第拾六話

「目標は衛生軌道上からピクリとも動きません!」
「まいったわね……シンジ様が大変だと言う時に……」
巨大な使徒の姿がモニタに映し出される。
光り輝く翼を広げ、天空に立つ使徒の姿。それは正に……
(正に天使の降臨……これを見て昔の人が天使の似姿を描いたと言っても間違いではない。)
そう考えたのはミサトだけではないだろう。
(私達は……この戦いは本当に正しいのかしら……)
が、ミサトのやることは一つだ。
「ポジトロンライフルの最大出力で超々距離射撃!これしかないわ!」

別室で使徒の姿を見ているカヲル。すでにプラグスーツを着用している。
そして、その背後に立っている男、碇ゲンドウである。
その後ろのゲンドウに対して振り向かず、カヲルは独り言のようにつぶやく。
「もう物理的な破壊は無理だと判っているはず。となると……」
「となると?」
「狙いは僕自身に標準を合わせるでしょうね。さて、どんな手かな……」
「槍を使うか?」
「多分いりませんし、後で必要になるでしょ?今の参号機ならやれますよ。きっとね。」
そういって、カヲルは部屋を出た。


出撃したカヲルの参号機は巨大な砲座に立ち、ライフルに指をかける。
長距離からの射撃はこれまでシンジが勤めてきた役目である。
が、それがシンジの特技というわけではない。照準を合わせて引き金を引くだけだったのだから。
「さて……ん?来たか!」
突然に使徒から放たれる光線に包まれる参号機。
その狙いは参号機ではなく、自分で予想した通りにカヲル目掛けての物だった。が、
「あの光線は……!?敵の指向性兵器?」
「しかし、参号機、およびパイロットに影響は有りません!」
「熱エネルギーはありません。ATフィールドの可視波長と似ていますが。」
「どういうこと?いったい使徒は何を……」

エントリープラグ内のカヲル。
攻撃されているはずなのに、ゆったりと座席に座り笑みさえ浮かべている。
まったく使徒の攻撃は効いていないのか?いや、そうではなかった。
使徒の光を浴びたカヲルの脳裏に、怒濤の如く何かが駆けめぐっている。
それはカヲルの思いを、行いを、欲望を、その全てを暴き立て、見せつける光であったのだ。
それは目も背けたくなるほどの凄まじい過去であった。
哀願する者とそれを噛み砕く牙、血塗れの手を嘗める舌、自らを切り裂く刃の狂喜、
犯し犯されるおぞましい痴態、等々……

正に、ありとある禁忌と冒涜と、そして悪徳と……それこそがカヲルの本性であったのだ。


「成る程。自らの姿を見せつける精神の拷問、と言うわけだな。」
そう言いながらカヲルはニタリと笑う。
「ご苦労だったな。これで、その手の攻撃は僕に効かないことが判っただろう?」
そして、ゆっくりと引き金に指をかけた。
「その自分の姿、大いに満足しているよ……では、消えて貰おうか?」


(君は……誰?)
そうだな。誰と言われても困るよ、碇シンジ。
(誰……誰なんだ?)
そろそろ君と話がしたいと思ってね。今、君の中にいる。
(え……君は……)
これまで、我々は君がしたいと思った通りに、君に倒されてきた。
だが、君はそれが不満らしくてね。いろいろ手を加えては見たんだが。
(使徒!?)
そう君たちは呼んでいる。あるいは天使とも。
(何故、君たちは……その……)
君の望みを叶えるために来ているんだよ。君の望むことはなんなりと。
(そんな馬鹿な……君たちは僕たちを……滅ぼすために……)
君が望まない限り、我々はそんなことをするつもりはない。君の願いを聞きに来たんだよ。
君にはどのようなことでも与えてきた。我々自らの死でも。これまでのように。


(判らない……一体、君は何を言っているの?)
君の前の者がそれを望んだからだよ。
彼は自らを、そして彼を取り巻く環境を、その全ての消滅を願った。
その望みのままに、それに従った。
(……セカンド・インパクトのこと?)
そうだね。それでは君は何を願うの?
我々はそんなことをしに来たのではない、といったら何を願うの?
(……何故、僕の願いを?)
本当はね。君にこれを話すべきでは無いことなのだ。
君が我々の破滅を望むならそれを叶える。
でも、我々のことを話したおかげで、今まさに既に君の心が変わってしまった。
だから、本当は話すべきことではなかったのだよ。
(……教えてよ。何故、僕の願いを?)
この世界で生きている君が何を望むのか。
その望みに答えることが我々の為すべきことだ。
この世に投げ落とされ、この世界で生きてきた君の願いそのままに。
(……僕は。)
ん?
(僕はただ、使徒を倒さなければ世界が滅びると聞いたから……)
そして選んだのは君だ。そうすると決めたのは君自身なのだよ。


(誰かが望んだからと言って、なぜセカンド・インパクトを起こしたり、君たちが倒されたり……)
人に何かを与えるには、いろいろな形がある。
その人の幸せを願い与える場合と、その人を自分が望む通りにするために与える場合。
女性に花を贈り、友人に金を与え、あるいは親の労をねぎらう。
これらは全て与える側が満足をするために行うことだ。如何に相手のためのように見えてもね。
受け取った側は喜びを得ることは多いが、的が外れることが多い。
相手の意志を無視しているからね。これらは与える側の自己満足に過ぎないのだよ。
また、そして子供を叱り、道しるべを立て、生き方を説く。
時として怒りを買うことは多いが、全て受け取る側が生きていくために必要なことだ。
あるいは、望むままに誰かを殺し、あるいは望むままに自らを滅ぼす。
これは盲目的であり、時として破滅に及ぶが、それは相手の望みのまま叶えた結果だ。
(……判らない……判るようで……それがなんなの?)
君の疑問に対する答えだよ。
一番最後の答えが間違いのように聞こえるが、相手がもっとも必要としているものを与えることになる。
君たち人間は生きることを欲する存在だ。それは当然だよ。そう作られたのだから。
しかし、それを超えた選択を取らなければならないときに、君たちには困難な課題だ。
時には神の声を欲する者も居たが、君の前の者は破滅を願い、その結果がセカンド・インパクトとなった。
世界の破滅を望むように考えるならば、その世界は破滅させるべき世界なのだよ。
(……)
君は確かに我々の消滅を願ったのだ。言われるがままの選択ではなかった。
君は、時として大いなる破滅を及ぼす我々だからこそ、その消滅を願ったのだよ。


(君たちはそれでも構わないの?)
生と死は等価値なのだよ。我々にとってはね。
生きることを欲して、あらゆる手を尽くすように作られたリリンには理解できないことだろう。
僕たちが消え去るべき存在であるならば、それが正しいことであり、我々はそれに従う。
(リリン……?)
ああ、ごめんね。君たち人間のことだよ。
さて……君は、君自身が望むべきことを見失いかけているね。
君はかつて、他の人間達と同様に生きるべく行動をしていた。
そして、そのために我々の消滅を願った。そう願うならそれも構わないことなのだよ。
その願いを叶えるべく、君の前に姿を現した我々に疑問を抱き始めた。
次第に君は自分を見失い、望むべきことが何かを見失い始めたのだ。
そして、その君の意識は過去の甘い記憶へと向けられた。
(過去……)
君はもう覚えていないだろうね。君が見た過去の記憶は再び沈められたのだから。
甘い記憶、しかし苦痛の種子でもある。
君が望むままに甘い記憶を蘇らせたが、それは君にとって大いなる苦痛となったのだ。
今はまた深く沈められたが、君に大きな傷跡を残してしまった。
甘い記憶、それは君の失われた母との切ない思い出。
苦痛であるのは、それは失われたためではなく、決して戻らない過去であるからだ。
過去は既に存在せず、存在したという事実だけが残り、それが戻らないことを君は知っている。
だからこそ、大いなる苦痛となるのだよ。


(判らない……何も覚えていない……判らない……)
君は知らずして似姿を引き寄せ、自らをごまかし、癒してきた。
そして普段は心の奥底に沈み込ませ、心の平穏を保とうとしている。
(……僕の母って……昔に死んだとしか聞いてない……)
君の心の奥底にしまい込まれた、君自身が見ることが出来ない記憶だよ。
何人たりとも侵されざる聖なる領域。実はこれが君たちが呼ぶATフィールドの本性なんだけどね。
しかし、最初は我々の手でこじ開けられ、時として繰り返して蘇り、そして君を苦しめてきた。
(AT……判らない……一体……)
あの者が君に近づいている。
あの者は我々のことを知っている。
あの者は何故、我々が君の元に訪れるのか知っている。
そして、あの者を生み出した者共が、我々を利用しようとしている。
あの者共が我々を利用することを、君を利用することを欲している。
それは我々の破滅よりも許されないことだ。この世界の破滅よりも。
既に君の心は折れて、何を望むべきか見失いかけている。
もはや時間がない。
さあ、再び君の心の領域を、ATフィールドを解き放て。
その過去の苦しみの、その更に奥にある君の望みを見せてくれ。
君が何を願うのか。その成就によって、この世界の補完が……ああ!貴様はッ!!
「え……!?」


「出ました!使徒です!」
「急げ!早く、シンジ様から引きはがせ!」
「レーザー照射します!出力最大!」

気が付くと、シンジは数多くのライトに照らされて、数多くのNERV技術者に囲まれていた。
眩しくて何が何だか判らない状態が続いていたが、
どうやら手術台のような所で寝ていることにシンジは気付く。
しばらくしてシンジはえづき、むせかえる。
どうやってか判らないが、口から何かを吐き出したらしい。
しばらくすると、強烈な熱気が体に襲いかかる。
それは口から吐き出した何かにレーザーが放射され、その照り返しであったらしいのだ。
「シンジ様……大丈夫ですか!シンジ様!」
涙ながらにシンジにすがりつくミサト。その近くでリツコは冷静に計器を読み上げる。
「脈拍、血圧、脳波正常……まったく寝起きのような状態ね。どこも異常は認めず。」
その場に居合わせているマヤが歓喜の声を上げた。
「ああ……奇跡です!」
「本当ね。まさか、使徒が自分から姿を見せるなんて。」
どうにかしてシンジは体を起こすと、ベッド横の床に焼けこげた何かがあるのを見つけた。
螺旋状の蛇のような物体。それこそが第16使徒アルミサエルであったのだ。


ゆっくりとシンジは周りを見渡した。
シンジの無事を喜び歓喜する者、使徒の処理に追われ右往左往する者、そして……
(こいつが……)
すぐ側に渚カヲルが居ることに気が付いた。
手にゴム手袋を着用してすぐ側に立っていたのだ。
一体、シンジに何を施したのか。それを考えるだけでもおぞましい限りだ。
(そうだ。間違いない。こいつが……僕を……)
そのシンジの心を理解しているのか、カヲルはこのうえなく優しくシンジに微笑みかけていた。
最終更新:2007年02月21日 22:47
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。