LASではない第四話

言いすぎた気がしないでもない、とアスカは思う。
あれからシンジとは口を聞いていない。
正直なところ、気にならない訳じゃない。
しかし自分から折れるには妙なプライドが許さず、根本的に関心を示したりすら出来るものではない。

そんな状態が続いたある日のこと、シンジが泊まりがけで遊びに行って帰ってきた。
ミサトには「トウジやケンスケと遊びいってくる」と告げていたが……これでは気にせずには居られないではないか。

(女子更衣室にて)

おたがい、後ろ向きで着替えをするアスカとレイ。
二人きりになると会話の弾む関係ではない。でも、やっぱりシンジのことも気になる。
シンジとは口をきけない状態なのだ。レイから聞き出そうにも、気安く声もかけられない。
でも、なんとなくチラ見してしまうアスカ……しかし、そこでアスカが気付く。
むしろレイの方がこちらをチラチラと見ているではないか。

「……なんか用?」
そう言いながら、ダンッとロッカーを閉めるアスカ。
まあ、別に相手を脅すつもりは無いのだろうが。

そう言われて、レイはアスカの方を振り向く。
しかし、やや目を伏せたかと思うと、ゆっくりと顔をそらしてしまう。


アスカはそんなレイの態度を見て、
「あっそ。なら良いのね?アタシ、帰るから。」
と、愛想を尽かした振りをして出て行こうとする。

ようやく、レイは一言。
「待って。」
「何よ。」
「碇君、その……大丈夫?」
「……なんで?」
「……」

ふうっとアスカは溜息をつく。
やっぱり興味が無い訳じゃない。ここは素直に自分の気持ちに従う気持ちになったらしい。
しかめっ面をゆるめて、レイの側に近づいた。
「時間ならあるから話してみなさいよ……ここじゃちょっとアレね。
 とっとと着替え、済ませなさいな。行くわよ?」

で、場所変え。帰り道の公園らしき場所。

「はい。」
と、親切にもジュースを買って手渡すアスカ。
レイは代金を渡そうとするが、アスカは手を打ち振って拒否を示す。


「こういう場所にでも来ないとね。あんなNERVの建物なんかじゃ、どこにマイクが仕込んであるかわかりゃしない。」
パキンとジュースの蓋を開けながら、ため息混じりにアスカはつぶやく。
やや間をおいて、レイはそれに対する返答をぼそり。

「確かに……私もあなたも監視されてるから。」
「今、こうしてることも?」
驚くアスカに対して、こくん、とレイは頷く。

そうと聞いてアスカは周囲を見渡す。が、周りに人影は見あたらない。
しかし、ここは新生の第三新東京市。どこに何が仕込まれているか知れたものではない。
こんな町はずれの公園でも。

それでもアスカは、今さら気にしてもしょうがない、と開き直ってレイに問う。
「それで、アイツとはロクに会話しなかったとか?……ああ、シンジからアンタを色々と連れ歩いたことを聞いててさ。」
「それは……」
「ん?」
「……」

なかなか打てば響くように進まない会話。アスカは少しじれったく思う。
しかし、だからといってせかす訳にもいかない。それに話したいと思っているのは相手の方。
寡黙なレイが相手だ。ここは気長に構えるしかないとアスカは腰を据えた。



そんな無言のプレッシャーをアスカから受けたせいか、ようやくレイはポツリ、ポツリと話し始める。

「私はそんな中で育った。NERVの沢山の人に見守られながら私は育った。
 女の子らしいことなんて何も知らない。
 デートとか言われても何も知らないし、判らない。
 でも、そんな私と映画を見に行こうって、碇君が誘ってくれた。
 映画なんて見たこと無かったけど、何故だか判らずに誘いに応じた。
 何故だろうと考えてたけど判らない。
 もしかしたら、碇君が誘ってくれたのが不思議だったからかも。
 NERVに閉じこもっているだけの、何も知らないこの私を。」

アスカにしては珍しく茶々もいれずに相づちを打つことすら遠慮して、レイの長台詞を聞いていた。
私は聞きたいことはそんなことじゃない、とは考えていたのだが。
しかし、そのまま辛抱強く聞き入る中で感じ始める。
静かな声で語り続けるレイがまるで別人と化していくのを。

「見た映画はセカンドインパクトの話。私が生きてきた14年間と丁度おなじ長さの映画。
 国連の発表と同じ大質量隕石の衝突が原因で起こったという、事実とは異なる話だったけど、
 映画の主題からして、そんなことはどうでもいいことだった。
 人口の半数を失うという被害を受け、その地獄の中から立ち上がり、再び近代社会を取り戻す人々の姿。
 それは嘘でも何でもない、実際の映像を交えた本当の話だとか。でも、多少の脚色されているかもしれないけれど……
 私はそれを複雑な気持ちで見ていた。それに比べて私の14年間はなんだったのだろう。私は……」


ここで流石にアスカは音を上げた。
「ちょ、ちょっとタンマ!いったいアンタの話はどこまでいってしまうのよ?」
「……ご免なさい。」
「まったく、アンタと出会ってから原稿用紙一枚分もアタシと会話したこと無かったって言うのに。
 まさか、それがアンタの本性って訳?だったら、なんでシンジとちょっとぐらいお話しして……ん?」
「……」

アスカはそこまで鈍くはない。
今のレイの沈黙でピンと来たらしい。

「ファースト?まさか本当は……シンジにもその勢いで喋り倒してたって訳?」
「……」
「あー、言わなくても良いわよ。シンジには話せて、このアスカ様には話せない内緒話をしてたって訳でしょ。
 アタシだってそんな野暮じゃないわ。別に話の内容は言わなくてもいいけど、そういう訳ね?」

そのアスカの言葉で、ようやく頷くレイ。
それを見て、アスカは渋い顔で大きな溜息。

「そういうことね……あのヴァーカ!なーにが、『うん』『そう』『さよなら』しか言わなかっただぁ?ったく。
 あの馬鹿は、アンタの秘密を守るために、アンタが無口だからって押し通そうとしてた訳か。」
「あの……誓って言うけど、それは全て私の話で……あなただから話せない内容だから、という訳じゃなくて……」
「はいはい。よかったわねぇ、あんたのカレシの口が硬くってさ。で?」


アスカから先を促されて、さらに語り続けるレイ。
はたしてレイに火をつけたのはアスカか、それともシンジだろうか。その口調は更に勢いを増してくる。

「全部を話すわけにはいかないけれど……
 碇君は私の話を全て聞いてくれた。
 自分では、これでいいと思っていた。
 このままでいい、と思っていた。
 こうするしかない、と思っていた。
 それを全て碇君に話した。
 それを聞いた碇君は否定すると思ってた。
 もう止めろ、そこから逃げろ、と言うんじゃないかと思ってた。
 でも……

 でも、碇君はそんなことは言わなかった。
 逃げろとも、逃げるなとも言わなかった。
 逃げられない私のことを、碇君は判ってくれた。
 そして、ただ一言だけ言ってくれた。
 この私と一緒に居たいと、言ってくれた。
 こんな私と一緒に居てくれると、そう言って私の気持ちを抱きしめてくれた……

 遊園地に行ったときも、そんなことばかりを話していた。
 碇君は私の話を熱心に聞いて、そしてありのままの私を賢明に受け止めようとしてくれていた。


 なんだか碇君に悪いことをしたと思う。そして、あなたにも。
 碇君は私を普通の女の子として扱うために、あなたに相談してまで連れてきてくれたのに。
 そして自分の乗りたい物もあっただろうに。普通の女の子とデートするみたいに。

 でもせっかくだからと碇君に何か乗ろうと言ったとき、彼が選んだのは観覧車。
 まだまだ話をしようよって、そういうつもりだったんだと思う。
 でも、ゴンドラが上がり始めたときに、もう私は何も話せなくなった。
 あまりにも……あまりにも夕日に照らされた街が綺麗で……
 よく判らないけど何だか……初めて世界をこの目で見たような、そんな気がして……」

「それで?次はどこに行ったの?」
そう促すアスカの顔からは険しさが消え、優しい笑顔さえ浮かべていた。

「一緒に星を見に行こうって……でも、私達の監視体制の中でそれは無理だと思った。
 でも、とても断る気にはなれなかった。
 今一度だけで良い。明日にでも終わるかもしれない私達だからこそ。
 だからこそ少しだけでも良い。同じ夜を過ごしたいと……そう思ったから。」

その言葉を聞いて、アスカは想わず目を伏せる。
確かに自分達は命がけの戦いを強いられている。
しかし、ならば使徒に打ち勝てばそれでいいのではないか、とも考える。
「何も知らないアスカ」には少し腑に落ちない話だった。


「そして、二人でカップラーメン食べて、
 一つしかない寝袋を碇君は私に貸してくれて、
 そして二人で並んで寝そべり、夜空を見上げていた。
 いつまでも、いつまでも、今度は何も話さずに。

 そうしていると、私は想わずにはいられない。
 私達の住まう星は、幾万の宇宙の中では塵芥の一つでしかなく、
 この星の深い歴史は、永遠に広がる宇宙の時の中の刹那の如く、
 使徒と呼ばれるこの星の古き者共の力は、偉大なる宇宙の煌めきに比すべき程ではなく、
 その運命に揺さぶられる私達など虚無の存在に等しく……

 そんな物思いにふける私に、碇君は言ってくれた。
 こんな広い宇宙の中で私と出会うなんて奇跡に等しいことだね、と。
 それを聞いた私は初めて思った。
 私は逃げたい。あの人から離れて碇君と一緒にどこまでも行きたい。この奇跡を絶対に失いたくない。
 決してこの手を離したくない。今、この瞬間に碇君が行こうと言ってくれたなら、と。
 一瞬、私は本気で心に決めた。本気で私から碇君の手を引いて、そして……

 でも、そこまでだった。」

じっと黙って聞いていたアスカであったが、そこで口を出さずにいられなくなった。
「そこまでって……どうしたのよ。」


「私の監視が、タイムアウトを告げに……」
「ああ!?何それぇ?」

思わず目をむき、大声を上げるアスカ。
それとは対照的にレイは哀しい目で顔を伏せる。

「その後、私達はNERV本部に連れ戻されて……私はともかく、碇君はあの人に酷く叱られて。
 それでもう……私を長時間つれだしてはいけないって言われたみたいで……」
「やーれやれ。大丈夫?って聞きたかったのはそういう訳ね?
 成る程ねぇ……確かに、そこまで聞かないと判らない話だわ。成る程ね。」
「あの……ご免なさい。私……変なこと、言ってない……?」
「変なこと言ったって構やしないのよ!ズバーンと思ったことを言えばいいの!ズバーンとね!
 しっかし、ムカツクわねぇ!あの人って司令でしょ?あーもう、あの人なんて言っちゃダメよ!アイツで十分!」

そう言いながらも、はち切れんばかりの笑顔で笑うアスカは、既にいつもの調子を取り戻しつつあるようだ。
そしてレイに顔を寄せて耳打ちをする。

「で?次は温泉でしょ?」
「え?どうして、知って……」

ここまでのところ、アスカが思っていたよりもずっとシンジの方がレイのことを理解していて、
はっきり言えばアスカの方が一本とられた結果の筈ではあるのだが、しかしそんなことで怯むアスカ様ではない。


「フフン、アタシは何でも知ってんのよ。まあ、このアスカ様に任せておきなさいな。
 なんとしてでも、あんた達を混浴風呂に叩き込んでやるんだから。」
「あ、あの……混浴って……」
「なーに赤くなってんのよ。ずいぶん人形みたいだったアンタも女の子らしくなったじゃない?
 そこまでの仲になったんだから、裸の付き合いしなくてどうするのよ。
 ……これは燃えるわ。あの総司令なら相手にとって不足はない。よーし、ミサトも巻き込んで……」
「無理……あの人の監視の中では……」
「ああ?このアタシに火をつけておいて文句をいうつもり?とにかく、このアスカ様に万事まかせておきなさい!
 アタシの弐号機で使徒なんかドッカンドッカン倒して、必ずあんた達を天国まで連れてってあげるから。」
その言葉に裏があるのか無いのか、レイはもう苦笑いで聞くしかなかった。

「そうと決まれば戦の前の腹ごしらえよ!ほら、さっさとシンジ呼び出しなさい。
 これからはアンタが声を掛けるの!デートコースから服選びまで、アタシがとことん相談に乗るからね。
 さーて、あの旨いラーメン屋台はどこにいるかなーっと!」

と言うわけで、まだまだアスカ相談室は盛況なご様子。
洞木ヒカリがその扉を叩くのも、もうまもなくという頃合いか。

……とまあ、こんな感じで終わりです。
誠にお粗末様でした。

(完)
最終更新:2007年12月02日 00:18
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