二人の 第四話

気が付くと、シンジは先程の居間に寝かされていた。
目を開ければ、和室向けの電灯が淡い光を放っている木製柄の天井が見える。
それはシンジにとって知らない天井……などと言っている場合ではない。
流石に気がとがめたのか、レイはシンジに謝る。
「ごめんなさい。驚かせてばかりで。」
まことにもって、驚かせすぎである。

シンジが起きあがって見てみると、その六畳一間の部屋に合計9名のレイがギッシリと並んでいた。
皆それぞれに着ているものは違っていたが、Tシャツとかカッターシャツとかを裸の上に着ただけらしく、
うっかり見てはならないものを見てしまいそうで、まったく気が抜けない状況である。
そんな彼女たちのおでこに、風呂場で消えたらしい数字を書き直しているのが制服姿のレイ。
その彼女にシンジは尋ねる。
「えーと……ということは君がオリジナル?」
「そう。見分けが付かなくなるからピアスを付けたの。似合う?」
「そうか、耳を見て区別をつければいいんだね。」
「……似合う?」
「あ、ああ、ゴメン。似合うよ、綾波。」

それにしても、こうして全く同じ顔の少女が並んでいるのは実にシュールな光景だ。
まだ彼女たちの可愛らしさが助けとなって、悪夢に陥ることを免れてはいたのだが。
しかし、全員ニコリともしないのはおろか、まったくの無表情。
本当に大量コピーしただけようにそっくりな「レイ達」であった。

そこまできてシンジは、ようやく自分が全裸にタオル一枚の状態であることに気が付いた。
聞けば、大量のレイを見て風呂場で気絶したらしかったのだ。
それはそうだろう。すでにクローンの存在を聞かされていたものの、あんな光景を見せられてはたまらない。
しかし、なんだか頭がフラフラする。
それも無理は無い話で、倒れた直接の原因は精神的ショックだけではなく
大量の少女の裸を目の当たりにした事で、鼻血による大量出血したのが原因だったのだから。
慌てて股間を隠しなおすシンジにオリジナルのレイは言う。
「だから、気にしなくて良いから。」
「あの……僕の服は?」
「洗濯中。気になるなら、この子達も裸に。」
「ま、待ってよ。それになんの意味が……」
レイは、みんな一緒に裸になって何をしようと考えているのか。
どうにもレイの人格が少し疑わしくなってきたが、しかし今更ながら逃げられない。
とりあえずシンジは、Tシャツとトレパンのようなものを借りて人心地つくことができた。

「さあ、晩ご飯にしましょう。」
そのオリジナルの一言を聞いて、コピー達はシンジが寝ていた空間にちゃぶ台を運び込む。
そして炊飯器がパカッと開けられ、次々と茶碗につがれていくご飯。

ご飯が並べられ、9人のレイと一緒にグルリとちゃぶ台を取り囲んだシンジは、
なんだかルーレットの当たりになったような気分である。
準備が整い、レイ達は合掌した手に箸を構えて「いただきます」のポーズをとった。

「……あの。」
ここで流石のシンジも尋ねざるを得なかった。

「何?」
「ご飯だけ?」
「そう、晩のご飯。」
そう答えるオリジナルのレイに呼応して、全員同時に頷くレイのコピー達。

「あの、ご馳走になる身で悪いんだけど……他には何も?」
「塩。」
そう言って、レイは水色の蓋の小瓶をちゃぶ台の上にコトン。

シンジは目を丸くした。
「あの……綾波、塩って。」
「うん、味塩。」
「いや、だから、あの……」
「只の塩じゃない。味塩の成分はグリタミン酸ナトリウムだから、昆布と同じ旨み成分の……」
「いや、そういうことじゃなくて、その……」

何を言って良いのか判らなくなってるシンジの茶碗に、オリジナルのレイはパラパラと塩を振りかける。
それをみんな待っていたのだろう。次々と味塩を回し合うコピー達。
「さ、みんな食べましょう。」

シンジはしょうがなく、レイ達と一緒にモクモクとご飯を食べ続けた。
なんだか喉を突っ返そうになりながら、なんとか最後の一口を飲み込んだシンジ。
僕はいじめられているのだろうかと考えてしまいそうになるのだが、
しかしレイ達も同じように同じ物を食べているのだ。
これがここの生活だ、と言わんばかりに。
「おかわりは?」と尋ねられてが、シンジは首を振って拒否をする。
それは仕方がないだろう。飽食の生活の中で、白ご飯を塩だけで食べ続けられるものではない。

さて食事が終わった。あとは寝るだけだ。
「みんな、休む準備を。私はお風呂に入るから。」
といって立ち上がるオリジナルの一言で、シンジはコピー達にぐいっと両脇を引っ張られて立たされる。
何事かとキョロキョロしていると、コピー達は一度は運び込んだちゃぶ台をもう一度そとに運び出し、
そして押し入れから布団を出して引き始めた。
六畳間に敷き布団三組がギッシリと敷かれて、毛布が適当に広げられる。
そしてポンポンと置かれる枕代わりのクッション達。

「あ、あの、まさか皆いっしょにここで寝るの?」
うん、とピッタリ同時にうなずくレイ9人。
そのまま無言でシンジをほとんど押し倒すようにして寝かしつける。
「ちょ、ちょっと……」
だが、コピーのレイ達は無言でシンジと共に横たわり、部屋の電気を消してしまった。
もしかしたら、クローンには言葉を話す機能が損なわれているのだろうか。

だが、シンジにはそんなことを考察している場合ではないはず。
六畳間、いや動かせない家具のお陰でもっと狭い。そこに9名なのだ。
「ぶふっ……いや、ちょっと、あの!」
レイ達は遠慮無くシンジと共に身体を寄り添い合う。
もう寄り添うどころか身体を絡めなければ、とても横になることなど出来ないのだ。
レイの身体の感触をもろに感じてしまい、性欲真っ盛りの中学生シンジは悲鳴を上げて逃げようとする。
だが、どこにそんな逃げ場があるというのか。

そういえば電話ボックスに何人はいれるかを試すとか、以前にバラエティ番組で有ったような気がする。
いやシンジ、そんな余計なことを考えている場合ではない。
そういう場合は笑いを取るために、後からこれでもかというダメ押しが……ほら、やってきた。

がらがらがら……
「良いお湯だった。それじゃ皆、お休みなさい。」
そして無理から布団に潜りこもうとするオリジナルレイが、更にシンジを圧殺する。
シンジはなんとか腕や何かで支えて、身体の下手な部分が触れないように頑張っていたが、
更に逃げようとしたのが裏目に出て、レイ達と後ろから前からの状態に陥り……

「ご、ごめん!僕、外で寝る!」
遂に我慢の限界突破。
レイ達の頭を踏みそうになりながら、シンジはつま先立ちで居間を飛び出していった。

翌朝。

廊下で体育座りで座って寝ていたシンジ。
だが目を覚ましてみると毛布が一枚かけられていることに気が付いた。
そしてシンジは肩に重みを感じる。
なんだろうと思って見てみると、レイの一人がもたれかかって寝息を立てていた。
そして、そのレイのおでこには数字の「3」。
気を使ってオリジナルが置いていったのだろうか。毛布と一緒に身体を温める抱き枕がわりとして。

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「さあ、朝ご飯にしましょう。」
オリジナル・レイの先導でちゃぶ台に茶碗が並べられる。
そう、朝のご飯である。ちゃぶ台の上には白飯の茶碗と箸しかない。
「あの……朝はご飯だけ?」
そう尋ねたシンジに、オリジナルは無言で首を横に振って否定する。
そして冷蔵庫から取り出した物。
「綾波、あの……これは……」
「キャベツ。」
そう、半玉のキャベツであった。
いやわざわざ尋ねなくても見れば判る。
しかし、昨日の塩に比べれば、調味料でないだけでもマシだと思うのだが。

「あの……これで、ご飯を食べるの?」
一斉にうなずくレイ達。そしてシンジをジッと見つめる。
彼が最初に取るのを待っているのだろう、
シンジはどうすればいいのか判らないままキャベツを一枚はがすと、
レイ達はそこから時計回りでキャベツをまわし合い、一枚ずつはがしていく。

その様子を見て、流石のシンジもたまりかねたのだろう。
こんな申し出をした。
「綾波、その……野菜炒め、作ろうか。肉抜きでよければ。」
「うん、お肉きらい。」
そういってオリジナルは自分のキャベツをシンジに渡し、コピー達もそれに習う。

シンジは溜息混じりに使ったことが無さそうな包丁やフライパンを探し当てる。
どうやら僕に出来ることがありそうだと、考えながら。
最終更新:2007年12月01日 23:20
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