総司令 第七話

ゼーレ最高幹部会議。
それはNERVの背後にある、世界の頂点に立つ者共の組織。
NERV設立は正しく彼らの意志に他ならない――

『なんだね、君は』
「はあ、碇シンジといいます」
『は? もしや、あの碇ゲンドウの息子か。何故、ここにいる』
「あれ、聞いてませんか? 僕が新しい司令になったんで、そのご挨拶を」
『新しい司令だと? 子供に勤まるはずがあるか! 冬月は? 冬月は何処にいる!』

ほらほら、やっぱり怒り出した。
だから言ったのに。
僕がこの爺さん達と話がまとまる筈がないじゃないか。

「ああ、冬月さんは政府の要人と会う約束があって、出られないそうです。
 僕が代わりにご挨拶がてら、用件を聞いてメモを残すようにと」
『子供に何が出来るというのだ。いいから、冬月を呼び出せ! 電話でも会議の出席は可能――』
『待て』
と、尚も怒鳴り続ける爺さん達を差し止めた中央の男。
ははあ、この人が一番偉い人なのかな。

「議長のキールという者だ。碇シンジ君と言ったな」
「はい、よろしくお願いします」
『お願いするかどうかは、こちらが決めることだ。君は父親の仕事を知っているのか?』
「いえ。ついこの間、ここに来たばかりで」
『君を司令にすると決めた者は誰だ。何故、君は司令を名乗る』
「はあ、説明すると長くなりますけど、とりあえず用件はそれでいいです?
 あれ、メモ用紙はどこにいれたかな? あ、あった。えーと、僕を司令にした人が誰で、と」
『私は今、答えろと言っている』
「いや、それは冬月さんです。で、理由は――やっぱり後でいいです? 難しいことは判らないし」
『もういい。退席したまえ』
「退席って、これ電子会議でしょ?」
『その電子会議のスイッチを切ればいい』
「ん、これかな……あ」

僕が操作をする前に、目の前に浮かんでいたゼーレ委員の姿が消えた。
そして表示されるメッセージ。

 『あなたは会議室から除外されました』

何だよ、そっちで操作できるなら初めからしてくれればいいのに。
そう僕が考えていると、後ろからクックックと笑う声。
言うまでもなく、政府の要人と会っている筈の冬月さんだ。

「もう、冬月さん。いいんですか、こんなことして」
「ああ、どうせなら最初から怒らせておくに限る」
「僕が酷い目にあったら冬月さんのせいですからね」
「いや、怒ったり感情的になれば、かえって不利に陥るものだ。
 気迫を相手にぶつけて優勢に立っているように見えるが、逆に感情的になりやすい。
 そして、相手に操作されやすくなる」
「なんだかよく判りませんが」
「古典からある兵法だよ。まあ見ていたまえ。次は君に対して紳士的に接するようになるだろう」

得意げに話す冬月さんだけど、なんだかな。
古代の軍師にでもなったつもりだろうか。

「紳士的って、どうしてです」
「操作されたくないからだよ。そして、君の利用価値を見いだすために」
「僕の利用価値? なんですか、それ」

すると冬月さんは、ニヒルな笑みを浮かべてこう答えた。
「人類補完計画。全てはその宿願のために」
「……は?」

  • =-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=-

「えー!? シンジ君をゼーレ会議に突き出しちゃったの?」
「ウフフ、当然じゃないかしら。なんといってもシンジ君は司令様なんだから」

とあるバーのカウンターにて。
そこでグラスを傾けるのは、仕事帰りの葛城ミサトと赤木リツコ。
そして。

「いや、彼の特質は正に父親譲りのものだ。
 戦自やゼーレ委員の面々を相手取り、ふてぶてしいまでのあの態度。
 正しく司令の名に、いや、碇ゲンドウの跡継ぎに恥じないものであったよ」
と、答えたのは、その会議の傍聴を終えたばかりの冬月副司令であった。

それを聞いたミサトは呆れ顔。
「もう、どうかしてるわ。シンジ君を司令に仕立てたのは、レイの世話をさせるための方便じゃないんですか?」
「そうもいくまい。エヴァパイロットとの関わりは、E計画の中核に触れることでもある。
 いやまったく、シンジ君が実の息子でよかった。かなり無理はあるが世襲制度という名目が使えるからね」
そう言って冬月はビールを飲み干し、席を立つ。

「さて、私はそろそろ帰るよ。明日、シンジ君にレクチャーをするため資料を揃えねばならんのでね」
「あ、はい。お疲れ様です」
「君達もシンジ君の補佐を頼むよ。それじゃ」

リツコはタバコに火を付けながら、今だ眉間に皺のミサトに微笑みかける。
「誘ってみるものね。副司令、この時間だと大抵は前司令のお守りの時間だったから、以前だと考えられない」
「ああ、あの広大な執務室で語り明かしてた訳ね。何の話をしてんだか」
「あなたも、シンジ君のレクチャー頼むわよ? レイを指揮する上で、私達の言葉が通じないようじゃ話にならないわ」
「それはいいけどさ。総司令官よ? NERV全職員、ひいては世界中の全ての人命を預かるのよ?
 そんな重責を14歳に背負わせる気?」
「そのために、私達がいるんじゃない?」
「まーねぇ、でもさぁ……」
「ん?」
「なーんか、あの子って可愛くないのよね。あの時もさ、出撃させないつもりなんですかぁ? だってさ」
そう言って口をとがらせるミサトに、リツコは思わずクスクス笑う。

「負けん気があっていいんじゃない? それに反抗期真っ盛りの14歳、跳ねっ返りの方がむしろ健全。でもね、ミサト」
「何よ」
「あの子の性質は素直で従順。そして、純粋」
「そーお?」
「あの子の言うことを考えれば判る。そして、あの子はレイから逃げずに受け止めようとしているわ」
「ふーん……」
「でも」
と、リツコは言葉を切り、カラリとグラスの氷を揺らして溜息をついた。

「でもあの子、ふてぶてしいというより向こう見ずの無鉄砲ね。あるいは、やけっぱちになっているというか」
「リツコ、そりゃ父親に死なれちゃ気も荒れるわよ。ましてや、こんな大仕事を無理からさせられちゃ」
「まあね」
「さーて、私も帰るか。明日っからシンちゃんにNERV魂をガンガン叩き込んでやらなくちゃ」
と、席を立つミサトに続いて、リツコもまたタバコを揉み消した。

「あらあら、シンちゃん呼ばわりってずいぶん親しいのね。可愛くないって言ったくせに」
「しょーがないっしょ。全ては人類の存亡がかかってるんだから」
「でも、嫌われるかもね。そういうの」
「そこは上手くやるわよ。今、シンちゃん何処にいるの?」
「そりゃもちろん、あそこよ。お父様が使っておられたNERV最上階」
「おー、噂に聞く総司令ルームね。今度、遊びに行ってみるかな? 泊めて貰えるぐらい親しくなれば、通勤時間ゼロだもんね」
「お止しなさいな。今や、レイとの愛の巣と化しているはずよ?」
それを聞いたミサトは顔を青くする。

「ちょっとぉ、一緒に住んでるって冗談でしょ? 性欲まっさかりの14歳同士じゃ……」

  • =-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=-

「レイ、ちゃんと洗えた? あ、ちょっと駄目だよ。ちゃんと服を着てから出てきて」

やれやれ。
基本的な動作は出来るとは聞いてきたけど、ここまで常識を知らないとは思わなかった。
一人で風呂に入るようにするまで、どれほど手間がかかったことか。
正直、目が離せない。いや、目のやり場に困るんだけどね。
ほら、今もまた。

「ん、ずいぶん時間がかかってるな……レイ、大丈夫? あれれ、あーもう、しょうがないな」
またこれだ。更衣室を覗いてみれば、上着とズボンを履き間違えてこんがらがってるし。
うらやましい? 冗談でしょ。
一歩、教え間違えたら外を裸で出歩いてしまいそう。
そりゃ僕も男だし、レイを見て反応しない筈もない。
でも、女の子一人の行動に責任があると思えば、ね?
それにさ。

「え? レイ、何? あ……」
不意にレイは僕の右手を取る。
そして、その手のひらにほおずりし、目を閉じる。

これだよ。以前に一度、お風呂上がりにレイの顔を撫でたことがあってね。
なついてる、あるいは僕にそうして貰うのが嬉しい、というならまだいいんだけど、
「風呂上がりには僕の手に顔を擦りつける」という行為を慣習として理解している可能性もあるんだ。
もし、うっかりキスをしたり、裸にして性的行為に及んだりしたら、今度は所構わず人前でも服を脱ぎ出すかもしれない。
それが僕に対する「義務」だと思い込んで。
あるいは、「お帰り」と言えば「ただいま」と言い返す挨拶の一種であるかのように。

「ほら、こっちが上着。ちゃんと服を着て――ああ、ブラジャー? えっと……」

困ったな。付け方なんて知らないよ。
いや、見りゃ判るけど、僕が手伝うのは、その、ねえ?
マヤさんに相談しようかな。でも、結局は僕じゃなきゃ駄目なんだろうな
自分で付けるよう仕向けるには、どうやって指示したらいいんだろ。
ああもう、正直、頭が痛い。

「じゃ、次は僕が風呂にはいるからね……ちょ、ちょっと待って。一緒に入りたいの?
 あのね。君は今、風呂から上がったばかりじゃないか」









  • =-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=- -=-=-
最終更新:2009年03月28日 22:22
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。