虐待 第四話

もし、本当に母さんと話をすることが出来たなら、
母さんは僕に、ここから逃げなさい、と言ったでしょうね。
もちろん、僕もそうしようとしたのです。
決してNERVに牢屋で閉じこめられている訳ではないのですし、
学校の行き帰りなどでチャンスは幾らでもあります。
あると思ったのです。

ある学校の帰り道で、気が付くと違う方向へと歩き出していました。
具体的に、どうすると決めたことなどありません。
ただ、逃げたい、逃げたい、という朦朧とした気持ちのままに、あてもなく駆け出そうとしていました。
まさに、盗んだバイクで走り出す、自由になれた気がした14の夜。
あ、母さん。別に何も盗んでません。いや本当です。

しかし、そこまででした。
目の前に一台の車がギッと停車して、中の人が僕に言います。
「どこに行くつもり?乗りなさい。」
ミサトさんでした。偶然に僕を見つけたのでしょうか、それとも僕を絶えず監視して居るんでしょうか。
驚いて何も言えずにいると、更にミサトさんは言います。
「判らないの?後ろの諜報部の車があなたを監視しているわ。痛い目にあってから連れ戻されたいの?」
もう是非もありません。そのままミサトさんの隣に乗ってNERVに連れ戻されました。
そんなミサトさんから気遣いの言葉などありません。数日の休養など与えられるはずもありません。



母さん、今度は綾波レイについて話します。

青い髪に赤い目のなんだかよく判らない女の子で、実は僕と同い年。
彼女はエヴァンゲリオン零号機の専属パイロットで、そのエヴァはプロトタイプと呼ばれています。
実は、初めて正常稼働することが出来た初めてのエヴァンゲリオンなのだそうです。
そして綾波は、それに至るまで様々なテストを繰り返してきた僕の先輩ということです。
更に言えば、僕が乗っているのは初号機で、通称テストタイプ。
零号機よりも実戦可能な装備が施されているのですが、まだまだ実験中と言うところでしょうか。
なんだか、自分がモルモットのような気がして成りません。

どんな子か、と聞かれてもよく判りません。
僕と同じようにNERV内部の宿直室に寝泊まりしていますが、
ほとんど話をしたこともなく、顔を合わせることもほとんどありません。
ああ、一度だけ彼女の元にお使いを頼まれました。
彼女に新しいIDカードを届けるように頼まれ、部屋に向かったのですが、
丁度、彼女が着替えている途中で扉を開けてしまい、思いっ切りグーで殴られました。
彼女、怖い人です。そして理不尽です。
ちゃんとノックして、開けるよ、と言ってから開けたのに、これって僕が悪いんでしょうか。
そして彼女は、床に倒れている僕の手からカードを抜き取ったのですが、
その時の彼女はまだ裸のままだったので絶景でした。怖いですけど、なんだか格好いいです。



さて、またしても使徒の襲来です。
たまには第五大阪や第八北京にでも行ってきて欲しいところですが、やっぱり第三東京にやってきます。
今度は菱形の立体型です。使徒のデザインコンセプトがまるで判りません。
当然ながら初号機が出撃します。それもこれも実戦タイプなので仕方がありません。

そして初号機が地上に射出されたその瞬間に、使徒から強烈なレーザーが発射されました。
速攻です。撃つなら撃つと言って欲しいです。そのレーザーは見事に初号機の胸部へと命中しました。
「ダメ!よけて!」
これはミサトさんの怒鳴り声。
無茶を言わないでください。射出用のエレベーターからリフトオフしてくれないと動けません。

「戻して!早く!」
そのミサトさんの指示で、すぐさまエレベーターが下げられ僕は格納庫に収用されます。
何だか淡々と説明していますが、僕のエントリープラグは大変な状態でした。
僕を浸しているLCLはレーザーの影響で瞬時に沸騰状態になり、僕は全身がえらいことになっていたのです。

すぐさま僕は病院に搬送されました。どうやら、まだ僕に利用価値があるようです。
搬送用のベッドに乗せられガラガラと治療室に押されていく中で、
ピッタリと付きそうミサトさんの太ももを見たように感じながら、僕は意識を失いました。





で、使徒とのリターンマッチです。
諦めて使徒に人類みな殲滅されても良いと思うのですが、皆さん諦めが悪いようです。
僕もあれだけ苦しんだ割には大した外傷も無く、初号機の操縦は可能で戦線復帰です。
いや、そう診断されただけです。
何だか全身がヒリヒリするし、なんだか熱っぽいのですが、NERV製の体温計は見事に平熱を指しています。

「この地点から使徒を長々距離射撃、射撃は操作精度の高いレイが零号機にて行います。」
ミサトさん、そんな手があるなら初めからそうして欲しいです。むしろエヴァなんて必要ありません。
と、言いたいところですが、僕以外はみんな怖い人ばかりでとても言い出せません。
一人が挙手して質問します。
「反撃に対する防御は?」
「初号機が零号機の前に立ち、盾で防御します。17秒は耐えられるはず。二科の保証付き。」
今度はリツコさんです。綾波より先に僕が死ね、というのが作戦みたいです。

しかし、綾波は言います。
「盾なんか要らないわ。一撃でケリをつけるから。」
流石は綾波、言うことが格好いいです。しかも、このスタッフ達にため口です。
もしかしてNERVでは偉い人なんでしょうか。態度が物凄く偉そうなのは間違いないです。
「万一のことがあるし、初号機も出撃させるわ。あなたの口出しは無用よ。」
そう言ってミサトさんは綾波に向かって睨みますが、綾波は何故か僕の方を向いて言いました。
「いいの?」



僕が何も言えずに黙っていると、
「あなたが死んでも代わりはいるから。」
僕は何故か、そう言われてドキリとしました。でもやっぱり僕は何も言えずじまいです。
仮に何か言ったところで作戦は変わりません。これで会議はお開きになり、みな各所へと散っていきました。

そう言われてショックを受けるということは、僕はまだ死ぬのは嫌だと思っているのでしょうか。
もうどうでもいいと思っていた筈なのに。
それともパイロットとしてプライドが出来つつあるのでしょうか。正直、よく判りません。
そして、いよいよ作戦決行となり、僕が初号機に搭乗する段になって、綾波が言います。
「さよなら。」
この一言、なんだか物凄く嫌な予感がします。

いよいよ作戦開始。大量の電力が零号機のライフルに集約されていきます。
「目標に高エネルギー反応!」
悲鳴に近いアナウンスが聞こえてきます。どういうことでしょう。
「シンジ君、動かないで!」
ミサトさんの声です。何?と思っていたら、僕の周囲が眩しい光に包まれました。
初号機の持っている盾に、使徒のレーザーが直撃しているのです。
眩しいだけではありません。熱いです。ものすごく熱いです。
「レイ!早く撃って!」
ミサトさんが絶叫します。しかし、綾波は撃とうとしません。



5秒、10秒、15秒と時間がどんどん過ぎていきます。
なんだかLCLが良い湯加減になってきました。と、思っていたら既に煮え玉が沸き始めています。
このままだと、前回は半煮えだった僕は完全に茹で上がってしまいます。
それでも綾波は撃とうとしません。
「レイッ!!」
ミサトさんの再度の絶叫で、綾波は笑みを浮かべながらライフルを発射しました。
もちろん使徒に命中、そして殲滅。一撃必殺とはどういうものか、目の当たりにされた感じです。

その後、どうにか僕は救出されました。
エントリープラグのハッチが開かれ、外に引きずり出された僕を誰かがジッと見て、こう言います。
「良かったわね。あなたも活躍できて。」
綾波です。さらにニコリともせずにこう言いました。
「勝ったんだから笑えば?」
気が付くと僕はその場にへたり込んで、アハハハハと気が触れたかのような笑い声を上げていました。
綾波レイ。怖いけど、やっぱり格好いいです。

「困った子ね、まったく。」
すぐ近くに立っていたミサトさんの呟きを聞きながら、僕は再び病院へと搬送されていきました。
最終更新:2007年03月19日 07:46
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