03月13日 20:29