「ああ、そうだね。そういう感じが良いかな。」
格納庫で整備士達に指示を出すカヲル。もうすっかり司令部ではいい顔になっている。
勿論、カヲルは専門的な知識を持ち合わせているわけではないが、
参号機の改修や装備のコンセプトで、どちらでも良い、という部分について彼が選択しているらしい。
パイロットだから当然と言えば当然なのだが、新参者にしては手慣れた様子だ。
恐らく、アメリカで鍛えられていたのだろうか。
「でも、アメリカ支部での活動経緯なんてまったく聞いてないんだけど?」
そう言って首をひねるミサト。そして、傍らにいるリツコは答える。
「情報は何も入ってこないの。かなり前から、彼は活動していたのかも。それにしても……」
「何?」
「使徒の捕食により、これまでにない機能が参号機に備わったらしいわね。研究中であったS2機関が。」
「あの……事実上、不可能と言われた永久機関の……」
「コアが破壊されない限り、自身で修復可能となる機能。これで……」
「これで?」
「開発中であった量産型への搭載が可能になるかも知れないわね。」
「……」
話には聞いていたミサトであったが、何やらゾクッとするものを感じて身を震わせた。
(使徒殲滅にこれ以上の戦力が必要だというの……一体何を考えて……)
カヲルはあいかわらず周囲に愛想を振りまきつつ本部内を闊歩している。
正に、シンジハーレムを我が物顔で、と言いたい有様だ。
「フゥ……」
思わず溜息をつくアスカ。現在、住んでいるマンションに帰る途中である。
最近の彼女は自分の居場所が無いように思えて仕方がない。
シンジに手を振り払われ、使徒との戦いにおいても出番がない。
これでは何しに日本へ来たのか判らない、というところだろう。
そんなアスカが憂鬱な顔をして駅のプラットホームに立っていると、車のクラクションが聞こえてくる。
「あれは……」
「あれは……アスカ?」
本部からの帰り道。リムジンに乗せられていたシンジであったが、
信号待ちの折でアスカの姿を見つけたらしい。
「……」
以前の経緯もある。同乗しているミサトは何も言わなかったが、
「……乗せてあげようか。運転手さん?」
「はっ」
シンジが命じたのをミサトは止めようというそぶりを見せたが、もう遅かった。
しばらくして誰かが凄い勢いで車の方に駆け寄ってくる。
「シンジィー!!嬉しいデェース!私をシンジんちに泊めてくれるのデスネー!?」
駅のプラットフォームに居たはずなのに凄まじい勢いである。
「あ、いや、あのそこまでは……」
うろたえるシンジ。思わず顔に手を当てて眉をしかめるミサト。しかしもう遅かった。
で、招かれざる、というか、そこまで招いてない客は上機嫌で食卓に着いた。
ナイフ、フォークを両手にチャキチャキならして、シンジ邸の料理に舌鼓を打つアスカ。
ミサトは渋い顔をしていたが、お人好しのマヤはクスクス笑う。
で、無表情のレイは相変わらずの無表情。
「ま、まあいいじゃないか。一晩ぐらい……」
そんなふうにシンジが頼りなさげな主人ぶりを見せていたとき、
「シンジ様。加持という方がお届け物をしたいとお越しに……」
メイドの一人がシンジに近づき、告げる。
「ハイハーイ!私が出迎えマース!」
もう調子に乗ってるアスカは玄関口へと走り出す。
「ちょっと、アスカ?勝手にそんな……」
ミサトはそう言うが、もうアスカはかまってやしない。
やがて、アスカにズルズルと手を引かれて現れた加持。
「や、やあ、どうも皆さん……いや、すぐに帰るよ……」
シンジの機嫌を取るつもりか、手にぶら下げているのは4つものスイカ。もちろん入手元は内緒の話。
「ほらほら、突っ立ってないで座りなサーイ!メイドサン!もう一人前追加デース!」
断っておくが、ここは居酒屋ではないのだよ、アスカ。
「それじゃ、冷やしてデザートにいたしますね。」
メイドの一人がそう言ってスイカを下げようとしたが、アスカはその内の一つを取り上げて、
「こういうのは、こうやって食べるのが一番デェース!おりゃぁぁぁぁッ!!」
アスカの手刀一閃!そして!
「あいたたたたた……」
これには流石のミサトもブッと吹き出して笑う。
「ああ……それじゃ僕が……」
ここまで黙っていたシンジが前に進み出た。そして軽く両腕の親指を突き刺し、パカッ……
「おお!?凄いじゃないか、シンジ君!」
「見事デェース!無駄に鍛えてはいませんネー!」
「あ、あのねぇ……無駄っていうことは……」
大勢の人でこれほど笑いに包まれるシンジ邸の食卓は恐らく始めての、そして最後のことだろう。
やがて宴も果て、皆それぞれの部屋へと戻り、加持もまた帰宅する。
アスカも空き部屋に案内されようとしたときに、ミサトに一言。
「心配いりまセン。今夜一晩で帰りマス。」
「……ありがと、アスカ。」
ちょっぴり大人の空気をみせたアスカをミサトは黙って見送った。
(フヘヘヘヘ……ここに入ってしまえばコッチのものデェース……)
実はまったくもって大人げないアスカであった。まあ、14歳ではあるのだが。
間違いなく夜ばいをかけるつもりである。足跡を忍ばせ向かう先はシンジの部屋。
曲がり角から左右を見渡し、一気に突撃を開始する……はずだったのだが。
誰かが現れた。マヤである。
嫌な予感は的中する物である。
マヤがシンジの部屋に立ち、ノックする。扉が開いて、やがて招き入れられる。
(……)
しばらく呆然とその様を見ていたアスカであったが、
やがて大きな溜息をつき、背を向けてその場から立ち去った。
既に所用のために訪問する時間ではない。そこまでアスカは勘の鈍い訳ではない。
(まあ……当然と言えば当然デス……流石のシンジも……いつまでも一人で居るはずも……)
果たして、どのような経緯を経たのだろうか。
恐らく、最初にレイに押し込まれて以来、添い寝に通っていた挙げ句、という訳だろうか。
そのような細かい話はどうでもいいことである。
かといって、二人は男女の行為に及んでいた訳ではなかった。
黙ってシンジはマヤの手を引き、マヤはそれに従ってベッドに向かう。
二人は着衣のままである。
シンジはマヤに寄り添い、自分の胸にうずめるようにしてシンジを抱きしめるマヤ。
そうしてマヤは震えるシンジの体を沈めて一夜を明かすのである。
そのシンジを悩ませているもの。過去の記憶か、それとも未だ見えぬ明日への不安か。
そして、翌朝。シンジ邸は大変な騒ぎとなった。
「シンジ様が……シンジ様が目を覚まさないんです!」
最終更新:2007年02月21日 22:46