特急 第拾壱話

少し前。
夜の象徴、使徒レリエルが姿をあらわして初号機を飲み込んだその直後。

廃墟と化した第三新東京市、その瓦礫の中に居る只一人の少年。
「もうすぐ僕の番だね」
そして天を仰ぎ見る。
夜空に星はほとんど見えず、ただそこにあるのは鈍く輝く月。その月明かりに照らされる2体の使徒。
「お前も、あんなものを飲み込んじゃって……時間稼ぎにしかならないな。どんな目にあっても知らないよ?」
果たしてそれは誰に語っているのか。

そして歩き着いた場所。そこは、今だ爆発の熱気が冷めやまない司令部跡である巨大な穴。
そこまで歩き着いた彼は更に何かを言い続ける。
「これを僕が破らなきゃならないのか。いや……そうだな。逆に開けて貰ったほうが楽なんだけど……」
そんな彼に一人の男が声をかける。

「おい、生存者か?そんなところで何をしている!」
その少年に声をかけたのは、自衛隊員の一人。
「民間人は全て避難せよ、と通達されているはずだ。名前は?」
只の少年一人であったが、平然とこの戦場を歩く姿をいぶかしんで隊員はそう尋ねた。
「僕の名前?そうだね……僕はカヲル。渚カヲル」
涼やかに答える少年。ニコリと笑みさえも浮かべながら。
「もうすぐここは戦場になる。戦況次第でここを吹き飛ばすぞ。ヘリに乗せてやるから……ん?」


そう指示をしようとした隊員であったが、既に少年は姿を消していた。
「……??」
頭をひねり、辺りを見渡す隊員。そんな彼を後にして、少年は飛翔する。
「あれ、まだ使えそうだね。方向はこっちだったかな」
月明かりの中、少年が向かった先。
それは噴火の炎が今だ消えぬ浅間山……


「うわあああっ!!」
訳も分からず叫び続けるシンジ。
大慌てでありながらも緊急稼働の操作をするが、
しかし初号機は完全に使徒レリエルの影へと飲み込まれていった。

「お、落ち着け、落ち着くんだ、なんとかしないと、でないと使徒が……」
混乱から立ち直ろうとシンジは自分に言い聞かせる。が、どうにかできる筈もない。
初号機は稼働はしている。そしてLCLもまた注ぎ込まれて先程まで戦っていた通りの状態になった。
それはいい、しかし自分の目の前に並ぶ操作盤や計器類など何がどうなのかまるで訳が分からない。
彼がエヴァに乗ったのは、つい昨日の朝なのだ。
教えられたのは簡単な操作の説明と、操縦桿を握って身体を動かすイメージを伝える、ただそれだけ。
こんな非常事態に対処できる筈もない。
ただひたすら操縦桿をガシャガシャと動かす、彼に出来るのはそれだけだった。
彼の目に映る全方向レーダーは全て真っ白。共に使徒に飲まれた連中も見る影もない。
「い、いったいここはどこ?どこにいるの?」

何もない。ここには何も存在しない。
初号機と共に多くの者、NERVの車両や機材なども共に使徒の影へと落ちていったはずなのだが。

(ウロタエルナ オロカモノ)

何もない。しかし恐ろしい。今、シンジはビリビリとした恐怖を味わっていた。
突然に何かが現れ、そして襲いかかって来ないかと。
次の瞬間、何が起こるか判らない。それに応じることが出来なければ自分は死ぬ。
そして全てが終わる。NERVは、人類は滅ぼされ何もかも終わってしまうのだ。

(ウロタエルナ ナニ ヲ シテイル ハヤク ココカラ デロ サモナクバ)

何もない。何もないからこそ、恐ろしいのだ。
これなら迫り来る使徒の苛烈な攻撃を受けている方がマシ、と言いたいくらいだ。
徐々に自分の鼓動が早くなる。胸に手を当てずとも痛いほどに自分の脈打つ心臓の音が聞こえてくる。
それは、いつ何が起こるか判らない恐怖と、そして何も出来ない自分へのいらだちと……

(サモナクバ オマエタチ ハ ミナ シヌノダ コンナ モノ デ ナニ ヲ ウロタエテイル!)

(え……!?)
自分の耳?いや、違う。
自分の奥底から聞こえてくる声にようやく気付き始めたシンジ。


いったい誰だ?いったいどこから……

(ハヤク メザメヌカ! ナニ ヲ シテイル オロカモノ!)

(誰?いや、違う……)
何故そう思うのか、まったく意味が分からぬままにシンジは気付く。
(この声……僕!?)

(モウヨイ!オマエ ニハ タヨラヌ!)

そして自分の鼓動の高まりが頂点に達し、そして!

   ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……


       キュワアアアアアッッ!!


(!!)





「司令部!返答願います!司令部!」

本部跡に向かった者達とは行動を別にして、地表の黒い闇の近辺に待機していたヘリが一機。
全てを飲み込んだ使徒レリエルを警戒して、その付近に残留したまま監視を続けていた者が、
緊急を告げようと必死でマイクを握りしめていた。

見れば、今だ地上の影に変化はない。
しかし、中空に浮かぶ不気味な月が身もだえし、震え、そしてメキメキという音が聞こえてくる。
その急変を告げようとしていたのだが、当の司令部からは返答がない。
今、使徒ゼルエルを迎え撃つことだけに集中し、それに取り合う余裕が全く無い有様なのだ。
ヘリに搭乗している隊員達はどうして良いか判らずうろたえるばかり。
「おい、距離を置け!こちらに襲いかかってくるぞ!」
「し、しかし……うわぁぁっ!!」
そして更なる異変、使徒の丸い球体が血しぶきを上げながら真っ二つに裂け、そして躍り出た者!

  バリ!バリバリッ!

           ウォォォォォォォ……ンッ!!

それこそ初号機であった。使徒の血にまみれながら両手でその球体を押し広げ、そして地上に降り立つ!

   ズシィィィィィィンッ!!


「しょ……初号機、健在!初号機、使徒から脱出……して……」
ヘリのNERV隊員は言葉に詰まる。
その恐ろしい姿。これまで見てきたそれとは違う。
荒々しく口を開かれ、雄叫びを上げ、そして装甲を隔てて居ても判る、その悪魔のような形相。

もはや地表の影は消えていた。
その元の瓦礫に初号機は降り立ち、まるで野獣のように吠え猛り、そして駆け出す。
向かった先。それは勿論、今まさに零号機と使徒ゼルエルが戦おうとしている戦場の元へ。

   ウォォォォォンッ!!

     ズドドドドドドドドドド……

「あ、あ、あ……」
もう呆気にとられて見ている隊員。
しかし、そうしている場合ではなかった。
砕け散った空中の使徒の内部から、初号機に続いてボロボロと何かが落ちてきたのだ。
それは使徒が飲み込んだはずのNERVの車両や隊員達。
それに気が付き、ようやく我を取り戻し、しかし大慌てで自ら指示を飛ばす。
「せ、戦自に連絡!生存者の確認と救出を!」

そして!



   ガキィィィッ!!

「う、嘘!まさか、本当にシンジ君!?そんな、どうやって……」
ミサトは驚愕し、そしてそれが歓喜に変わる。
あと一歩で接触しようとしていた零号機と使徒ゼルエル。
その場に凄まじい勢いで到着し、そしてその2体の間に割って入った初号機。
零号機はその衝撃でドシンと後ろに転ぶ。手に持っていたN2火薬ともども無事だ。
初号機はそれには構わず使徒の体を掴み、そしてゆっくりと睨み付ける。
よくもやってくれたな、と言わんばかりに。

正にミサトの願いそのままに初号機は使徒から脱出し、そして零号機の無謀を寸前で食い止めたのだ。
これほど夢のような展開があるものか、と喜ぶべきであったが……
『この数値……これは!』
それはマヤからの通信だった。それに答えるミサト。
「どうしたというの?」
『初号機、完全に制御を失っています!暴走状態です!』
「ええ!?」
しかし、数値など読まなくても見れば判る。初号機はそんな有様だ。

使徒の体に爪を立て、そしてメリメリと引き裂こうとする初号機。
使徒は身をよじってなんとか逃れ、初号機から距離を置こうとする。


しかし、それを許す初号機ではない。
すぐさま飛びかかり強烈な蹴りで打ち倒し、殴りつけ、そして最後には牙をむいて噛みついた。
バリバリと使徒を噛み砕き、引き裂くその初号機の姿。
正に野獣そのままだ。理性のタガが外れて本能のままに獲物を襲う肉食獣となっていた。
うろたえ、何も言えず、何も出来ないNERVスタッフ達。
「あ、ああ……そんな……」
ただ、誰かがそんなうめき声を上げる。
もはや初号機、そしてシンジは窮地を救ったヒーローではなかった。
襲いかかる使徒同様、人類にとって恐怖の対象。そう思わざるを得ないエヴァの存在。
「エヴァンゲリオン……使徒アダムのコピー……」
『……』
ようやく沈黙を破ってそれを口にしたミサト。しかし、それに答える者は誰もいない。

やがて、初号機はようやく動きを止めた。
まるでゼンマイの切れた人形のように、使徒の残骸を掴んだままピタリと動かなくなってしまったのだ。
そして使徒ゼルエルは、もはや原形をとどめぬ無惨な残骸と変わり果てていた。

『……初号機、制御が戻ります。使徒、完全に停止し反応消失』
そのマヤの報告に、ミサトは息を吹き返す。
「判ったわ。すぐに初号機とパイロットの状態を確認。今、可能なエヴァの整備は?」
『バッテリーが幾つか残っています。それだけです……いや、待ってください』
「ん?」


『あの、使徒に飲み込まれていた機材などが使徒崩壊と共に四散したようです。それが使用可能なら……』
「……確認を急いで」
ようやく落ち着きを取り戻したミサト。
しかし、得体の知れない疑念が残る。
(使徒を全て滅ぼした後……この初号機を、そしてエヴァをどうするつもりかしら……)


「ようやく落ち着いたようだね。そろそろ始めようか」
そうつぶやきながら、中空に浮かぶ少年。
その彼の居るところ。それは今も尚、溶岩が流れ続ける浅間山の火口の真上であった。

その火口から、何かがゆっくりと引きずり出される。
それは恐ろしい形相の四ツ目の巨人。
それこそ使徒サンダルフォンと共に火口に滅したはずの弐号機であった。
取り付けられていた装甲のほとんどが剥がれ落ち、
むき出しとなった使徒アダムの複製である恐ろしい姿で。

「さあ行くよ。リリンのしもべ、アダムの分身」
最終更新:2007年06月25日 21:08
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