総司令 第参拾七話

第16使徒、アルミサエル

今一度、問いたい。
それならば、あなたの望みは何?

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渚カヲルはようやく第三新東京市へと到着。
「やれやれ、僕の仕事がこれで無くなってしまった」
そんなことを言いながら、巨大なヘリから地上に降り立つ。
使徒に襲われ藻掻き続ける初号機の姿を、横目で見ながら。

「とりあえず本部に向かうよ。それで良いかな」
後ろで控えている者達は、それを聞いてゆっくりと礼をする。

そして地下への入り口を目指して歩き出す。
ブツブツと独り言を呟きながら。

「それにしても、みんなはどうして大げさなことばかりしてたんだろう。
 こうやって潜入してしまえば簡単に済むじゃないか」

何故、彼はそんなことを言うのか。
彼の言うみんなとは誰?

それは、自分が第17使徒タブリスであることを自覚していたからに他ならない。
みんなとは、既に殲滅された使徒を示していた。

「ようするにリリン達を倒したいんじゃなくて、戦って勝ちたかったんだろうな。
 それじゃ僕は何をすればいいのかな。もう戦いは終わったんだろう?」

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第三新東京市のほぼ中心地。
そこには身をよじらせて苦しむ初号機の姿があった。

大気圏外に浮かんでいた使徒。
その殲滅完了のその後、暇を開けずに新たな使徒が初号機の足下をすくい上げた。
しかし、もはや使徒の姿はどこにも見あたらない。
それは、使徒が初号機の内部へと侵入を果たしてしまったからだ。

司令塔は凍り付く。
使徒に浸食され、いまや同一化してしまった初号機。
いや、そればかりではない。
「馬鹿な……初号機の損壊無し、使徒はいったい何処に?」

よろよろと立ち上がる初号機。
動作に支障はなさそうだが、しかし不穏な状態だ。
いったいどうしたというのか。

別のアナウンスがその疑問に答える。
「パイロットの意識が迷走しています! 精神パターン検出不可能!」
「パイロット自身の心が犯されていく。パイロットそのものが使徒に浸食を受けているのだ」
「そんな、このままでは……」

そう、このままでは出来ることが一つだけとなってしまう。

初号機の自爆による、パイロットの「処分」。
それ以外に、もはや使徒を殲滅する手だてはない。

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レイは気が付くと「異界」に居た。
いや、それは浸食した使徒が生み出した意識という名の檻の中。

レイはその「異界」に浮かんでいた。
それは使徒の意識が想像する精神世界。
レイの心が、その世界の中に取り込まれてしまったのだ。

上も下も、右も左も無い世界。
レイは目標を見いだせず、不安を覚える。

ならば、と。
使徒が彼女に与えたもの。

レイの正面に出現したもの。
それは澄み切った水面であった。

底の見えない、果てしない空間に広がる水面。
平行に浮かぶレイの存在が、僅かにその水面に波紋を作り、波立たせる。

やがてその色が変化する。
水面は鏡と変わり、レイの姿を反射する。

レイは今、自分自身の姿と対峙している。
いや、使徒はレイの姿を借りたのだ。

何も言わず、ジッと動かないレイに反して、その映し身の「レイ」は口を開いた。

『聞かせて。あなたの望みは何?』

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「私の望み?」

レイは聞き返す。
正面の「レイ」はコクリと頷いた。

しかし、レイはその質問に対して、質問で切り返す。

「あなたは誰? あなたは私なの?」

『いいえ、あなたの姿を借りただけ』

「なぜ、私の姿をしているの?」

その「レイ」はクスリと笑う。
『それでは、聞くわね。どうしてあなたは**と同じ姿をしているの?』

「……何をいうの?」

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『あなたは**と同じ姿をしている。そのあなたを彼はママと呼ぶ』

レイはひるまず答える。
「そう、彼は私をママと呼んだ。彼がそう望んだから、私は自分がママだと答えた」

『あなたは言ったわね? 彼が私自身を望んだから、必要だから私は存在している、と』

「その通りよ。彼が私を必要としたから、私はそれに答えた。それが私の居る理由、私が存在できる理由」

『それじゃ、私がこの姿で彼の元に行けば、私をママと呼んでくれるのかしら』

「……」

レイは沈黙する。
その心にあるもの、それはレイの心に芽生えた嫉妬心だろうか。
そして、レイは考える。相手が何を言おうとしているのか。

「判らない。私とあなた、姿は同じでもその心が違う」

『その通りね。では、聞くわね――では、なぜ彼はあなたをママと呼ぶの?』

「それは……」

『彼はあなたと初めて出会った。その彼があなたをママと呼んだ』

「……イヤ、止めて」

『彼はあなたを選んだ。あなたのことを彼は知らないはずなのに。その理由は簡単』

「止めて、言わないで。それ以上は言わないで」

『あなたは気付いていたのね。あなたは**の複製であることを』

「……いやああああああっ!」

恐らく始めてのことだろう。レイは恐怖し、切り裂くような悲鳴をあげた。

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司令塔では、悲痛なオペレーター達のアナウンスが飛び交い続ける。

「パイロット、危険な状態!」
「精神汚染が始まっています! これでは!」
「シンクロ率低下、50%を割りました!」

ミサトは目を見張った。
そんな馬鹿な。これまで、ほぼ100%を誇っていたあのレイが?

「使徒、完全に初号機と融合を果たした模様――」
「いえ」

ミサトはパイロットのアナウンスを否定する。
「レイとの融合、でしょう?」

ミサトは震えながら、覚悟を決める。
これから、もっとも残酷な命令を下さなければならないことを。
「……マヤ」

マヤは横に首を振る。
「いえ、言わないでください」
「マヤ、これは仕方がないの。使徒を……」
「いえ! 私に命令しないで! 私が、やります。私の意志で」
「マヤ……」

マヤもまた、覚悟を決めた。
命令でするのはイヤだ。せめて自分の意志で、自分自身が判断して自分の手を汚したい。
レイと初号機に引導を渡すその仕事を、自分の意志で。

「では、初号機を爆破します」

それは、司令席に座る「シンジ」に対する死刑宣告となりうるものであった。

「リミッター解除。ATフィールドの出力、マイナスへ――アンチATフィールド、展開」

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使徒の執拗な問いかけはまだ続く。

『あなたをママと呼ぶ彼。その彼もまた複製。彼の元となる、あなたを見染めたその前の彼も同じ』

レイはギクリとする。
使徒に容赦ない真実を告げられて。

『あなたの目覚めを誘った彼もまた、あなたの姿の虜となった。それは、あなたが**と同じ姿をしていたから』

「……お願い、もう止めて」

『以前の彼もまた、自分でも知らずに心の中で、あなたをママと呼んでいた。
 なぜなら、失われた**が、忘れていた**が、忘れなければならなかった**が、再び姿を現したのだから』

「では、私は何? 私は誰? 私は……」

レイの体の、その震えが止まらない。
今こそ、本当の意味での自分の存在意義が失われようとしていた。

その時。
水面が再び揺らぎ始め、映し身の「レイ」は姿を変える。

それは長身の女性。
レイが成長すれば、そうなっていたであろう女性のその姿。

「ひっ……」

碇ユイ、シンジの母。

『あなたは彼女の複製』

「……」

『さあ、あなたは真実を知った。真実を知ったあなたが望むことは何?
 あなたは、彼が求めていたから、それに応じたと言っていた。
 しかし、ここに彼女がいる。それにあなたは気付いたはず』

レイは見上げる。
そして、目の当たりにした。
使徒が見せた幻影ではない、初号機のコアに眠る碇ユイのその姿を。

彼女は知った。
自分こそが、彼女の映し身であることを。
実は自分が複製であることを知ったのは、これが初めてだった。

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気が付くと、レイは「異界」から現実へと戻っていた。
エントリープラグの中にうずくまり、そして上を見上げていた。

「私の望み、それは……それは――」

そして、脳裏に過ぎるシンジの優しい瞳。
その瞳の奥に映る自分の顔。

それは誰?
瞳に映っているのは、一体誰?

――キュィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイッッ!!!

「え……?」

初号機が見たことも無いような動きを取り始める。
レイは周囲の計器を見渡す。
ATフィールドの出力値を示すグラフが異常値を示し、さらに限界を超えて……

「だ、だめ!」

――ガシャンッ!

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マヤはハッとモニタを見返す。
「初号機が強制終了!?」

見れば、エントリープラグがイジェクトされていた。
それと同時に、初号機が強制終了のプロセスに入ってしまったのだ。
恐らく、中にいるレイが操作したのだろう。

初号機の脊髄にあたる部分から抜き出たエントリープラグ。
そして本体はバランスを崩し、がっくりと地面に膝をつく。
正面にあるビルに寄りかかり、そのまま停止。
暴走は、無い。

固唾を飲んで、その様子を見ているスタッフ達。
では、どうするか。しかし突然の状況変化に、ミサトも誰も反応できずにいる。
これから、何が起こるのか。

やがてプラグのハッチが開き、這いずるようにしてレイが出てきた。
上半身からずるりと身を滑らせてプラグの外へ。
レイは初号機の肩の部分に降り、なんとか立ち上がろうとする。
しかし、もはや体に力が入らず、這い蹲るのが精一杯。
いや、そればかりでなく様子がおかしい。

モニタを切り替え、拡大表示されたレイの姿を見て、マヤは目を疑った。
「――溶けていく?」

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「お願い、どうか――」

レイは呟く。

「あの人を、シンジの元に」

あの人。それはもちろん、彼女のこと。
シンジにとって、本当に求めている彼女のこと。

「初号機を消さないで。あの人がこの中にいる。あの人が――」

レイは改めて、「あの人」を見る。
目を閉じて初号機の中に眠る、シンジの母のその姿を。
使徒の力を通じて、レイは初号機に眠る碇ユイの姿を見てしまったのだ。
もはや、完全にレイは自分の存在意義を失ってしまったのだ。

『いいえ、その願いは叶わない。それは誰にも出来ないこと。何故なら、あの人の心は消えて無くなってしまったのだから』

使徒は優しくレイに語りかける。

『消えたものは元に戻らない。肉体だけ元通りにしても、それはあなたと同じ存在』

『あなたの望み。それはあなた自身が必要とされ、あなたという存在が認められること』

『それは、リリン達が持つという、ごく当たり前の欲求、願い。リリン達全ての者が抱く願望そのもの』

『あなたは決して人形ではない。あなたは立派なリリンであった。しかも、あなたのその苦しみは――』

しかし、もはやレイの意識は失われつつある。
その使徒の語りかけが、耳に届いているのかどうか。

『ありがとう、レイ。おかげでとても大事なことを知ることが出来た』

『あなたも同じだった。私達は同じ苦しみの果てに、利用されて戦わされていたのだ』

レイは、微かに呟いた。
しかし、もはや使徒の言葉に応じることが出来なかった。

「あなたを倒さなければ――シンジは――シンジが――」

レイの意識はもはや混迷していた。
ただ、シンジの指示を守らなければならない、その意識だけが辛うじて残されていた。
それもまた、いま正に消え去ろうとしている。

『判ってる。その願いなら、私にも叶えられる』
使徒はにっこりと微笑んだ。

『ではお先に――私が消えるところを見ながら、あなたも』

「――」

レイは消失した。
微かに、ありがとう、という呟きを残して。

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「使徒、反応消失」

ボソリと、日向が呟く。
しかし、司令塔の空気は重い。
消えゆくレイの有様を目の当たりにして、誰も身動き出来ずにいる。

モニタに映るレイの姿。いや、もう彼女の体は消え去ろうとしていた。
サラサラと、まるで砂で出来ていたかのように彼女の体は崩れて、風に吹かれて空に散る。
後に残されたのは、彼女が着用していたプラグスーツのみ。

それがぐにゃりと崩れて、初号機の肩から滑り落ちる。
その様子、腕も脚もありえない向きによじれて滑稽な有様で地面へと
そう、まるで壊れた人形のように――。

「ママはおニンギョウだったの?」

その声に、ハッとミサトは振り返った。
「シンジ」だ。幼児の魂を持つ彼は、自分の「母親」の無惨な最後を見てしまったのだ。

「ママは、おニンギョウ――それじゃ、ぼくは――」

レイの死は、「シンジ」の死。
今や彼の命は風前の灯火。

タッタッタッタッ……。

その「シンジ」の側に駆け寄る者。

――カシュッ。

オペレーターの青葉であった。彼はシンジの首筋に何かを押し当て、打ち込んだ。
それはトリガ式の麻酔銃だった。

「みんな、手を貸してくれ。新しいレイを起こすぞ」

そして、NERV本部に波乱が訪れる。









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最終更新:2009年03月21日 13:50
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