虐待 第拾話

「アスカ?」
「あ、はい。ごめんなさい。」
そんな気のない返事をする、ミサトさんの目を見れないアスカ。
その彼女の様子に眉をしかめて爪を噛むミサトさん。

険悪、という訳ではないし、アスカには嫉妬から来る反発も悪意もありません。
事情を知っている者だけが判る、微妙すぎる無言の会話。
ミサトさんはアスカが見ていたことは知らないはずだけど、
アスカの微妙な変化の意味が判らずにいるのでしょう。
どうアスカに接したらいいのやら判らず困っている様子です。
ですが、僕からは何とも言うことが出来ません。

夜、音楽を聴きながら横になっていました。
同じテープをすり切れるほどに聴いていたので、好い加減ちがうものを聞きたいところです。
ラジオでもあればいいのに、などと考えていた時のこと。
誰かが部屋をノックしました。ミサトさんです。
僕はギクリとして彼女を見ます。
もしかしたら、あの時のことでしょうか。そしてアスカの話でしょうか。

「あなたもこっちに来て手伝いなさい。」
どうやら、まったく違う話のようです。しかし僕にとって災難であることには間違いありませんでした。



連れて行かれたのはNERV本部の司令塔。
そこはひっくり返すような大騒ぎとなっていました。
「防壁を展開……ダメです!突破されました!」
「このコードは、マズイ!MAGIに侵入するつもりです!」
何が何だかよく判らないのですが、どうやら本部に使徒が侵入したらしいのです。
別にどこも破壊されている様子はないのに、と思っていたのですが、
なんでも今回登場したのは細菌タイプの使徒で、
それがコンピューターに変化しMAGIにハッキングを仕掛けて……何のこっちゃ。
いや、もういいですミサトさん。訳が判りませんが、とにかく何をすればいいんですか。

「延長コードを30本、端末を5台、それから……おい、聞いてるか?メモを取れ、メモを。」
「家の敷居とケーブルは親父の頭と思え!踏みつけにする奴があるか!データ飛んじまうだろうが!」
「おいこら、コーヒー薄いぞ!なにやってんの!」
ようするに僕はパシリです。MAGIの突貫工事で使徒を対処するオペレータの人達のため、
機材やら夜食の箱入りサンドイッチにコーヒーなどを両手に抱えて、右往左往する羽目となったのです。
整備士の人たちにも散々どなりちらされましたが、コンピューター屋の連中もホントに訳が判りません。
その頂点に立っている人がリツコさん、というところでしょうか。
などと嫌みを込めて彼女のことを考えていた、その時のことです。

スーパーコンピュータMAGIの最奥の方から、なにやら怒鳴り声が聞こえてきました。
リツコさんです。



「母さん……あなたのせいで……私は……私はッ!!」
そんな彼女をおさえようとする周囲の声。
「先輩ッ!!やめてください!落ち着いてください!」
見れば、工具を振り上げてMAGIに殴りかかろうとしているリツコさんの姿。
それを羽交い締めして止めようとするミサトさん。
「リツコ、落ち着いて。ね?なんなら、ここを全て爆破してもいいんだから。」
「……やるわ。やるわよ!いいから手を離して!」

彼女、過去に何があったのでしょうか。
このスーパーコンピュータMAGIは、リツコさんの母親が作ったとのこと。
恐らく、MAGIこそがリツコさんにとって母親の象徴であり、憎しみの対象なのかも知れません。
僕はリツコさんを哀れむでも無し、そして憎むでもない、妙な気分になってきました。
もしかしたら、僕達への辛辣な攻撃もそんな彼女の心理から来たものかも知れません。
が、僕は心理学者ではないし、考えたってそんなことは判りません。

「さ、もういいわ。帰って明日に備えなさい。」
ミサトさんはそういって僕を解放してくれました。
僕は去り際にサンドイッチの箱をちょろまかし、見つからないように急いでその場を立ち去りました。
幸い現場はまだまだ大騒ぎしていて誰も気付かなかったみたいです。
そして向かった先はアスカの部屋。



「そういうのって、大抵ウソなのよね。アンタ、本当は食べてないんでしょ?」
そういって、彼女は僕からサンドイッチを受け取ろうとしません。
空元気を出しているのでしょうか。以前のような明るい口調で僕に言います。
「散々働かされたんでしょ?顔みりゃ判るわ。アンタが食べなさいよ。」
それは嫌みな口調ではありません。
むしろ優しく微笑んで僕をいたわり、扉を閉めてしまいました。

母さん、僕って本当に浅ましいです。
アスカを食い物で釣れるという自分の魂胆が浅ましくて、そして愚かしくてなりません。
なんていうか……なんなんでしょうね僕は。

もう折角のサンドイッチも手を付ける気になれず、
ゴトンとゴミ箱に投げ捨てて自分の部屋へと帰りました。
最終更新:2007年03月19日 07:59
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