ばっしゃーんっ!!
「ぶ、ぶ、ごぼごぼっ……ぶっはぁっ!!」
いきなり水槽に叩き落とされたシンジは、あやうく溺れかける寸前でようやく目を覚ました。
そうか、自分は眠ってしまったんだ、と我に返りながら自分に伸ばされた棒を掴む。
その棒を差し出した者。それは、さっき出会った綾波レイ。
「目、さめた?」
「え、あ、はい、さめてます!起きてますってば!」
そう言いながらも水槽から這い上がったシンジに、少し堅めのタオルを手渡すレイ。
それで顔や頭を拭きながら、シンジは少し愚痴を言う。
「な、なにもこんな起こし方をしなくても。」
「ごめんなさい。薬を嗅いでもらったから、なかなか起こせなくて……こっち。」
そんなふうに謝りながらレイはシンジを薄暗い空間の中へ案内していく。
そこは地下だろうか。窓明かりがまったくなく、点々と小さな電灯が点されているだけの場所だった。
しかし、天井がやたらと高い。
シンジは尋ねる。
「ここは……どこなの?」
「秘密基地。判りやすく言うと。」
「秘密基地ぃ?」
「世間ではあまり知られていないから。ここはエヴァを建造、メンテナンスするための施設。」
そういいながらレイは壁のスイッチをぱちんと入れる。
すると、がしゃんがしゃんがしゃん……という騒々しい音がして巨大なライトが次々と点灯された。
そしてシンジの目の前に現れた物。
それは金属で出来ているらしい巨大で仰々しい人型の顔。
「ロボット?きょ、巨大ロボット!?」
「そう。正確に言うと、特殊な有機生命体を電気的に制御可能とするために改造されたもの。
正式名称は最終決戦用人型兵器、エヴァンゲリオン。」
「……それでエヴァっていうのか。」
「そう、これに乗ってあなたは使徒と戦ったの。」
「で、でも、こんなの初めて見るし、操縦なんて出来る訳が……あれ?戦ったって、僕が?」
「そう、あの使徒は殲滅されたわ。お疲れ様。」
「……はあ。」
出会った頃から、レイの話はそんな訳の分からないことばかりだ。
シンジはもう困惑するのも飽き飽きした様子である。
シンジの居る所は巨大な水槽の縁で、そこにエヴァンゲリオンは首元まで水に浸けられて安置されている。
その水槽を見てシンジはゾクッと身を震わせた。
こんな深いところに自分を叩き落としたのか、と。
レイはシンジを案内しながら説明を続ける。
「一応、操縦方法があるのだけれど、初めて見る碇君にいきなり覚えろというのは無理。
だから薬で更に眠って貰って、操縦席に押し込んだの。」
「……でも、眠ってちゃ何にも出来る訳が」
「大丈夫。案の定、エヴァは使徒に攻撃されて頭に来たのか、怒って勝手に倒してくれたから。」
「それじゃ生きてるの?これ。」
「さっきも言ったけど、これはロボットじゃなくて特殊な有機生命体。
生命体だけど魂がない。だからパイロットが魂となることでようやく動ける。」
「あ、ああ、成る程……」
そんな理屈が通っているような通っていないようなレイの説明で、無理矢理にシンジは理解した。
とりあえず、納得できることは少しずつでも納得するしかないようだ、という面持ちで。
そして、二人は薄暗い廊下を歩いていくと、シンジとレイの鈍い足音が響くばかり。
そして少し高いところにある埃だらけの蛍光灯がチカチカと明滅する他は、何の物音も聞こえてこない。
シンジは尋ねる。
「あの……他には誰もいないの?」
「いうなれば私以外には、ここには誰もいない。」
「いうなれば……?」
「あそこ。今日からあそこに泊まって。お風呂も沸かしているから。」
そう言って、レイはある扉を指さして示した。
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その扉の向こうは家庭的な和室になっていた。
六畳ぐらいの広さで、中にはちゃぶ台に食器棚や電気ポットにお茶のセット一式、
そして今どき珍しいブラウン管のカラーテレビなどが所狭しと置かれている。
そして、ガラス戸で隔てられた向こうの台所には古びた冷蔵庫。
その冷蔵庫、シールの跡などがあちこちにあって、ずいぶん使い込まれているのが判る。
「ご飯の用意をするから、お風呂に入ってきて。」
レイはそう言ってシンジに新しいタオルを手渡し、指をさして風呂場を示す。
「あの……服が濡れちゃって。」
「洗濯機に放り込んでおいて。洗うから。」
「でも、着替え……」
「気にしなくて良いから。」
「……」
しょうがなく風呂場へと向かうシンジを見送り、レイはカチャカチャとご飯茶碗と箸をちゃぶ台に並べる。
一組目、二組目、三組目、そして4組目、更に……
その時、物凄い悲鳴とともにシンジが飛び出してきた。
「なああああああああああああああああああああっ!!」
大慌てのシンジに、レイは真顔で問いかける。
「どうしたの。」
「あ、あ、あ、あの、あの、」
「落ち着いて。」
「お、落ち着いてったって、あれは、あれは……」
そんなふうにあたふたするシンジの後ろをフラリと通りすがる者。
それは、綾波レイの姿そのものであった。
シンジは一瞬、何か勘違いをしたのかとキョロキョロと見渡したが、
しかし自分を案内してきた制服姿のレイは、先程と変わらず目の前にいる。
そのもう一人の「レイ」、彼女は間違いなくシンジと入れ替わりで風呂から上がり、
タオル一枚を引っかけただけの素っ裸同然の姿で、恥ずかしげもなく制服のレイの隣にペタリと座った。
シンジはこの有様に驚愕して、何か尋ねようにもなかなか言葉がまとまらない。
「こ、こ、これは……」
「碇君、落ち着いて。あなた、彼が恥ずかしがるから何か着て。」
「そ、そ、そういうことじゃなくて……」
「ああ、ご免なさい。おでこの数字が消えてる。ほら、もう一回書くから。」
そしてレイはサインペンを取り出し、「レイ」のおでこにキュキュっと数字の「3」を書く。
「これで見分けがつくわね。」
「そういうことじゃなくて、あの……何でもう一人の君が……」
「私のクローン。人手が足りないから作ったの。
あなたの知らないところで、科学技術はずっと進んでいるの。
このクローンの技術こそ、はエヴァの開発に絶対不可欠だった。」
「あ、あ、ああ……そうなのか……」
困惑続きのシンジもようやく呼吸が整ってきた様子である。
その表情は既に憔悴しきっては居たが。
ふと、レイは何を思ったのか。シンジに向かって「3」と書かれた裸の「レイ」をぐいっと突き出す。
「よかったら、使う?」
「え……使うって、あの……」
「使う?」
そのレイはどういう意味で言ってるのか、その意味が判ったのかどうか判らないがシンジは慌てて断った。
「い、いや、あの……遠慮しとく。」
「そう……」
なにか残念だったのだろうか。そう言ってレイは少し目を伏せた。
「綾波、その……それで、さっきは『いうなれば』って言ってたのか。」
「そういうこと。私と私の複製以外には、この秘密基地には誰もない。」
「そ、それじゃあのエヴァとかいうロボットも君達だけで?」
「そう……それより前を隠した方が。」
「あ……」
素っ裸のシンジは赤面しながら、慌てて風呂場へと戻っていった。
その風呂場、そこは公衆浴場並の広さでゆったりと身体を伸ばして浸かることが出来た。
そこで身体を温めながら、ようやくシンジは人心地を着いた気分になる。
シンジは湯船に浸かりながら考える。
エヴァのこと、そしてこの秘密基地、街に現れた「使徒」、そして綾波レイと、その複製。
もう何が何だかさっぱり判らない。しかも、その使徒を僕が倒した?眠っている状態で?
またしても訳の分からない状態に陥りそうな頭を、
いったんザブンと湯に沈めてから顔をバシャバシャと洗った。
そうやって、シンジが気持ちを落ち着けようとしていた所へ、外からレイの声がする。
「ごめんなさい。作業が終わった子たちがお風呂に入るから。
さあ、みんな。彼の邪魔をしないようにね。」
え……と、何を言われたのか判らない状態でシンジは驚く。
そしてガラガラガラッと磨りガラスの引き戸が開かれ、どやどやとなだれ込むように入ってきたのは、
4番から10番までの数字がおでこに書かれたレイ、レイ、綾波レイの群れ……
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」
最終更新:2007年12月01日 23:18