ゼーレ最高幹部会議。
それはNERVの背後にある、世界の頂点に立つ者共の組織。
NERV設立は正しく彼らの意志に他ならない――
『なんだね、君は』
「はあ、碇シンジといいます」
『は? もしや、あの碇ゲンドウの息子か。何故、ここにいる』
「あれ、聞いてませんか? 僕が新しい司令になったんで、そのご挨拶を」
『新しい司令だと? 子供に勤まるはずがあるか! 冬月は? 冬月は何処にいる!』
ほらほら、やっぱり怒り出した。
だから言ったのに。
僕がこの爺さん達と話がまとまる筈がないじゃないか。
「ああ、冬月さんは政府の要人と会う約束があって、出られないそうです。
僕が代わりにご挨拶がてら、用件を聞いてメモを残すようにと」
『子供に何が出来るというのだ。いいから、冬月を呼び出せ! 電話でも会議の出席は可能――』
『待て』
と、尚も怒鳴り続ける爺さん達を差し止めた中央の男。
ははあ、この人が一番偉い人なのかな。
「議長のキールという者だ。碇シンジ君と言ったな」
「はい、よろしくお願いします」
『お願いするかどうかは、こちらが決めることだ。君は父親の仕事を知っているのか?』
「いえ。ついこの間、ここに来たばかりで」
『君を司令にすると決めた者は誰だ。何故、君は司令を名乗る』
「はあ、説明すると長くなりますけど、とりあえず用件はそれでいいです?
あれ、メモ用紙はどこにいれたかな? あ、あった。えーと、僕を司令にした人が誰で、と」
『私は今、答えろと言っている』
「いや、それは冬月さんです。で、理由は――やっぱり後でいいです? 難しいことは判らないし」
『もういい。退席したまえ』
「退席って、これ電子会議でしょ?」
『その電子会議のスイッチを切ればいい』
「ん、これかな……あ」
僕が操作をする前に、目の前に浮かんでいたゼーレ委員の姿が消えた。
そして表示されるメッセージ。
『あなたは会議室から除外されました』
何だよ、そっちで操作できるなら初めからしてくれればいいのに。
そう僕が考えていると、後ろからクックックと笑う声。
言うまでもなく、政府の要人と会っている筈の冬月さんだ。
「もう、冬月さん。いいんですか、こんなことして」
「ああ、どうせなら最初から怒らせておくに限る」
「僕が酷い目にあったら冬月さんのせいですからね」
「いや、怒ったり感情的になれば、かえって不利に陥るものだ。
気迫を相手にぶつけて優勢に立っているように見えるが、逆に感情的になりやすい。
そして、相手に操作されやすくなる」
「なんだかよく判りませんが」
「古典からある兵法だよ。まあ見ていたまえ。次は君に対して紳士的に接するようになるだろう」
得意げに話す冬月さんだけど、なんだかな。
古代の軍師にでもなったつもりだろうか。
「紳士的って、どうしてです」
「操作されたくないからだよ。そして、君の利用価値を見いだすために」
「僕の利用価値? なんですか、それ」
すると冬月さんは、ニヒルな笑みを浮かべてこう答えた。
「人類補完計画。全てはその宿願のために」
「……は?」
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「えー!? シンジ君をゼーレ会議に突き出しちゃったの?」
「ウフフ、当然じゃないかしら。なんといってもシンジ君は司令様なんだから」
とあるバーのカウンターにて。
そこでグラスを傾けるのは、仕事帰りの葛城ミサトと赤木リツコ。
そして。
「いや、彼の特質は正に父親譲りのものだ。
戦自やゼーレ委員の面々を相手取り、ふてぶてしいまでのあの態度。
正しく司令の名に、いや、碇ゲンドウの跡継ぎに恥じないものであったよ」
と、答えたのは、その会議の傍聴を終えたばかりの冬月副司令であった。
それを聞いたミサトは呆れ顔。
「もう、どうかしてるわ。シンジ君を司令に仕立てたのは、レイの世話をさせるための方便じゃないんですか?」
「そうもいくまい。エヴァパイロットとの関わりは、E計画の中核に触れることでもある。
いやまったく、シンジ君が実の息子でよかった。かなり無理はあるが世襲制度という名目が使えるからね」
そう言って冬月はビールを飲み干し、席を立つ。
「さて、私はそろそろ帰るよ。明日、シンジ君にレクチャーをするため資料を揃えねばならんのでね」
「あ、はい。お疲れ様です」
「君達もシンジ君の補佐を頼むよ。それじゃ」
リツコはタバコに火を付けながら、今だ眉間に皺のミサトに微笑みかける。
「誘ってみるものね。副司令、この時間だと大抵は前司令のお守りの時間だったから、以前だと考えられない」
「ああ、あの広大な執務室で語り明かしてた訳ね。何の話をしてんだか」
「あなたも、シンジ君のレクチャー頼むわよ? レイを指揮する上で、私達の言葉が通じないようじゃ話にならないわ」
「それはいいけどさ。総司令官よ? NERV全職員、ひいては世界中の全ての人命を預かるのよ?
そんな重責を14歳に背負わせる気?」
「そのために、私達がいるんじゃない?」
「まーねぇ、でもさぁ……」
「ん?」
「なーんか、あの子って可愛くないのよね。あの時もさ、出撃させないつもりなんですかぁ? だってさ」
そう言って口をとがらせるミサトに、リツコは思わずクスクス笑う。
「負けん気があっていいんじゃない? それに反抗期真っ盛りの14歳、跳ねっ返りの方がむしろ健全。でもね、ミサト」
「何よ」
「あの子の性質は素直で従順。そして、純粋」
「そーお?」
「あの子の言うことを考えれば判る。そして、あの子はレイから逃げずに受け止めようとしているわ」
「ふーん……」
「でも」
と、リツコは言葉を切り、カラリとグラスの氷を揺らして溜息をついた。
「でもあの子、ふてぶてしいというより向こう見ずの無鉄砲ね。あるいは、やけっぱちになっているというか」
「リツコ、そりゃ父親に死なれちゃ気も荒れるわよ。ましてや、こんな大仕事を無理からさせられちゃ」
「まあね」
「さーて、私も帰るか。明日っからシンちゃんにNERV魂をガンガン叩き込んでやらなくちゃ」
と、席を立つミサトに続いて、リツコもまたタバコを揉み消した。
「あらあら、シンちゃん呼ばわりってずいぶん親しいのね。可愛くないって言ったくせに」
「しょーがないっしょ。全ては人類の存亡がかかってるんだから」
「でも、嫌われるかもね。そういうの」
「そこは上手くやるわよ。今、シンちゃん何処にいるの?」
「そりゃもちろん、あそこよ。お父様が使っておられたNERV最上階」
「おー、噂に聞く総司令ルームね。今度、遊びに行ってみるかな? 泊めて貰えるぐらい親しくなれば、通勤時間ゼロだもんね」
「お止しなさいな。今や、レイとの愛の巣と化しているはずよ?」
それを聞いたミサトは顔を青くする。
「ちょっとぉ、一緒に住んでるって冗談でしょ? 性欲まっさかりの14歳同士じゃ……」
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「レイ、ちゃんと洗えた? あ、ちょっと駄目だよ。ちゃんと服を着てから出てきて」
やれやれ。
基本的な動作は出来るとは聞いてきたけど、ここまで常識を知らないとは思わなかった。
一人で風呂に入るようにするまで、どれほど手間がかかったことか。
正直、目が離せない。いや、目のやり場に困るんだけどね。
ほら、今もまた。
「ん、ずいぶん時間がかかってるな……レイ、大丈夫? あれれ、あーもう、しょうがないな」
またこれだ。更衣室を覗いてみれば、上着とズボンを履き間違えてこんがらがってるし。
うらやましい? 冗談でしょ。
一歩、教え間違えたら外を裸で出歩いてしまいそう。
そりゃ僕も男だし、レイを見て反応しない筈もない。
でも、女の子一人の行動に責任があると思えば、ね?
それにさ。
「え? レイ、何? あ……」
不意にレイは僕の右手を取る。
そして、その手のひらにほおずりし、目を閉じる。
これだよ。以前に一度、お風呂上がりにレイの顔を撫でたことがあってね。
なついてる、あるいは僕にそうして貰うのが嬉しい、というならまだいいんだけど、
「風呂上がりには僕の手に顔を擦りつける」という行為を慣習として理解している可能性もあるんだ。
もし、うっかりキスをしたり、裸にして性的行為に及んだりしたら、今度は所構わず人前でも服を脱ぎ出すかもしれない。
それが僕に対する「義務」だと思い込んで。
あるいは、「お帰り」と言えば「ただいま」と言い返す挨拶の一種であるかのように。
「ほら、こっちが上着。ちゃんと服を着て――ああ、ブラジャー? えっと……」
困ったな。付け方なんて知らないよ。
いや、見りゃ判るけど、僕が手伝うのは、その、ねえ?
マヤさんに相談しようかな。でも、結局は僕じゃなきゃ駄目なんだろうな
自分で付けるよう仕向けるには、どうやって指示したらいいんだろ。
ああもう、正直、頭が痛い。
「じゃ、次は僕が風呂にはいるからね……ちょ、ちょっと待って。一緒に入りたいの?
あのね。君は今、風呂から上がったばかりじゃないか」
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最終更新:2009年03月28日 22:22